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日本の大学は安い?米国は私大で年3万5000ドルが相場、高騰学費は社会の分断加速

政治問題化の傾向懸念

古い友人のジョン君から、「日本の大学の学費はどれくらいするのか?」と尋ねられた。「私立大学の文系で1万ドルくらい、国立大学だともっと安い」と答えたら、心底驚かれてしまった。聞けば米国の有名高校に通う彼の息子は、既にそれくらいの学費がかかっているとのこと。集団訴訟を得意とする弁護士のジョン君と言えど、今後の教育費負担には頭が痛いらしい。

最近の米国では、私立大学で年間3万5000ドルが相場だという。州立大学ならば1万ドル程度だが、それも地元以外の州ではもっと高くなる。さらに大学寮などでの生活費も勘案すると、大卒の資格を得るコストは途方もない金額になってしまう。まして有名大学で修士号や博士号を目指すとなると、どれだけかかることになるのやら。

世界経済のグローバル化とともに、米国における高等教育のブランド価値は上昇した。「米国の没落」を口にしたがる中国人エリートでも、内心では切実にアイビーリーグの学位を欲していたりする。「自分の頭で考え、解を説き、弁論する」という米国流の大学教育は、確かにそれ自体が優れたものであり、世界を制するソフトパワーを有している。だから全世界から留学生がやって来る。それを良いことに、その金銭的対価もうなぎのぼりとなった。

大学間競争の激しさも、コスト増加の一因となっている。大学のブランド価値を上げるためには、例えば学生スポーツの強化も欠かせない。そこで大学が高額な年収のコーチを雇い入れると、その分も学費に上乗せされてしまう。つまり米国における大学教育とは、きわめて生産性の高いサービス産業なのだ。

問題はこうした学費の高騰が、賃金の伸びと無関係に進んでしまったことである。米国における平均家計所得は、2000年以降は横ばいが続いている。この間に学費が急騰した結果、学生ローンの残高は20年間に8倍増して、20年には1兆6000億ドルに達している。不動産やクレジットカードなど、他のローンがリーマン・ショック後に低迷する中にあって、異様な伸びと言っていいだろう。もっとも足元のコロナ禍は、留学生の減少などを通して大学経営への逆風となっているようであるが。

気になるのは、教育コストが政治問題化しつつあることだ。性別や人種、年齢で差別することが大問題となる米国社会では、教育による選別はむしろ「能力主義」と呼ばれて推奨される。そして学歴による生涯賃金の差は広がる一方で、若者は教育投資というレースから逃れられない。だからこそ、「学生ローン無償化」を提唱するバーニー・サンダース上院議員が人気になったりするのである。

他方、学力の面から進学をあきらめた人たちは、エスタブリッシュメントに対する憎悪からトランプ支持者になる、というのは悪い冗談だろうか。世界に誇るべき優れた教育機関が、米国社会の分断を加速しているとしたら、まことにやりきれないものがある。

(文=双日総合研究所チーフエコノミスト・吉崎達彦)
日刊工業新聞2021年1月22日

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