ユニコーン輩出へ、「スタートアップ拠点4都市圏」コロナ禍1年の成果
米シリコンバレーのように、新たな産業を生み出すスタートアップが継続的に輩出される都市を目指す国の事業「スタートアップ・エコシステム拠点都市」。2020年7月に東京、関西、福岡など4都市圏が選定され、間もなく1年。起業環境としての魅力発信や産学官の連携強化が本格化しつつある。新型コロナウイルスの感染拡大でリアルな交流こそ制限を余儀なくされているものの、コロナ禍で顕在化するニーズや社会課題の解決はスタートアップの着想力が求められるだけに、各地の取り組みが期待される。
選定された都市は、起業支援に関する国からの財政的措置や事業入札での優遇措置を受けやすくなる。革新的な技術やビジネスモデルで急成長する企業を集中支援することで、地域経済の成長につなげるとともに、世界から投資を呼び込み都市間競争を勝ち抜く狙いだ。政府は未上場で企業価値10億ドル以上の「ユニコーン企業」を各都市で5社以上生み出すことを目指している。
東京都 資金調達の場に
ポルトガルの首都リスボンで毎年開催されている世界最大級のテクノロジーイベント「ウェブサミット」。その姉妹イベントが2022年9月、東京で開催される。投資家や企業関係者など約170カ国から10万人の参加が見込まれるこのイベントは、スタートアップにとって商談や資金調達につながることが期待され、東京都は国と連携し誘致を進めてきた。小池百合子知事は「世界中の魅力的なスタートアップやグローバル企業を巻き込んで新たなイノベーションの創出につなげたい」と意気込む。
その東京。企業や大学、周辺自治体などで構成する起業支援組織「東京コンソーシアム」を通じて、こうしたイベントや海外企業の誘致や大学間の連携強化について議論を重ねてきた。国内トップ大学の約3割、フォーチュン誌のグローバル500社の立地数世界2位という優位性を生かし、多様な関係者との連携の場を創り出す。関係者との接点が深まれば新たな技術やサービスが生まれ、「世界経済の動向や社会の変化にどこよりもスピーディーに対応できる」と考えている。
2年目となる21年は、海外企業やイベント誘致に加え、新型コロナの感染拡大に伴う社会の変化を見据え、新たな暮らしや働き方の原動力となるデジタル変革(DX)や感染症対策にもつながるバイオや健康分野に関する検討の場も立ち上げることを決めた。いずれもスタートアップが参加するプロジェクトを立ち上げる計画だ。
名古屋市・浜松市 ファイナンス面で後押し
愛知・名古屋、浜松地域は海外スタートアップとの連携や、事業会社とのオープンイノベーション、ファイナンス面での支援を充実させている。
ファイナンス面では、愛知県がベンチャーキャピタル(VC)ネットワーク「あいちパートナーVC」を開始。VCが少ない地域課題を解決すべく、各方面から県内への誘致を加速させる。浜松では同地域でビジネスを行う事業者に対して支援を行う「ファンドサポート事業」を実施。建設業界用3次元(3D)CAD開発のアレント(東京都中央区)や、エッジ人工知能(AI)開発のラトナ(東京都渋谷区)など、5社が採択された。
世界的にもスタートアップが集積する地として認められた。名古屋市と中部圏イノベーション推進機構は3月、「スタートアップガイドナゴヤ」を発刊した。スタートアップガイドは、デンマークのスタートアップガイド(コペンハーゲン)が発行する各都市のスタートアップの状況やインキュベーション施設、行政のサポート体制などを紹介する情報誌。国内では東京に続く2番目の発刊だった。
スタートアップガイドナゴヤには、自動運転システムを開発するティアフォー(名古屋市中村区)や、尿検査を通じた早期がんの診断を目指すクライフ(東京都文京区)など名古屋発、世界で活躍するスタートアップが選出された。
また1月、愛知・名古屋、浜松地域では、同地域を代表するスタートアップ20社を選定。愛知・名古屋からは名古屋大学発を中心に14社、浜松からは6社を選出。中部経済連合会と連携し、優先的な事業会社とのマッチングサポートや、補助金・助成金支援などを行っていく予定。成長をサポートする。
大阪市・京都市・神戸市 万博を契機に70社輩出へ
「スタートアップ・エコシステムグローバル拠点都市」に認定された大阪市、京都市、神戸市などのコンソーシアム。3地域を合わせ、スタートアップ設立数の目標を2024年度までの5年間で過去5年の実績(約270社)比で倍増にした。特に関西の特徴として、25年に開催される「大阪・関西万博」を契機に活躍するスタートアップ輩出件数を70件に設定する。
3都市はそれぞれ特色があるが、13年開設の「大阪イノベーションハブ」(OIH、大阪市北区)が存在感を高める。大阪市の事業で発足し現在は大阪産業局が運営する。JR大阪駅北口の「グランフロント大阪」内に拠点を置き、多彩な事業を展開中だ。OIHがハブになり行政や起業家、大学・研究機関、投資家などを結びつける役割を担う。会員制で現在は890人の企業家と投資家など370のパートナーが登録。毎月のようにピッチ(企業がプレゼンテーションを競う)イベントが開かれる。
このOIH内で大阪市が始めたアクセラレーションプログラム「OSAP」も成果を上げている。「事業拡大を加速させたい」「資金調達したい」といった要望に対応した事業で10期まで実施。年間20社程度が採択され、調達資金は累計100億円近くに達した。
OIHの特徴の一つは「スタートアップが世界に挑戦するきっかけをつくる」(大阪産業局の斎藤進常務理事)ことだ。12年にオランダで始まった世界的なピッチ大会の日本予選をOIHが運営。20年の日本大会の優勝者EAGLYS(東京都渋谷区)の今林広樹社長が、日本人としては初めて21年の世界大会で優勝した。
「大阪・関西万博」は世界から人・モノ・カネ・技術が集まる絶好の機会で、それまでに京阪神連携によりスタートアップ育成を軌道に乗せられるかがカギとなる。
福岡市 実績強み、創業機運醸成
内閣府のスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略で、グローバル拠点都市に選ばれた福岡市。スタートアップ支援の実績を踏まえた取り組みが進む。ユニコーン企業の創出で目標の頂を高く定め、創業機運の醸成で裾野を広げる。
市の目標は、企業価値10億円規模の100社を創出し、ユニコーン企業を5社以上生み出すこと。スタートアップが既に集まり、コミュニティーも形成されているが「投資家に注目してもらうには企業の厚みが必要」(福岡市経済観光文化局創業支援課)なためだ。
エコシステムの確立・強化に取り組むコンソーシアムは、研究開発の後押しや大学横断型の起業家教育などで新たな取り組みを計画。企業の成長に合わせて必要となる、財務担当など幹部人材の育成も支援していく。
市の強みの一つが、実績だ。2012年に「スタートアップ都市ふくおか」を宣言し、都市の成長の柱としてスタートアップ支援に力を入れてきた。政府の国家戦略特区の一つ「グローバル創業・雇用創出特区」にも指定されている。
市中心部の創業支援拠点「フクオカグロースネクスト(FGN)」には多くの企業が入居しセミナーやワークショップが開かれるなど交流は活発。資金調達など起業に関する幅広い相談を受け付ける。
創業支援は官民協働で進めており、スタートアップ・エコシステム拠点形成に向けた産学官によるコンソーシアム設立もスムーズだった。高島宗一郎市長のリーダーシップと発信力が取り組みを加速してきた。
新型コロナウイルスの拡大を契機に、東京など大都市以外に目を向けるスタートアップが増えているという。福岡市は、それらの受け皿となり得る。