"黒い津波"の被害から身を守る、日本各地で進むシステム構築
「黒い津波」がもたらす甚大な被害からどう身を守るのか―。この課題解決に向けた取り組みが進む。
災害時の感染制御を支援する取り組みでは、岩手医科大学付属病院の桜井滋感染制御部長らの活動が示唆に富む。桜井氏は官民一体の感染制御専門班「いわて感染制御支援チーム(ICAT)」発足のきっかけを作った1人だ。
桜井氏は岩手県の沿岸部の避難所を複数人で巡回し、感染制御に役立てるために情報収集していた。その後、防衛医科大学校防衛医学研究センターの加来浩器教授らと情報収集システムを共同で構築した。
患者の情報収集を診療所ではなく、避難所でしかも毎朝健康チェックして、インターネット上のマップに落とし込むシステムを作った。「災害時には診療機能が増強されるとその分患者数は増え、低下すると患者が減ったように見える。直接避難所で観察した方が実際の状況がつかみやすい」(加来教授)とする。2004年に発生したインドネシアのスマトラ沖地震での加来教授の自衛官としての教訓を反映させたものだ。
こうした取り組みが日本環境感染学会でも認められ、学会内の内部的な対策チーム「災害時感染制御支援チーム(DICT)」として全国組織化につながっている。
人的被害軽減に向けた津波避難システムの構築では、中央大学理工学部の有川太郎教授が同じマグニチュード(M)でも地盤の破壊の仕方により津波の様相が変わることに着目する。
津波の様相が変われば来襲する時間や方向も変わることから、同じようなマグニチュードの津波データベースを構築し、そのデータベースを元に津波の到達時間が最も速くなるものを採用、「津波遭遇回避経路」を示す。避難開始時間によって、避難場所の選定を変更すれば死亡率が低下することをこれまでの研究で明らかにした。「今後は黒い津波を想定したシミュレーションも行いたい」(有川教授)とする。
関西大学社会安全学部の高橋智幸教授は、南海トラフ地震に備えて津波被害予測シミュレーションと避難シミュレーションを実用化した。津波被害シミュレーションのさらなる高度化について、高橋教授は「従来は水の動きだけを追っていたが砂の巻き上がり方や空のタンクなどの漂流を加味し予測精度を上げていきたい」と話す。
東北大学災害科学国際研究所の今村文彦所長は19年に富士通や川崎市などと津波避難における人工知能(AI)を活用した実証実験を実施。浸水可能性の判定情報や周辺避難場所への避難完了者数などをスマートフォンのアプリケーション(応用ソフト)に通知し、避難の意思決定を後押しする。
東日本大震災で、自分のいる場所まで津波が来るとは思わなかったなど、安全への過信や災害情報の伝達不足があったことを反映した。今村所長は「都市部では自動車での避難問題が深刻になる。今後はこうしたことも検討していきたい」としている。
半歩先の未来を考える、あるいは他人を思いやる気持ちが「黒い津波」の残した教訓と言えそうだ。