共通の敵「コロナ」に熱狂し思考停止する人類

気候変動や技術的破壊を前に為政者は問題を放置

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新型コロナ・ウイルスにかんしては、単一のウイルスであるかどうかも含めて、なお不明な点も多いようだが、なんらかのウイルスが世界的な感染症を引き起こしていることは事実である。一方で現在のパンデミック的な事態、あたかも世界戦争でも起こっているかのような状況を生み出している原因を、すべてウイルスという「物質」に求めるのは無理ではないだろうか。

もともとウイルスは細胞レベルで働くエージェントである。たとえばぼくたちの肺や肝臓の細胞に入り込んでそこで増殖をはじめる。すると生体のほうは敵が侵入したことを感知して免疫反応を駆動させ、ウイルスが入り込んだ細胞を排除しようとする。その結果、肺炎や肝炎が起こってくる。ウイルスによる感染症とは本来このようなものだろう。今回の新型コロナ・ウイルスでも、一人ひとりの患者を見れば、おそらくそういうことが起こっているのだろうが、爆発的とも言える地球規模の広がり方や、経済や社会にもたらす影響の深刻さを見ると、通常のウイルス感染ということだけでは説明できないように思う。

そこで今回のウイルスを、細胞レベルで働く微小なエージェントであると同時に、人間の思考や感情にも働きかける行為者と考えてみよう。つまり情報である。言うまでもなく、この世界で情報は商品である。人々は自分の欲する情報にしか興味がなく、必要とする情報を商品として購入する。それが現在のグローバルな資本主義経済の根幹にあるメカニズムである。

すると現在、「コロナ」は世界中の人々がもっとも欲している情報ということになる。つまり「コロナ」はこの惑星でもっとも魅力的な商品でもある。世界中の人たちがコロナ情報を欲し、購入し、消費しつづけている。なぜだろう?

戦争がはじまるためには、一つの文脈が必要である。その文脈は戦争によって異なるけれど、共通して言えることは単純化ということだ。日本がアメリアと戦争をしたとき、人々は「鬼畜米英」というシンプルな世界観にとらわれていた。イギリス人やフランス人にとっては「ヒトラーとの戦い」だった。別の戦争では「アメリカ帝国主義打倒」だっただろう。いずれにしても、戦争をするためには世界は単純化されていなければならない。「敵と味方」や「善と悪」といったシンプルな世界観に人々がとらわれるとき、戦争への閾値は低くなる。

今回のコロナ禍でも、一つの単純な文脈が浮かび上がってくる。コロナという悪が生まれて人々の命を奪いつづけている。世界の平穏と平和を取り戻すためには、なんとしてもこの悪を打倒しなければならない。なぜコロナは撲滅されるべきか? 悪であるからだ。ヒトラーが悪党だから殺されるべきだったように、コロナは世界にとって悪だから撲滅されるべきだ。

単純化は思考停止につながる。コロナを悪の親玉に仕立て上げ、「コロナさえやっつければ」というシンプルな世界観をもてば、もはや人は考える必要がない。悪が排除されるべきであることは自明だからだ。では、どうしてぼくたちは思考停止を求めるのか。

歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、人類が共通に直面している実存的脅威として、核戦争の危険性の増大、気候変動による生態系の崩壊、AIと生物工学が結び付くことによる技術的破壊の三つをあげている。こうした課題に既存の国家は対処することができない。有効な処方箋は見当たらない。誰もどうしていいかわからなくなっている。いったいどうすればいいのか?

考えないことにする、というのが一つの方法だ。年寄りは年金と健康法の話ばかりしている。これも一種の思考停止だろう。スマホに没入する若い人たちにも同様のものが感じられる。そこへ「コロナ」が現れた。

コロナという目の前の敵のことを考えていれば、未来のことはとりあえず考える必要はない。為政者にしても手に余る難しい問題は放り出して、感染対策や経済支援のことだけ公言していればいい。そして国民は彼らの不行き届きを批判し叱責していればいいわけだ。これが目下の日本と世界の情勢ではないだろうか。

未来を語る言葉が必要だと思う。気候変動の話では盛り上がれない。元気の出る言葉、未来に一筋の光を投ずる言葉が、いま何よりも求められていると思う。

片山恭一の公式サイト、セカチュー・ヴォイスはこちらから

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