津波がもたらすもう一つの危険、生き延びた人々を襲う「津波肺」

連載 黒い津波が残した教訓#3

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津波に飲み込まれた患者の気管支の末端の肺胞を洗浄すると、小石や木くずが混じっていた(東北医科薬科大・中村教授提供)

真菌感染で防御力低下

「黒い津波」は時に人体をむしばむこともある。津波溺水を原因とする肺炎は「津波肺」といわれ、汚濁した海水の吸引などが原因となる難治性の呼吸器感染症をさす。東北医科薬科大学医学部の中村豊教授は「細菌や真菌(カビ)、ウイルス、船の転覆による重油漏れなどを含む化学薬品といった複合的な要因で起きるのが津波肺の実態」とする。

津波肺が注目されたきっかけは、2004年に発生したスマトラ沖地震だ。津波被災者の中に抗菌薬の効かない肺炎患者がいた。土壌や汚染水などに常在する「スケドスポリウム属」と呼ばれる真菌がヒトの肺に感染する「スケドスポリウム症」にかかっていた。

この症例が東日本大震災で複数報告された。日本医真菌学会理事長で東邦大学医学部の渋谷和俊教授は「溺水がスケドスポリウム症の発症頻度を確実に上げた。溺水時に吸引したさまざまな物質により感染防御の能力が低下した」と分析する。中村教授が震災時に治療した患者の中にも、肺の奥深くから小石や木くずが出てきた人がいたという。

この病気の怖さは脳膿瘍(のうよう)の発症の可能性がある点だ。スケドスポリウム属と似たほかの真菌と鑑別しにくいことから、治療が後手になりかねず、吸引した肺ではなく脳などで発症することがある。脳は抗生物質や抗真菌薬が届きにくい部位のため、感染すると治りにくい。中村教授は「原因が分からず、亡くなった人もいるはず。さまざまな原因の可能性を念頭に治療すべきだ」と強調する。

ただ、一方で渋谷理事長は「日本で発症する真菌の感染症は感染防御の能力が低下している時に起こるため、過度に恐れる必要はない」とも話す。

医師たちが黒い津波から得た教訓―。それは患者・医者の双方向コミュニケーションと言える。岩手医科大学付属病院の桜井滋感染制御部長は当時、後方支援体制の構築に向けて、岩手県沿岸部の様子を見に行っていた。「医者は津波被災者がどのような目に遭い、どのように避難所に来たかを知り、患者の体の状態を見極めることが重要」とする。渋谷理事長も「患者は感染防御能力が欠落するような事象があれば詳細を話してほしい。医者自らそれを聞くことが大事だ」としている。

日刊工業新聞2021年3月10日

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