EV普及へコストを下げられない企業は市場追放!電池材料メーカー“最後の戦い”
本格的な電気自動車(EV)普及期は、リチウムイオン電池材料メーカーにとって車載電池での勢力図を決める最後の戦いとなる。EV普及は「普及できる水準まで電池コストを下げる」ことを意味し、追従できないメーカーは市場から振り落とされる。コストで圧倒する中国勢にどう対抗し、成長するのか。各社の戦略を追う。(梶原洵子、江上佑美子、高田圭介)
中国勢台頭、品質で差別化
「数年先と思っていたコスト低減の水準を『すぐに』と要求されるほど、状況は激変している」。住友化学の尾崎晴喜理事電池部材事業部長は、電池材料を取り巻く状況をこう語る。需要は増加するが、現行技術のまま生産量が数倍に増えるような甘い世界ではない。
同社はセパレーター原膜にアラミド樹脂を塗工した耐熱セパレーターを展開。無機素材を塗工した他社品よりも軽く、EVの軽量化に寄与できることが強みで、2021年度に韓国で塗工設備を従来比2倍に増強する計画。中国メーカーの原膜にアラミド塗工した製品の供給もできるという。
宇部興産は3月までに乾式セパレーターの新設備での商業供給を開始した。当面はコスト競争力の高い新設備をフルに動かして需要に対応する。「これまで1基立ち上げるとすぐに次を準備していたが、増産ペースは緩やかになる。ハイブリッド車(HV)など、当社製品に合う市場を選択する」(泉原雅人社長)。電動車市場の中ですみ分けを狙い、増産は慎重に判断する。
旭化成は19―21年度に3期連続でEVなど向けの湿式セパレーターの生産能力を増強。21年度上期に守山製造所(滋賀県守山市)の生産能力を年産3億平方メートル増やす。全体で同10億平方メートルとなる。セパレータ事業統括部長の福田明上席理事は「これで24年ごろまでの需要に対応する体制が整う。次は25―26年の需要に見合う生産体制を構築する」と意気込む。欧米への生産拠点設置も検討し、攻勢は緩めない。
足元の需要は堅調で、コロナ禍の中も20年度上期の出荷量は前年同期比3割増、20年度下期は同5割増を見込む。湿式の設備はフル稼働の状況だ。連続生産設備は、タイムリーな増設で機会損失と過剰能力を抑えることが重要なだけに、「2年前の見立て通りにきている」(福田上席理事)という同社の情報収集力がうかがえる。
製造技術面では、約4年前から設備に生産性向上や系外への溶媒放出を減らす環境技術を導入し、コスト競争力を高めている。また「価格優先で部材を購入して電池の歩留まりで苦労する顧客もいる。当社の品質で、最終的な電池の収率を上げられることを訴求したい」(同)という。
一方、乾式セパレーターはエネルギー貯蔵装置火災の影響で市場拡大が遅れており、設備増強も遅らせる。
東レはバッテリーセパレーターフィルム事業で、日本、韓国に加えハンガリーに生産設備を新設し、7月に稼働予定。グループの22年末の年産能力は現在の約2割増となる見通しだ。携帯型電子機器や定置用蓄電池に加え、世界的な電動車の需要拡大で、車載需要の伸長に対応する。
東レではバッテリーセパレーターフィルムの需要は19年から22年にかけ、年率20%以上拡大するとみている。共押出やコーティングの技術を生かし、品質や安全性、機能面で差別化を目指す。
三菱ケミカルは米欧中で電解液の生産能力を増強し、生産能力を23年までに現行比約3万トン増の年9万トン規模に拡大する。宇部興産との事業統合前に掲げていた20年度に同8万5000トンへの拡大からは少し遅れる格好だが、「(環境規制の強化などで)長期的な目線(目標)は上がっている」と、土山正明理事役リチウムイオン電池材料本部長は話す。電解液の生産性を2―3倍に高めるプロジェクトの成果を反映し、投資を抑えて増産する。
世界大手自動車取り込む
三菱ケミカルの成長戦略は他社との技術的な差を拡大し、電池の進化に貢献することだ。同社と、事業統合した宇部興産は電解液メーカーの老舗で、性能のカギである添加剤の技術を豊富に持つ。例えば、同じ性能で小型の電池にできればコストを低減でき、電池の要求性能はまだまだ高まる。北田裕二常務執行役員は「中国ローカルを除き、シェアトップを維持していく」と話す。負極材では、天然黒鉛系の弱点である膨張を克服した新製品を22年後半―23年初めから量産販売する。寿命は人造黒鉛系並みに延びることに加え、歩留まり改善などで生産工程で排出される二酸化炭素(CO2)を大幅に削減した。
このほかにも電池材料事業拡大に向けた動きは活発だ。昭和電工は旧日立化成(現昭和電工マテリアルズ)の買収で高いシェアを持つ負極材事業を獲得。正極材大手の住友金属鉱山も増産を進めている。住友化学は正極材に新規参入する。
勢力図、1―2年が勝負
電池材料メーカーは日本と韓国、中国が中心で、最近は中国のEV市場拡大と大型投資によるコストダウンを背景に中国勢の勢いが増し、市場を席巻している。日本勢は中国車メーカーからの受注が難しい中、EVシフトを本格化する世界大手自動車メーカーからの受注獲得が重要だ。世界大手は25―30年の電動車販売目標を設定しており、25年前後の新車への採用が勝敗の分かれ道となる。
中国製の電池材料も品質を高めており、従来の高品質はいずれ追いつかれる。日本の勝ち残る道は、電池性能を高め、EV市場の拡大に寄与する一歩先の材料・技術を提供することだ。例えば、三菱ケミカルの増田剛負極材事業部長は「欧州でEV市場拡大には中古車市場が必要との議論が始まっている。より寿命が重視されるなど要求性能に影響する」と新たな競争軸を指摘する。生産工程でのCO2排出削減もこれまで以上に求められる。25年頃の新車搭載が決まる今後1―2年が勝負となりそうだ。
電池サプライチェーン協議会 官民連携、標準化など議論
官民連携で車載電池の安定した生産・供給体制確立を目指す動きも出始めた。4月設立の「電池サプライチェーン協議会」は経済産業省、国土交通省などと連携しながら原材料や部品など関連産業を横断した約30社が政策提言や標準化の議論を進める。
設立の背景には蓄電池の開発やルール作りなど各国による主導権争いの激化がある。協議会はサプライチェーン(供給網)構築や国際競争力強化の動きを一体的に展開するほか、標準化に関する審議団体の役割も担う。
政府は蓄電池産業の競争力強化を重要課題に位置付ける。20年末に策定したグリーン成長戦略では30年までのできるだけ早い段階でEVとガソリン車の経済性が同等になるように車載電池の価格引き下げを目標に掲げた。今後に向けて生産・供給にとどまらず、利活用を含めたライフサイクル全体における官民連携が産業集積を図る上で重要なカギを握る。