バイデン政権はトヨタ、ホンダの追い風に?ソニーは“嬉しい悲鳴”も
世界中が行方を注視した米大統領選挙は、民主党候補で前副大統領のジョー・バイデン氏が、共和党候補で現大統領のドナルド・トランプ氏を破り、当選を確実にした。激戦州を中心に支持率が拮抗(きっこう)。選挙情勢も激しく揺れ動いた。開票結果をめぐっては、トランプ陣営が法廷で争う構えを見せるなど、決着にはなお時間がかかる見通し。だが、バイデン政権が誕生となれば、新型コロナウイルス対策や通商政策・対中国関係、環境・エネルギー政策が大きく変わる可能性もある。日本の産業界への影響を探る。
自動車 EVシフト加速、構造転換けん引
バイデン氏の大統領就任で予測されるのが環境政策の見直しだ。トランプ政権が離脱した地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」に復帰する意向で、自動車の環境規制でも揺り戻しが見込まれる。既に2026年モデルの車種まで環境規制を緩和する方針が決まっており、車の開発リードタイムなどを考慮すると「規制の見直しは26年モデルイヤー以降になるのではないか」(業界アナリスト)との見方がある。
トランプ政権下の米国市場はガソリン安もあり大型車シフトが進展。調査会社のマークラインズによると19年の米新車販売はピックアップトラックなどライトトラックが政権交代前の16年と比べ12ポイント増の72%を占めた。政権交代でハイブリッド車(HV)などを得意とするトヨタ自動車やホンダにも追い風となりそうだ。
さらに中長期的にはHVから電気自動車(EV)へのシフトが加速しそうだ。環境規制に厳しいカリフォルニア州などと対立したトランプ氏と異なり、バイデン氏は政策でEVの普及を掲げる。
消費者にEVへの買い替えを促す奨励金を支給し、EVの充電施設を50万カ所設置する方針を示す。自動車メーカーや部品などのサプライヤーには生産設備への投資にインセンティブを付与する考えだ。
米テスラ、EVシフトを進める米ゼネラル・モーターズ(GM)、EVを現地生産する日産自動車などに恩恵が見込まれる。またEV関連のサプライチェーン(供給網)の整備も進む可能性があり、車産業の構造変化の行方も注目される。
半導体 輸出規制緩和に期待
半導体メーカー各社は中国通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)に対する輸出規制の行方を見守っている。米商務省の規制が発効した9月15日以降、同社への製品供給停止に追い込まれた。バイデン氏の対中政策次第では規制緩和の期待も膨らみそうだ。
スマートフォンや携帯電話基地局などの世界大手との取引正常化は、イメージセンサーが主力のソニーや、NAND型フラッシュメモリーが主力のキオクシア(旧東芝メモリ)にとって歓迎すべきことに見える。ただ、その2社の顧客リストでファーウェイ以上の大口顧客が米アップルだ。
米政府の規制緩和でファーウェイがスマホ事業で息を吹き返すようだとアップルの市場シェアが低下し、回り回って部品サプライヤーにもマイナス影響を及ぼしかねない。各社にとって“痛し痒(かゆ)し”の側面がありそうだ。
また、ソニーは現在長崎県諫早市に新しいイメージセンサー製造棟を建設中だ。21年の稼働開始を予定。ファーウェイという主要供給先を失ったものの、代わりにアップルなど他社からの受注増で補えるめどが立った。もし規制緩和でファーウェイへの輸出が許可されたとしても、すぐに対応できるかは不透明だ。ソニーにとってうれしい悲鳴だ。
鉄鋼・非鉄 輸入制限―見直し要求
鉄鋼・非鉄業界は、米通商拡大法232条(国防条項)に基づく輸入制限措置の見直しを求めており、今後の運用を注視していく。
日本鉄鋼連盟の橋本英二会長(日本製鉄社長)は新大統領に「強いリーダーシップの発揮、各国との十分な連携」を求めるとともに、「輸入制限措置が継続する中、1月に発効した日米貿易協定の最終合意に基づき、改善に向かうことを強く期待する」としている。
トランプ政権は18年、日本の鉄鋼製品に25%、アルミニウム製品に10%の関税を課すことを決定した。ただ、米国の顧客の申請があって、認可された場合は当該品目への課税が「適用除外」となる。
日本からの輸出品は基本的に高い技術力を持ち、米国内で代替生産できないため、適用除外されている案件が少なくない。1―10月の日本産鋼材では適用除外の申請があったもののうち認可は数量ベースで約7割に上る。
一方、日米貿易協定の共同声明には工作機械や農産品など除く「他の関税関連問題の早期解決にも努める」と盛り込まれた。鉄鋼・アルミへの直接の言及はないが、業界関係者は自由貿易の精神にのっとった232条措置の解決を求めている。
鉄鋼業界からは「トランプ氏の政策は予見可能性が低かったが、バイデン氏には決定プロセスの明確化を期待したい」との声も聞かれる。コロナ禍で鋼材需要が減少している中、海外からの引き合い・受注は救いだ。また、「関税措置で泣かされるのはむしろ米国顧客」との指摘もある。
機械 保護主義政策を警戒
工作機械業界では、受注回復のけん引役である中国市場への影響が最も注目される。ただ、バイデン氏もトランプ政権が進めた「米国第一主義」と同様に、保護主義政策を主張しており、米中対立による影響が懸念材料であることに変わりはなさそうだ。牧野フライス製作所の井上真一社長は「保護主義が進めば、経済には大打撃となる」との認識を示した上で、新大統領に対して「グローバルにつながる安定した政治を期待したい」と話す。
日本工作機械工業会の調べでは中国向け受注高は9月まで4カ月連続で前年プラス。稲葉善治副会長(ファナック会長)は、今後の中国市場の動向について「しばらく活発な投資が続く」とみる。また業界関係者は「アジアの構造は、これまでのトランプ政権の流れと大きく変わるとは思えない。引き続きトータルの需要は存在し、それをしっかり取り込むことが重要だ」と捉える。
重工各社はバイデン氏勝利も、戦略の見直しを迫られる可能性は低そうだ。これまでも米中両国が通商政策で関税をかけ合ってきたが、「“地産地消”のビジネスモデルのため、(選挙結果で)スタンスは大きく変わらない」(三菱重工業)としている。一方で、バイデン氏は環境政策を重視しており、「脱炭素化」に弾みが付きそうだ。環境対応の技術や製品開発を進める各社の商機が膨らむことも考えられる。
建設機械業界も、バイデン氏勝利も基本的に経営環境に大きな変化はないと考える企業が多い。新型コロナで打撃を受けている米国経済を立て直すため、景気浮揚策としての公共工事は必須であり、住宅着工件数も現時点では堅調。バイデン氏の大統領就任で、中期的には環境規制が強化され、顧客であるエネルギー分野、特に石炭事業者の経営環境が厳しくなることが予想される。ただ、シェールガスシフトへの対応も進んでおり、業界では影響をある程度織り込んでいるようだ。