震災からの復旧−過去の教訓を振り返る。人命最優先でモノづくりを繋ごう

2次・3次サプライヤーもしっかりと複線化

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 熊本県を震源地とする大きな地震は余震が今も続き、交通網の寸断など厳しい状況のなか、被災者の救難や企業の復旧活動が始まっている。これまでも東日本大震災などの被災地で、厳しい状況の中、多くの企業が復旧に取り組んできた。震災を経験した各地の経営者らに復旧への取り組み、教訓などを振り返ってもらった。(特別取材班)

【東日本大震災】再生、周囲の力が不可欠


 東日本大震災で仙台空港近くの工場が被災した岩沼精工(宮城県岩沼市)。「いっときは、もうやめようとも思った」(千葉厚治社長)というほどの揺れと、津波による浸水被害から5年。この春、復興を象徴する新しい工場が動きだした。

 震災直後、「先をまったく考えられない」(同)なかで前進の足がかりになったのが、国の「グループ補助金」(中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業)。大混乱の中で同じ団地の企業と1週間、申請書作成に没頭した。「これで何とか機械がそろえられる」(同)。プレス機などの加工機械が並んでいた工場はぐちゃぐちゃになったが、補助金によって事業継続への光が差した。

 宮富士工業(宮城県石巻市)もグループ補助金を活用した。「うなだれそうになった時、遠くの仲間が機械を手当てしてくれるなど周りの支援が背中を押してくれた。同じ境遇の人が集まって苦労を分かち合うことで、不安や負の感情から解放される。1人では何もできない」(後藤春雄社長)。

 補助金など公的な支援と、手を取り合ってくれる仲間。競争関係にありながら委託生産を引き受けてくれる同業他社など、事業の継続、再生には周囲の力が欠かせない。

 明治合成(宮城県大崎市)も「まともに稼働するまでに半年はかかった」(片瀬弥生社長)。その間、モノや資金の流れは滞る。「お客さまのおかげで仕事を続けてこられた。県外企業や金融機関の助けが大きかった」(同)。

 5年前、宮城県など東日本の企業はみな同じ苦境に立たされ、袋小路の中にいた。地域経済の背骨を支えるのは、地元のプレーヤーである。周囲の協力や助け、そして事業継続への強い思いと行動。どれか一つが欠けていれば、復旧のスピードは違っていたかも知れない。

【阪神大震災】顧客に被害状況を早期に説明


 95年1月に起こった阪神・淡路大震災で、工業用ジャバラを生産する日本ジャバラ工業(神戸市兵庫区)は、本社が半壊状態となった。幸い三木工場(兵庫県三木市)が本社から離れて立地していたため、臨時本社とし、事業再開を早急に決めてダメージを抑えた。田中信吾社長は「早くから顧客に対し被害状況などの説明を行い、納期遅れが生じないようあらゆる手を尽くした」と振り返る。

 被災証明をもらえば別枠で資金を借りられる自治体の金融支援制度もフルに活用した。「どこかでもう大きな地震はないと判断し、復旧段階に入らなければならない」と指摘。しかし今回の熊本・大分地震は余震が断続的に続いているため「その見極めは、過去にない難しさがあるのでは」と心配する。

 靴の生産地として知られる神戸市長田区も大きな被害を受けた。日本ケミカルシューズ工業組合(神戸市長田区)加盟の市内企業の約80%が全半壊、全半焼する被害を受けた。震災後は仮設の工場で操業を始めた企業もあったが、他の地域に移転せざるを得なかった企業や廃業に追い込まれた企業も多かった。震災を機に、中国をはじめ海外から安価な靴の輸入が急増したことも追い打ちとなった。

 当時の組合は、仮設の工場の早期建設や拡充に向けて国や県などに陳情したり、資金の支援に早く対応してもらえるよう金融機関に要請したりと各機関を奔走したという。

 その頃の話を組合員企業の経営者から聞いている石井章一事務局長は、熊本の震災について「仮設の工場が一番先に必要。工場が操業するために、(機械や設備を工場内に搬入する)クレーンやトラックもいる」とみている。また必要な資金の貸し出しだけでなく、返済が不要な補助金による支援を充実させてほしいと要望する。仮設の工場、資金の支援のいずれにも「すばやい対応をお願いしたい」と強調する。

<次のページは、「新潟県のリケンはどう対応したか>

日刊工業新聞2016年4月19日「深層断面」

COMMENT

中西孝樹
ナカニシ自動車産業リサーチ
代表

型・治具の搬送よりも、今は、人命優先なのである。ジャストインタイムを柱とするトヨタ生産システムが、国内自動車産業の国際競争力を生み出す大切な要素であることに疑いはない。根底を支えるのが、ものづくりを支える愚直で優良な人的資源である。ものづくりは地震大国である国内の様々な地域に根付いている。予期しない大地震が自動車生産活動に影響を及ぼすリスクは常にある。大切なことは復元力であり、皆が協力を惜しまずに復旧を実現し、ものづくりを繋ごうとする思いであろう。

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