新型コロナだけじゃない!本格稼働の「富岳」、今後の産業応用の課題を解説

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産業界など一般利用開始で成果が期待される「富岳」

感染症/災害/次世代メモリー 計算資源活用前倒し

世界最速のスーパーコンピューター「富岳(ふがく)」が9日に本格稼働する。当初2021年度の供用開始を目指していたが、新型コロナウイルス感染症対策などに利用するため稼働時期を早める。

計算資源の一部を使ってすでにいくつかの成果を挙げており、今後は一般に利用枠を広げて大学や産業界の積極的な活用を促す。新型コロナ研究のほか、新規感染症に向けた研究やゲリラ豪雨などの予測、次世代メモリーの開発といったテーマが選定されており、最新鋭スパコンの威力が試される。(藤木信穂、山谷逸平、冨井哲雄)

理化学研究所計算科学研究センター(神戸市中央区)に設置された富岳は、理研と富士通が14年度から共同で開発し、20年にスパコン性能ランキングの4部門で2期連続の世界一となった。

11年に世界首位の座についたスパコン「京」の後継機で、京の弱点を克服し、目標とした「省電力でアプリケーション性能に優れ、使い勝手の良いコンピューター」を実現した。

15万個を超える中央演算処理装置(CPU)を搭載し、毎秒44京2010兆回(京は1兆の1万倍)の計算が可能。京の最大100倍という性能は折り紙付きで、汎用性の高さを売りにする。

富岳は20年4月から一部の計算資源の利用を前倒し、新型コロナ研究に活用。さらに試験的な「成果創出加速プログラム」として、22年度までシミュレーションや人工知能(AI)、データサイエンス、災害領域などから19件のテーマを選び、研究を進めている。

9日にスタートするのは、富岳の計算資源の約50%を割り当てる、産業利用を含む「一般利用」枠で、21年度課題として2月中旬に81件の応募から74件のテーマが決まった。

感染症対策や次世代コンピューティング研究など重点分野に加え、災害リスク評価や量子シミュレーションなど大学や研究機関の目玉テーマが並ぶ。

産業課題では、日本自動車工業会の「自動車先端コンピューター利用解析(CAE)の開発」や、住友化学の「大規模量子化学計算による有機半導体材料設計」、富士フイルムの「酸化物アモルファス電解質のイオン伝導メカニズムの研究」など14件を選定。

このほか若手研究者向けや利用促進課題があり、選定した高度情報科学技術研究機構は「まずは早期に研究を立ち上げ、成果を出してほしい」と期待する。

スマート社会への道を拓く富岳

コロナ対策加速

新型コロナ対策に富岳を活用することで、研究の加速が期待される。理研は20年4月、新型コロナ対策に貢献する成果をいち早く創出するため、まだ開発・整備中だった富岳の計算資源を関連する研究開発に優先的に提供することを公表。新型コロナの治療薬候補や室内環境におけるウイルス飛沫(ひまつ)感染の予測によるマスクの効果検証、同11月に追加された「重症化に関するヒト遺伝子解析」など、六つの研究課題に使用されてきた。

医学的側面からの研究では、治療薬の候補特定に富岳を使用し、数十種類の薬剤候補が得られた。別の研究チームでは、新型コロナの表面にある「スパイクたんぱく質」の構造変化に糖鎖が重要な役割を果たしていることを突き止めた。

富岳で検証した飛沫抑制効果。左から不織布マスク(顔に密着)、不織布マスク(隙間あり)の上にウレタンマスク。黄色は隙間から漏れた飛沫、青はマスクを透過した飛沫。赤はマスクで捕捉された飛沫(理研提供)

社会的側面からの研究では、ウイルスの飛沫感染予測を行う研究チームが次々と成果を報告。湿度との関係や、タクシー、航空機などでのリスク低減策も公表した。直近ではマスクを2枚重ねる「二重マスク」着用と、不織布マスク1枚を正しく着用した場合とで飛沫拡散の抑制効果に大差がないことを明らかにしている。

超スマート社会の基盤

政府の研究開発の強化戦略「統合イノベーション戦略2020」では、富岳を「ソサエティー5・0」の計算基盤と位置付けている。文部科学省は大学や国立研究開発法人などの研究者だけでなく、産業界の利用を促す。萩生田光一文科相は「富岳は国民共有の財産。大学や研究機関だけでなく、民間や高校生など幅広い人々に使ってほしい」と呼びかける。

新型コロナの研究で注目されている富岳だが、活用の幅は広い。前回の京に比べ高解像や大規模なシミュレーションを利用した各分野での成果の創出が期待されている。

中でも材料やデバイスのマテリアル分野への活用が注目される。富岳を活用して、シミュレーションとAI・データ科学を融合させたマテリアル解析・開発が進むかもしれない。

政府はマテリアル分野の研究開発方針をまとめた「マテリアル戦略」を策定中。その中で富岳を日本の強みとなる研究基盤と位置付け、マテリアル領域でのデータの蓄積と利活用に貢献するとしている。

政府が閣議決定した21年度文科省予算案では富岳の整備・運営にかかる費用として153億円、20年度第3次補正予算案で325億円を計上。

さらに富岳を中核とし全国の国立大学や研究所などに設置されている主要なスパコンをネットワークで結び付ける「HPCI」の運営を通じ全国の研究者などに優れた計算環境を提供する。国内での研究基盤を強化し、新しい成果の創出が期待される。

インタビュー/理化学研究所計算科学研究センター長・松岡聡氏 困難が進歩につながる

理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長に、富岳の今後の活用の方向性について聞いた。

理化学研究所計算科学研究センター長・松岡聡氏
―京との違いは。

「京は演算性能を追い求めた。だが富岳は計算速度でなく、計算性能の高さと広がりを目指してきた。スマートフォンで使われているアプリケーション(応用ソフト)でも動くことから、汎用のITと広くつながった。スパコンの世界にとどまらず、ITの中心的な役割を担うのにふさわしい、ITの頂点となるマシンを作れたと言える」

―富岳を活用してもらう側として何を感じましたか。

「科学者は新型コロナという世界的な困難にどう対応すべきかという“挑戦状”を突きつけられた。チャレンジ精神を発揮し富岳を活用して困難に取り組むことが富岳の進歩にもつながり、結果的に本格運用の前倒しを成し得た」

―富岳の今後の活用の方向性は。

「新たに始まる『第6期科学技術・イノベーション基本計画』の観点では、超スマート社会『ソサエティー5.0』の社会実装が大きなテーマとなる。従来の物理的な世界のシミュレーションとITの世界のシミュレーションを同時に行う必要があり、そこで貢献することになるだろう」

*取材はオンラインで実施。写真は理研提供

日刊工業新聞2021年3月9日

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