強さを引き出す「可能性トーク」、東大ラグビー部ヘッドコーチが明かす「制約下の戦い方」
大学スポーツの常勝軍団には「スポーツ推薦」という強力な武器がある。その武器と無縁な存在が東京大学だ。学力社会では最上位に位置する東大もスポーツ社会では強豪に挑む立場にある。東大ラグビー部OBで、現ヘッドコーチ(HC)の深津晋一郎氏に「制約下がある中でいかに戦うか」について寄稿してもらった。
1921年創部。日本ラグビー史上、慶應大学、同志社大学、早稲田大学に続いて4番目に長い歴史と伝統を誇る。1997年のリーグ再編後、2002年シーズンまで関東大学対抗戦Aグループの座を死守するも、その年のシーズンにBグループへと陥落。以降、15年以上に渡って上位リーグ復帰は叶わないものの、今もなお可能性を信じて挑戦を続ける。それが、東大運動会ラグビー部である。私は18年度シーズンより、HCとしてチーム運営に携わっており、過去には01年シーズンまで選手としてプレーしていたOBでもある。
「推薦制度」がない東大ラグビー部の強み
昨シーズンはコロナ禍による変則的なスケジュールとなったが、そうした中でも60名を超える部員・スタッフは意欲を失うことなく、本当に素晴らしい活動を展開してくれた。残念ながら最終目標に掲げていた入替戦出場には届かないまま、1月10日をもってシーズンの幕は閉じることとなった。その意味で、私自身のHCとしての挑戦もまだ道半ばではあるが、東大ラグビー部という非常に面白い存在をコーチとして率いる中で、私が意識してきたことを紹介したい。
東大ラグビー部の大きな特徴の1つは、Aグループに所属する強豪校のような推薦制度が存在しないことだ。部員の獲得はチーム存続の生命線である。受験勉強に必死だった高校生活を経て、なんとか入学を果たした新入生に1人でも多く入部してもらい、共にラグビー部で戦ってもらいたい。毎年選手の入替がある大学スポーツにおいて、安定的な部員確保が出来なければ、継続的な強化などままならない。よって、東大ラグビー部という組織のコアとなるアイデンティティを徹底的に見つめ直し、部員にとっても、また外部の方にとっても「魅力ある存在」でなければならない。人が集まって、そこに所属する理由を見出せるチームであってほしい。それこそが、HC着任にあたって最初に考えたことであり、これを実践に落とし込む上で、自分が発する1つひとつの言葉を端々まで意識して、メッセージを統一していった。なぜなら、自らプレーする訳ではないコーチにとって、「武器は言葉」しかないからだ。
具体的に行ったのは、「可能性トーク」だ。これは私自身が勝手に命名したものだが、端的に言えば選手の可能性を語るということだ。上記の通り、東大ラグビー部にはスポーツ推薦制度がなく、入部時点での各選手の運動能力やラグビー経験にはかなりのバラつきがある。一部には高校時代に全国大会を狙えるレベルのチームに所属していた選手も存在するが、一方では全くの未経験者として、大学からラグビーを始める部員も少なくない。高校時代は文化系のクラブに所属していて、運動経験自体が皆無だったようなメンバーも存在する。つまり、総じて言えばタレント集団ではないのだ。
厳しい言葉指導から「可能性トーク」へ
東大ラグビー部では、こうした「制約下での闘争」がある部分では「美学」と捉えられてきた歴史があり、伝統的に選手へのメッセージにもネガティブサイドが強く出る傾向があった。「下手なんだから、死ぬ気でやれよ」「強さも速さもないんだから、泥臭さで勝負するしかないんだよ」といった言葉が、組織に蔓延していた。
でも、考えてほしい。純粋にラグビーが好きで、上達したい一心で入部してくれた選手達が、日々練習のたびに「能力不足」というメッセージを延々浴びせられるチームに、心から魅力を感じることが出来るだろうか。
東大ラグビー部は、身体能力そのものに優位性を持っている訳ではない。これは紛れもない事実だ。しかし、裏を返せばこのチームは可能性の塊でもあるのだ。完成度ではなく伸びしろに、あるいは能力ではなく潜在能力に目を向けるならば、日本で最も面白いラグビーチームの1つだと言っても過言ではない。そして、誰よりも部員達自身にその事実に気づいてもらいたいと考えていた私は、基本的に全てのメッセージを「可能性フォーカス」に意識的に変えていった。
「あのパスではダメだ」ではなく「もうワンテンポ早く放れたら、トライになるよ」と伝える。「ディフェンスが甘い」ではなく「タックルの姿勢を変えていけば、必ず通用するから大丈夫だ」と背中を押す。自分にはセンスがないと心のどこかで諦めているプレーヤーに「君の強みはセンス以外の部分にあるよ」と、そっと声をかける。1つずつのメッセージは、それだけを切り取れば小さなものだ。でも、こうしたスタンスを全ての瞬間で徹底的に貫いて、統一したメッセージを発し続けていくと、部員との信頼関係は必ず強化されていく。強いリーダーシップで一気に組織力を引き上げるスタイルと比較すると時間のかかるアプローチかもしれないが、心の奥深い部分で、自分に自信を持てないままプレーを続けてきた部員達が、自らのポテンシャルに勝手な線引きをすることなく、自発的な挑戦を続けていくためには、どうしても必要なプロセスだった。なぜならば、どこまで行っても戦うのは選手自身であり、 HCをはじめとした指導陣ではないからだ。
真なる「強さ」に向かって
今年、東大ラグビー部は創部100年を迎える。私がHCを務めたこの3年間の卒部生も含めて、多くの人間がこの組織で自らの限界に挑戦し、その後社会へと飛び出していった。そして一度社会に出れば、自分を手厚く育ててくれるコーチなど存在しないのだ。それでも、東大ラグビー部での経験を通じて自分の可能性を勝手に小さくまとめないことの大切さに選手たちが触れて、「自分で自分の背中を押してあげられる人間」が1人でも多く輩出されていくのであれば、これほど面白いチームのHCという最高に挑み甲斐のあるチャレンジを続けてきた私にとっても本望である。
深津 晋一郎(ふかつ・しんいちろう) <略歴>2002年東大教養学部卒。2000年度シーズンにおいて、東大ラグビー部創部初となる日体大戦勝利、29年ぶりの青山学院大戦勝利を果たし、Aグループ2勝(6位)に貢献。その後、日本IBMビッグブルー(当時)にて3年間プレー。現在も社員として勤務の傍、2018年より東大ラグビー部HC。