長引く緊急事態宣言、苦境のエンタメ業界が見せるライブの進化形
長引くコロナ禍の影響でエンターテインメント業界が苦境にあえいでいる。リアルな空間でイベントの開催が難しくなり、相次ぐ緊急事態宣言の発出で経営基盤も揺らぐ。政府も支援策を打ち出すが、抜本的な解決にはほど遠い。一方でアーティストの中には光明を見いだそうと、独自の動きも出てきた。危機的な状況から生まれる新たな芽は次世代へ育っていくのか。現状を追った。(高田圭介、増重直樹)
静寂のライブ 音楽フェス市場98%減!
「配信もいいけど、やっぱり皆さんにお会いしたかった」―。3月下旬に宇都宮市で開かれたコンサートで、ミュージシャンのJUJUさんは悔しさをにじませた。約2000席のホールは新型コロナウイルス感染防止のため、左右の座席が間引きされて従来の半分ほどしか埋まっていない。観客も歓声を上げられない分、マスクを着けて静かに聞き入った。
近年活況を呈していたライブ市場は、コロナ禍で劇的に環境が変化した。ぴあ総研(東京都渋谷区)の調査によると、2020年のライブ・エンターテインメント市場規模は過去最高を記録した19年の約8割減となる1306億円と試算した。4月に公表した別の調査では、拡大が続いていた音楽フェス市場も19年度比約98%減となった。
リアルとの融合、模索続く
音楽に限らず演劇や伝統芸能などこれまで多くの観客を動員して成り立っていた業界が、コロナ禍を機に従来の形で活動できなくなっている。海外に目を移すと、ブロードウェーでは公演を試験的に再開できるまで約1年を要した。チケット収入以外のグッズなどの関連収入を含め、コロナ前の水準に戻る道筋は見えない。
パンデミック(世界的大流行)によってアーティストの活動だけでなく、表現の場も消失し始めている。帝国データバンクによると、4月に福岡市内のライブハウスが新型コロナ関連で、全国初の自己破産による手続き開始決定を福岡地裁から受けたと発表した。担当者は「失われた需要や売り上げを取り戻すことは非常に難しい」として、反動増や繰り延べ需要が生じにくい業界事情を指摘する。
政府はコロナ禍で疲弊する業界の支援を続けている。経済産業省はイベントの延期や中止を余儀なくされた事業者に対し、海外向けPR動画の制作を条件に会場費や運営費など対象経費の一部を補助している。3月には補助金支給の決定を通知する際に電子記録債権を発行し、事業者が金融機関の支援を受けやすい体制を整えた。
それでも経産省担当者は「日本では多くの事業者が5年後にもちこたえられるか」と危機感をあらわにする。日本でも数多くの公演実績があるカナダのシルク・ドゥ・ソレイユは相次ぐ公演キャンセルが原因となり、20年6月に破産手続きに入った。世界的に有名な団体でさえ経営基盤が崩れる中、小規模事業者の経営は政府の支援だけでは成り立たないのが実情だ。
オンライン「供給過多」 グッズとセット・再配信…独自の進化
こうした現状を打破する試みとして注目されるのが有料型のオンラインライブ市場だ。同市場は20年に448億円となり、有名アーティストだけでなく幅広い分野に広がっている。一方で「ただ配信するだけでは、目を向けてもらいにくくなっている」(経産省担当者)と供給過多の状況も指摘される。
実際のコンサートと配信を組み合わせたハイブリッド型も独自の進化を遂げている。ロックミュージシャンの奥田民生さんは1月からのコンサートツアーで、会場チケットと会場にイラストパネルを配置した「パネル席」を用意したほか、グッズとのセット販売による配信チケットも用意した。数千人規模の複数会場で開会・配信し、配信での視聴者数は1万人を超えることもあった。大型連休中にはツアーの内容をまとめたアンコール配信も実施し、コンサートを「再販」する工夫も見せている。
家で楽しむ “サイバー攻撃”に保険/公演データ保管事業も
エンタメを家で楽しむ消費行動は今後も続くとみられる。日本電機工業会(JEMA)が公表した白物家電の20年度国内出荷額は前年度比6・5%増の2兆6141億円となり、巣ごもり需要の恩恵が如実に表れた。半面、IoT(モノのインターネット)機能を搭載した最新スマート家電への買い替えが進むにつれ、“家庭内サイバー攻撃”への懸念が高まっている。
家庭でのセキュリティー対策は脆弱(ぜいじゃく)で、外部からの不正アクセス被害に遭いやすい。新たな脅威に対応するため、複数の損害保険会社はスマート家電のサイバー事故を補償する保険を提供している。不正アクセスによるウイルス感染で製品が壊れたり、個人情報が流出したりする事故などを想定。修理や情報漏えいの対応、データの復旧に要した費用などを広く補償している。
損保関係者は「長引く自粛生活で、スマートスピーカーなどエンタメが楽しめる家電を購入された方も多いはず。保険の存在が在宅時間を安心して楽しむことにつながれば」と保険の認知度向上に期待を込める。
コンサートや公演の内容を記録に残しつつ、収益化を図る動きも出てきた。劇作家の野田秀樹さんや劇団四季の吉田智誉樹社長らが世話人を務める「緊急事態舞台芸術ネットワーク」は、文化庁の支援事業を活用。映像作品や戯曲、美術資料などのデジタルアーカイブを構築して一部作品で有料配信を始めた。これまで映像配信の障壁だった権利処理を促進し、持続的な収益確保につなげようとしている。
デジタル化の進展もあり、従来の魅力だったリアルな体験が今後どう進化するか。逆風の中で新たな創造期を迎えている。