中華プラットフォーム企業が国家管理に陥ったアリババへの怨嗟
ジャック・マーの下で中国IT産業の発展を牽引(けんいん)してきたアリババ・グループが昨年暮れ以来、習近平政権の厳しい締め付けに遭っている。
二つのことが咎(とが)められた。一つは小口金融業務を営むフィンテック企業・アント社を過小資本のまま株式上場しようとしたとされることだ。
アント社は電子決済のほか、アリババが電子商取引で蓄えた個人信用データを人工知能(AI)で審査する小口金融で急成長した。高効率で焦げ付きも少ない画期的な仕組みだが、金融危機下の資金引き揚げといった事態までAIで防げるわけではない。これに備えて自己資本強化を求める金融当局を「頭が古い」と論難したジャック・マーにも落ち度があった。
二つ目の咎は、同社の祖業である電子商取引で、独占的な地位を濫用(らんよう)して取引先に不利な条件を強いたり競争業者を排除したりしているという独禁法違反の嫌疑だ。世界中で問題化しているプラットフォーム企業の独占問題は中国でも起きており、取引業者からは「もうけをアリババに吸い上げられる」という怨嗟(えんさ)の声が絶えない。
習政権は、アント社については、過小資本の是正に応じないまま強行しようとした株式上場を潰し、アリババ社の独禁法違反についても調査を開始することで報いた。2020年12月に開かれた中央経済工作会議では、「プラットフォーム企業の独占や不正競争行為は許さない、金融技術革新は慎重な金融監督の下で行われなければならず、資本の無秩序な拡張は防止する」と強い調子で警告した。
中国でこれ以上政府に逆らえば、経営者は処罰を受け、会社もつぶされかねない。アリババ社も恭順の意を表すしかなかった。アント社も自己資本強化のため大幅な増資を余儀なくされるだろう。
政府の矢継ぎ早な締め付けの裏には、ITプラットフォームをこのまま民営企業の好きにさせておけば、共産党と政府の手に負えない存在に育ってしまうという危機感が感じ取れる。アリババやテンセントの提供するITサービスが、それ抜きでは中国で暮らしていけないほど重要な生活・ビジネスのインフラになったからだ。
アント社の大幅増資で株主に加わるのは国有金融機関だろう。「国有化」とは言わないが、今後のアリババ・グループは、党と政府の管理監督に服することになりそうだ。だが、裏返せば、アリババはこれで党と政府の後ろ盾を得る。これを見た競争業者は不利な立場に置かれるのを恐れて、自分たちも国有資本受け入れに走るのではないか。
フェイスブックやアマゾンなど米国プラットフォーム企業は規制強化の波にさらされているが、中華プラットフォーム企業は国家管理の道を歩むことになりそうだ。政府主導のデジタル化、経済からの税収吸い上げ…党と政府にとっては、一石二鳥のおいしい話になる。
しかし、それは中国IT産業、技術の発展の芽を摘む結果に繋がらないか。ジャック・マーは、軋轢(あつれき)を恐れずにIT新技術をビジネス化して、あれよあれよという間に中国の商取引や金融のかたちを塗り替えた傑物だった。党や政府の言いつけをよく聞くアリババに、これまでのような突破力を期待するのは困難だろう。
(文=津上俊哉)【略歴】つがみ・としや 東大法卒、通商産業省(現経済産業省)入省。96年に外務省出向、在中国日本大使館経済部参事官。通商政策局北東アジア課長、経済産業研究所上席研究員などを経て独立。中国問題に通暁する。62歳。