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「道の歴史」を考える。ブロードウェイは先住民が使っていた歩道だった

作家・片山恭一が考える、デザインのチカラ
「道の歴史」を考える。ブロードウェイは先住民が使っていた歩道だった

廃止になった高架部分に建設され、ニューヨークの名所になった歩道公園「ハイライン」

数年前に写真家の友だちと2人、車で米国のカリフォルニアを旅した。ロサンゼルスから内陸を北上してサンフランシスコまで行き、帰りは太平洋岸のパシフィック・コースト・ハイウエーを一路、南へ下ってロスに戻るという行程である。

ロスのダウンタウンを離れてフリーウエーを30分も走ると、まわりは砂漠になる。東側に広がるデスバレーの向こうはラスベガスだ。しかし周囲を見まわしても、町はおろか小屋1軒すらない。車の温度計はカ氏100度Cを超えている。セ氏になおすと40度C近い。こんなところに放置されたら、冗談ではなく命が危うい。

砂漠のなかにビショップ、インディペンデンス、マンモスといった名前の町が現れる。町と町のあいだは数十マイル離れている。100キロメートル近いスピードで飛ばしても30分はかかる。1本の道が、ほとんど唯一の命綱のように思えてくる。

いったい誰が、この道をデザインしたのだろう? まわりは砂漠だから、選択肢は無数にある。海のなかに1本の線を引くようなものだ。どうしてこのルートなのだろう? 登山道の場合なら、安全で登りやすいルートが選ばれるだろう。断崖や樹林などは回避されるはずだ。しかし砂漠には、そうした特徴的な場所はない。

ぼくはふと「水」ではないかと思った。砂漠で何よりも貴重なのは水だ。司教や独立や巨象といった奇妙な名前のついた町には、泉や井戸があったのかもしれない。水のある場所を結んで1本のルートができたのではないだろうか。

そうした水場は、もともと動物たちが使っていたものかもしれない。ニューヨークのマンハッタンの繁華街を南北に貫くブロードウェイは、先住民が使っていたトレイル(歩道)がベースになっている。そして北米の多くの先住民たちは、かつてシカやバイソンのトレイルを使っていたという。動物たちのトレイルは、とりわけ砂漠では水場と水場を結ぶようにしてつくられたに違いない。

ぼくたちがいま走っている道は、先住民が動物たちから受け継ぎ、さらに植民してきた白人たちが使いつづけて、今日に至っているのかもしれない。長い時間の積み重なったタフなデザインを、砂漠を貫く1本の道に感じた。

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