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脱炭素へと動き始めた産業界、政府の目指す「経済と環境の好循環」は実現できるのか

世界的に気候変動対策が急務となっている。政府も「経済と環境の好循環」を旗印にグリーン成長戦略を打ち出し、大企業から脱炭素化に向けた目標を示す動きが出てきた。利益の最大化を目的とした従来の経済活動のあり方が問われる一方、多くのプレーヤーを巻き込むなど実践への道筋は険しい。産業界における現状を探った。(高田圭介、大阪・大川藍、名古屋・浜田ひかる)

消費者の意識変化、追い風 植物由来食品―若者の支持

温室効果ガス排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル実現へ各国が駆け引きを繰り広げている。欧州連合(EU)や英国などは先行してビジョンを打ち出し、2月には米国が温暖化対策の国際ルール「パリ協定」に復帰した。日本も20年末にグリーン成長戦略を公表しエネルギー、産業、家庭やオフィスに関連する14分野の実行計画を定めて2050年時点のカーボンニュートラル達成を掲げた。2日に閣議決定した地球温暖化対策推進法改正案には国、自治体、事業者が脱炭素社会の実現に向けて密接に連携して取り組むことを盛り込み、政策としての継続性を高める。

日本は50年のカーボンニュートラル実現を目指す(20年11月=小泉進次郎環境相(左)、梶山弘志経済産業相(右))

菅義偉首相は1月の施政方針演説で「環境対策は経済の制約ではなく、産業構造の大転換と力強い成長を生み出す」と訴えた。2兆円規模の研究開発基金による中長期的な技術革新の展開や脱炭素化投資への税制控除などで機運醸成を狙う。

各国の思惑が絡み合う中、消費者意識の変化を追い風に脱炭素化を目指す企業も出てきた。油脂関連製品を手がける不二製油は環境負荷が高い動物由来食品の代替として大豆加工食品の開発を加速している。チーズ風素材や調味料のだしなど既存の枠組みにとらわれない商品で差別化を図り、消費者の新たな支持を広げている。

15年発売の「大豆舞珠(まめまーじゅ)」は豆乳を原料としながらチーズのような食感が楽しめモッツァレラチーズやクリームチーズなど多彩な風味をそろえる。肉代替食品として市民権を得つつある「大豆ミート」の一歩先を行く植物由来商品として注目が集まる。

チーズのような風味や食感の「大豆舞珠」(不二製油提供)

国連の持続可能な開発目標(SDGs)の浸透もあり、環境に配慮した調達方法や製造時のエネルギー効率など製品が持つ社会的背景に着目して商品を選ぶ層は増えた。研究開発部門の水野洋主任は「若い世代を中心に品質が良いだけでモノが売れる時代ではなくなった」と、ここ2―3年で消費者意識の大きな変化を実感する。

環境への配慮とともに、さらなる味を追い求めている。大豆を卵や牛乳と同じような方法で分離した独自の「USS」製法に磨きをかけ、「食品が持つ『おいしさの要素』と植物由来製品の良さの掛け合わせでさらなるうまみを追求したい」(水野主任)と目標は高い。

不二製油グループとしては30年までに温室効果ガスの自社排出量で16年比4割減を掲げ、製造工程の脱炭素化も進める。19年には工場の設備更新や屋外電気の発光ダイオード(LED)化などで16%削減を達成。環境負荷の低い製造法の開発にも積極的に取り組む。

老舗企業、技術生かす好機 電気で産業用熱源―CO2削減

自社技術の積み上げで脱炭素化におのずと向き合ってきた企業もある。メトロ電気工業(愛知県安城市)は、売り上げの約7割をこたつ用ヒーターが占め、国内トップシェアを誇る。高度経済成長による生活様式の変化の波に乗るように主力製品へと拡大させた。

ただ、住宅環境の変化とともにこたつ市場はジリ貧に。「何とかしなければいけない」(川合誠治社長)と打開策として産業用ヒーターの開発に乗り出し、05年に赤外線カーボンヒート「オレンジヒート」を生み出した。

メトロ電気工業のオレンジヒートをアルミニウム製反射板に組み込んだ「加熱ユニット」

「電気では産業用で使えるほど火力が出ない」。営業に出向いた川合社長は何度もこの言葉を投げられた。常識を覆した製品は最高2000度Cまで出力できる。「生産工程でも二酸化炭素(CO2)削減が求められ社会の役に立つ」との思いが新規事業へ突き動かした。

ガスに代わる熱源を広めたい―。そんな思いから始まった動きは顧客ターゲットを180度変え、自動車メーカーや食品メーカーを中心に徐々に納入先を増やした。培った技術は他社との連携で相乗効果を生み出した。

スズキと中部電力ミライズ(名古屋市東区)と共同開発した金型加熱器は、加熱部にメトロ電気工業の赤外線ヒーターを採用し、CO2換算量で約59%、原油換算量や加熱時間も50%以上削減して15年度と20年度の省エネ大賞を受賞した。また20年にはオレンジヒートをアルミニウム製反射板に組み込んだ「加熱ユニット」を発売した。

1913年の創業時に生業だった白熱電球の製造から時代を追うごとに移ろい続けてきた。19年にはLEDの普及から白熱電球の生産を終了した。川合社長は「時代の変化に順応し、今後はガスよりも安全で環境にも優しい電気で生き残りをかける」と訴え、次なる一歩を踏み出す。

政府と産業界に温度差 国民全体、巻き込みカギ

産業界を広く見渡した時、カーボンニュートラル実現への受け止めはどうか。帝国データバンクが1月に公表した調査では61.3%の企業が達成に懐疑的な認識を示した。取り組み課題に「他に優先すべき項目がある」とする回答が27.4%でトップとなり、政府が描く青写真と裏腹に現状の感触は芳しくない。担当者は「企業が優先事項と意識するような政府の具体的な施策が必要では」と語る。

相次いで目標を掲げる大企業と実感が湧きづらい中小企業との間の意識差も、中長期的課題として潜む。

梶山弘志経済産業相は「国民全体が当事者である認識を持たなければ難しい」と語るが、国民生活と密接に関わる自動車の電動化に関する議論などあらゆる製品のライフサイクルを踏まえた時に消費者サイドを巻き込んだ展開はまだ見えない。

世界的な潮流の中でサプライチェーン(供給網)の裾野が広い産業を中心にカーボンニュートラルへの取り組みがある日、必然的に自社に迫られる可能性もある。経済の制約や足かせでなく成長を生み出せるかは、政府のかけ声が先行する状況から産業界との温度差を埋めるための連動が今後問われてくる。

日刊工業新聞2021年3月3日

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