携帯「乗り換え」促進策は不発か。MNP無料化の落とし穴
総務省が2020年10月に通信市場の競争促進に向けた「アクション・プラン」(行動計画)を公表してから半年以上が過ぎた。有識者会議で具体策の検討が進み、携帯通信大手は消費者が通信サービスを乗り換える際の手数料引き下げや手続きの円滑化に取り組んでいる。だが、足元では成果が見えにくい部分もある。総務省には実効性の高い政策の見極めが、通信各社には一連の環境変化に応じた顧客対応が求められる。(編集委員・斎藤弘和)
自社内でプラン移行検討
「乗り換えの一つの要因ではあるだろうが、それほど大きなトリガー(引き金)にはなっていない」―。携帯電話販売代理店大手の首脳は、携帯通信会社を変更しても従来の番号を使える同番号移行制度(MNP)による転出手数料が原則無料化された4月1日以降、消費者が通信事業者を乗り換える動きは必ずしも活発化していないとの見解を示す。
NTTドコモとKDDIは、4月1日にMNP転出手数料を廃止した。従来は3000円(消費税抜き)だったが、受付窓口が店頭、コールセンター、ウェブのいずれの場合も無料となった。
背景には、MNP転出手数料が消費者の自由なサービス選択を阻害しかねないと見なされてきたことがある。そこで総務省は、消費者がウェブでMNP手続きをする場合は無料に、対面や電話で行う場合は1000円以下にする指針を20年12月に決定。21年4月1日から適用した。
楽天モバイルは20年11月から、ソフトバンクは21年3月から、それぞれMNP転出手数料を無料化していた。こうした動きや、ドコモの「アハモ」をはじめとする格安な新料金プランの登場により、乗り換えが活発化するとの見方もあった。
だが結局は、同じ通信事業者内でのプラン変更が多いようだ。MMDLabo(東京都港区)が2月に行った調査によると、アハモに契約変更を検討している人の72・9%はドコモ利用者だった。アハモの類似プランであるKDDIの「ポヴォ」では82・4%が、ソフトバンクの「ラインモ」(調査時点の名称は「ソフトバンク・オン・LINE」)では76・6%が、それぞれ自社内からの移行検討となっていた。
実際、ドコモは3月1日の会見で、アハモの先行申し込み状況について「自社の別の料金プランからの移行が、他社からの転入よりも多い」旨を説明。3月26日にアハモの提供を始めたが、4月下旬時点でも契約者の内訳の傾向は変わっていないという。
アハモはオンラインで申し込みや問い合わせなどの手続きを行う仕組みにすることでコストを下げ、月間データ容量20ギガバイト(ギガは10億)を2970円(消費税込み)で提供している。だがKDDIやソフトバンクが対抗策を打ち出したことに伴い、MNP転入の伸びが抑制された側面もあるとみられる。
携帯通信大手3社は、店頭で契約可能な従来型プランにせよ、オンライン専用プランにせよ、サービスや料金に大きな差はない。他社の顧客を思うように獲得できないまま、既存顧客がオンライン専用プランに移行して客単価が下がる事例が増えれば、短期の収益には打撃となる。MNP転出の無料化は、従来得られていた手数料収入を失うことにもつながり、各社の業績に影響が出そうだ。
SIMロック解除重要に
総務省は乗り換え促進の武器として「eSIM」も挙げている。eSIMは、通信サービスの利用に必要な加入者識別情報をスマホなどに遠隔で書き込める仕組み。物理的なSIMカードを手配して差し替える必要がないため、乗り換え手続きの迅速化につながる場合がある。
例えばソフトバンクは、ラインモおよび「ワイモバイル」ブランドで3月17日にeSIMの提供を始めた。主力の「ソフトバンク」ブランドでも今夏ごろに投入するとみられる。総務省の有識者会議「スイッチング円滑化タスクフォース(TF)」が3月に公表した報告書案では、「携帯大手3社はスマホ向けeSIMを21年夏めどに導入することが適当」としており、これにソフトバンクも歩調を合わせる公算が大きい。
ただ、eSIMはIT活用能力の高い人向けの仕組みであり、幅広い消費者の乗り換えを加速するとまでは言いにくい。TF構成員からは「オンラインで手続きを始めるにはQRコード(2次元コード)を撮影してeSIMをダウンロードするといった操作が必要。顧客への分かりやすく適切な情報提供をセットとすることが重要だ」との指摘が出た。
携帯通信事業者からも「高齢者にはハードルが高い」「まだメジャー(な仕組み)ではなく、(周知に)難しさがある」などの声が聞かれた。一方で「メーカーは商機を逃したくないから対応端末を拡充するだろう」との予測もある。通信各社はこうした状況を踏まえつつ、eSIMの普及を模索していくことになりそうだ。
一方、「eSIMよりは乗り換え促進の効果が高いのでは」(調査会社幹部)とされる総務省の政策が、SIMロックの原則禁止だ。SIMロックは、携帯通信会社が自社で販売した端末を他社回線では使えなくする枠組み。通信各社はこれまで、端末の割賦代金の不払いや、詐取・転売を目的とした購入といった不適切行為を防止するための対策としてSIMロックがあると説明してきた。
だがTF報告書案には「大多数の購入者からすれば合理的な理由もないのに権利が不当に制限される」など、競争を阻害する弊害が大きいとの指摘が盛り込まれた。5月中にも報告書がまとまり、SIMロックの原則禁止が決まる見通しだ。
ドコモは端末購入者が一括払いをするか、分割払いで信用確認措置に応じた場合には、購入者の申し出を受けることなくSIMロックを解除して端末を渡す施策を20年8月に導入。ソフトバンクとKDDIは申し出があった場合に限って対応してきたが、ソフトバンクは21年4月14日からドコモと同様、顧客の申し出を不要とした。
最近は「毎年、新機種が出ても、機能面で飛び抜けて素晴らしいものは、もうない。全体として買い替えサイクルは長くなっている」(前出の販売代理店大手首脳)。同じスマホを長く使いつつも通信サービスは時々乗り換える人が多くなるとすれば、SIMロック解除の重要性は増す。通信各社は自社のブランド力や商材を磨き上げることで顧客をつなぎ留めるという原則を、いま一度意識する必要がありそうだ。