中国勢を引き離せ!脱炭素への有力な切り札「水素還元製鉄」
鉄鋼業界は、2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガスの実質ゼロ)に向けて取り組みを加速する。大手3社は二酸化炭素(CO2)の削減目標を設定し、短期と中長期の両面で設備投資や革新技術の開発を進めている。ただ有力な切り札とされる水素還元製鉄は、水素の安価で安定した調達などが不可欠。世界的な技術開発力を自負してきた日本勢はコロナ禍の厳しい環境下、中国勢などをいかに引き離すか。真価が問われている。
水素還元製鉄でCO2減
鉄は地球上に豊富にある資源で、リサイクルできる特性を持つ。鉄鋼業界は早くから省エネルギーなどに取り組んできたが、生産プロセスは石炭に依存してきた。日本鉄鋼連盟は18年、製鉄工程でCO2を出さない「ゼロカーボン・スチール」を2100年に目指すビジョンを策定した。
菅義偉首相が50年脱炭素を表明して以降、鉄連は「経営の最優先事項」(橋本英二会長=日本製鉄社長)と受け止める。実現には大規模な研究開発投資、インフラ整備が必要だが、民間企業である以上“環境と成長の好循環”が不可欠。鋼材需要は回復基調が続きそうだが、コロナ以前の水準に戻るのも脱炭素の実現も容易ではなさそうだ。
首相の表明に先立ち神戸製鋼所、JFEスチールは、生産工程でのCO2排出削減の個社目標を打ち立てた。神戸製鋼所は30年度の排出量を、追加策を講じない場合の量(BAU)の13年度比約6%削減する。JFEスチールは30年度に13年度から20%以上減らす。最大手の日本製鉄はCO2削減を次期経営計画の柱に位置付けるべく20年度中に30年の目標と50年のビジョンを公表する。
注目されるのが技術開発で、鉄鋼3社は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から「COURSE50(コース50)」と「フェロコークス」の二つの国家プロジェクトを受託、推進中だ。
コース50は、本格的な水素還元製鉄に向けた第一歩で、日本製鉄が主導する。実機第1号の早期稼働を目指す。千葉県君津市に設置した試験高炉での水素還元によるCO2排出量が、当面の削減目標の10%を超す成果を上げている。
コークスの一部代替で、鉄鉱石の還元に使う水素の量を外部調達含めて増やせば、大幅に削減可能とみる。スケールアップや、水素の吸熱反応で奪われる熱を補償する技術などの確立を目指す。
経済合理性・環境対策両立
フェロコークスは低品位の石炭・鉄鉱石を使う安価な高炉原料。この中に約3割含まれる金属鉄の触媒効果で還元(酸素除去)効率が高まり、高品位炭由来のコークスを減らし、CO2を約10%削減する。プロジェクトはJFEスチールが主導。広島県福山市に商用化想定の約5分の1に当たる製造設備を建設、20年秋に実証を始めた。23年にも技術を確立し、早期に実用化する。原料をほぼ全量輸入し、低廉で安定な調達が課題となる中、経済合理性にかなう。
各社は個別対応も促進。日本製鉄は兵庫県姫路市の拠点と、欧ミタルとの合弁の米カルバートに電炉を新設する。電炉は資源である鉄スクラップの活用、高炉より少額の設備投資、海外展開の選択肢拡大が可能でCO2削減にもつながる。
日鉄は鉄鉱石を供給する英リオティントとの間で、低炭素の供給網確立にも取り組む。JFEスチールは、不純物を取り除く転炉でスクラップの活用拡大を図っている。全国4地区で転炉型脱リンプロセスを駆使する予定。
神戸製鋼所は還元鉄プラントの米子会社、ミドレックスを持ち、同社は鉄鉱石を手がけるブラジルのヴァーレや三井物産との協業を進めている。
炭素ゼロへの道のりは長いが、実効性をより高めるべくアクセルを踏み込む必要もあるだろう。経済産業省はカーボンニュートラルの取り組みについて「日本の新たな成長戦略。2兆円の基金を含め、腹を据えた支援をしていく」(蓮井智哉金属課長)としている。
INTERVIEW/日本鉄鋼連盟会長(日本製鉄社長)・橋本英二氏
日本鉄鋼連盟は「脱炭素」に向けた取り組みや課題、政府への要望をまとめる。橋本英二会長(日本製鉄社長)は「水素活用などは鉄鋼業だけで解決できない」と“国を挙げた総力戦”を訴える。
―鉄鋼業は50年までにカーボンニュートラルを実現できますか。 「革新技術がどうしても必要で、ゼロからのスタートとなる。日本は、大型化や省エネ化で世界最高効率の製鉄プロセスを構築してきたが、残念ながら現状はCO2を出さざるを得ない。プラントの抜本変更には巨額投資が必要だ。しかし、コスト低減や製品の付加価値向上が目的の投資ではない。開発中の高炉内での水素還元製鉄も課題が少なくない」
―原料炭由来のコークスの代替で、水素活用がカギを握ります。 「水素還元製鉄の前提には安定的・経済的な水素調達が不可欠。粗鋼生産だけでも現状の国内供給量とはケタ違いに多い水素が必要になる。政府には脱炭素に伴う研究開発と設備更新への支援をお願いしたい」
―脱炭素化も、世界の競合を意識した取り組みになりますが。 「中国勢などに対して、競争力回復の観点からも大きなチャレンジとなる。COURSE50などの開発面では日本が進んでいるが、コスト増が懸念される。中国の大手製鉄会社の多くは国営でコストの悩みがない。欧州連合(EU)政府の脱炭素に協力表明した欧アルセロール・ミタルは、鋼材コストの大幅上昇を言っているが、大げさな数字ではないと思う」
―脱炭素にかかるコストの上昇をどう抑えるかが問われます。 「電力ユーザーとしては、将来の電源構成や電気料金を予見できるようにしたい。国には原子力の有効活用を求めたい。(CO2排出に応じコスト負担する)カーボンプライシングには反対だ。導入で高止まりしている電気料金が一層上昇すれば、カーボンニュートラルに逆行しかねない。製造業の競争力を回復させるチャンスととらえ、政府には理解と支援をお願いしたい」(編集委員・山中久仁昭)
データ/鉄鋼業のCO2、全排出の14%
日本の鉄鋼業が18年度に排出した二酸化炭素(CO2)は1億5800万トンで、全産業部門の39.8%。家庭用の冷暖房などを含む日本全体の排出量でみれば、13.9%を占めている。
日本製鉄とJFEスチール、神戸製鋼所の高炉3社は、石炭を蒸し焼きにしたコークスで鉄鉱石を還元する。有数のCO2発生源であり、コークスに代わって水素を使った還元法が模索されている。
一方、国内粗鋼生産の約25%を担う電炉各社は、鉄スクラップを電気で溶解して鉄をつくっている。用いる電気を原子力や再生可能エネルギーにすれば脱炭素に近づきそうだ。
日本鉄鋼連盟は18年に、製鉄プロセスでのCO2排出を2100年までにゼロとする方針を策定した。政府が50年のカーボンニュートラルを打ち出したことで、50年もの前倒しが必要になっている。
KEYWORD・水素還元製鉄
コークスに代わって水素を鉄鉱石の還元剤に用いる手法で、鉄鋼大手3社が手がける国家プロジェクトで実現を図る。高炉内での早期実用化を目指した「COURSE50(コース50)」を推進する一方、高炉を用いない本格的な水素還元製鉄を視野に入れている。
コース50は(1)還元剤に水素系ガスを一部活用してCO2を10%削減(2)排出CO2を、高効率に分離・回収し20%削減―で、計30%削減を目標としている。