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コロナ禍で増えるギグワーカー、キャリア形成支援をプラットフォーマーが模索中

コロナ禍で増えるギグワーカー、キャリア形成支援をプラットフォーマーが模索中

ネットを通じ単発の仕事を請け負う「ギグ・エコノミー」がコロナ禍で拡大している(イメージ=タイミー提供)

組織に縛られず、インターネットを通じて単発の仕事を請け負う「ギグ・エコノミー」がコロナ禍で拡大している。外食や宿泊業から人材が流出し、料理の配達や電子商取引(EC)の物流倉庫などが受け皿になった。コロナ禍を機にデザインやプログラミングを学ぶ人もいる。この労働移動を支えたものの一つがギグワークの仲介プラットフォームだ。人材が流入し、量にも増して質が重要になっている。プラットフォーマーはギグワーカーのステップアップやキャリア形成に寄り添おうと模索する。(小寺貴之)

コロナ禍で人材も仕事も大転換、新たなチャレンジ後押し

「ギグワーク=即金のイメージを変えたい。ステップアップとしてのギグワークを示したい」とタイミー(東京都豊島区)の小川嶺社長は腐心する。同社は学生などの隙間時間と単発バイトを仲介する仲介アプリを展開する。好きな場所や時間、職種ですぐに働け、すぐお金がもらえる点がサービスのウリだ。

ギグワークは人生の浪費だと批判されてきた。単発バイトのマニュアル仕事はキャリアにならないという批判だ。利便性とは裏腹に収入が安定せず、その日暮らしになると指摘されている。

ただ、この利便性と流動性がコロナ禍のような大規模な労働移動を支えた。タイミーでは1月に売上高の6割を占めた飲食店の仕事がコロナ禍で蒸発し、売上高は3分の1になった。だが配達や倉庫などでの軽作業が増え、8月には1月と同水準に回復した。ギグワーク仲介では人材も仕事も大転換が起きた。そのため働き手の将来不安は増している。

小川社長は「小遣い稼ぎのためのギグワークから、経験を広げるためのギグワークに変えたい」という。例えば自分の飲食店を開く前に、たくさんの店舗で働きノウハウを集めた働き手がいる。店舗運営のノウハウや店舗デザインを自ら働いて学んだ。他にも物流業界への転職を前に、複数の現場で働いて業界の課題や自身のスキルの生かし方を明確化した働き手もいる。

現場仕事の多くはマニュアルに従えば誰でもできるものだ。だが、そのマニュアルを自分のものにして違う現場に応用したり、マニュアル自体を改善したりする力を養うことはできる。小川社長は「多くの現場を経験した働き手は、現場に新しい視点を与えられる。事業者にも評価されうる」と説明する。

クラウドワークスでは動画制作とECサイトの仕事が増えた。動画制作の発注者数は19年12月に比べて20年3月が3割増だ。ECサイト構築は20年1―3月に比べ20年4―6月は50%増。ECサイト運営は同23%増えた。コロナ禍で店舗が中心だった中小事業者も自前のECサイトを作り、販売を始めている。

例えばEC構築が増えれば、次はサーチエンジン最適化(SEO)やメンテナンスなどの運営業務が増えると予想される。プラットフォーマーとして仕事の流通状況を示し、働き手に次の変化への備えを促している。

ランサーズでは働き手の新規登録数が19年12月に比べて20年4月は2倍に増えた。曽根秀晶取締役は「副業で登録する人が多い」と説明する。本業が停滞し、新しい仕事に挑戦する人が増えている。

教育・ツール・仕事、3点セットで提供

クラウドワークスとランサーズはアドビ(東京都品川区)と連携して、制作ツールの無料講座や価格割引などを展開した。コロナ禍を機に動画やイラストの制作を学び始めた人を支援するためだ。スキルが身につけば、仲介プラットフォームで仕事をとれる。曽根取締役は「教育とツール、お仕事。この3点セットは反響が大きかった」と振り返る。

プラットフォーマーはアライアンスでITツールや教育コンテンツを整え、働き手のステップアップを促す。特に力を入れるのが働き手のコミュニティー形成だ。クラウドワークスは5月に「クラウドカレッジ」を開講。ランサーズは19年4月から集中講座「ランサーズブートキャンプ」を展開している。

集中講座「ランサーズブートキャンプ」(新しい働き方LAB SNSより引用)

ここではライティングや翻訳などのスキルも教えるが、フリーランスとしての働き方に寄り添うコミュニティーを作っている。例えば依頼者との交渉やステップアップ、育児や本業との両立など、フリーランスが直面する悩みに応える。クラウドワークス経営企画室の眞道祐介氏は「一人になり、相談できずに諦めてしまう人が多かった」と説明する。

クラウドカレッジに参加した働き手の一人は「交渉の仕方や案件を取るためのアピール法を学べた。何より相談相手ができたことがうれしい」と目を細める。この人の本業は家具の接客販売員だ。本業は忙しい。それでもライティングの仕事をしつつ、いまはデザインを学んでいる。子育てで仕事から離れる前は、医療機器の貿易業務を担当していた。

事務管理業務と販売員、デザインと必ずしも戦略的にキャリアを作ってきたわけではない。この人は「デザインを始めたのは面白そうだから。そのため職場に相談する相手がいない。カレッジでは自分のように新しいことに挑戦している相談相手ができ心強い」と話す。必ずしも計画的で戦略的なキャリアでなくても、挑戦すること自体を楽しめる仲間ができた。

クラウドカレッジで学んだ働き手のリモートワーク(本人提供)

宿泊業界にワーケーションの波、デジタル人材求める動き

コロナ禍で人材が流出した観光業はもともと期間従業員に支えられる業界だ。ギグワーカーに近い働き手が多い。観光学が専門の福島規子九州国際大学教授は「外資系ホテルの総支配人は、職場を変えながら自身の価値を高めていく働き方」と説明する。ホテル業界には星の数に示されるようなクラスがある。ホテルマンは一つのホテルで上を目指すのではなく、上のクラスのホテルに転職してキャリアを磨く。

この宿泊業界に新しい人材を求める動きがある。福島教授は「リゾートで仕事をするワーケーションが普及すれば、デジタル技術をもつ人材が観光産業で評価される」と指摘する。通信インフラだけでなく、ビジネス周りのサービスやITツールの整備が必要になるためだ。ホテルマンとも違う新しいキャリアが生まれつつある。

課題は労働市場が混沌(こんとん)とし、ロールモデルが通用しなくなりつつある点だ。成功例と示される人物も、アメリカンドリームのように遠いものに見えてしまう。プラットフォーマーはコミュニティーとして支え合う仲間をつくる。ただ個人のキャリアは保証できない。

競争政策が専門の実積寿也中央大学教授は「仲介プラットフォーマーは、企業の顧客への担当者割り当てと管理の機能だけで事業を成立させたといえる。人材育成など、他の機能は市場に求めてきた」と説明する。働き手を育てるより、即戦力を調達してきた。実積教授は「ギグワーカーこそ、自分のスキルや経験を人に示す力が必要だ。プラットフォーマーにはこれを可視化する技術開発が求められる」と指摘する。

ギグワーカーは学歴や経歴で不利な人も多く、個人が信用を築くことは簡単ではない。タイミーの小川社長は「働きぶりの評価で、働き手に信用力をもたせる仕組みを作りたい」という。まじめに働いたという評判をデジタルに可視化する。この信用スコアが保険や融資の利率に反映されれば、キャリア以上の武器になる。プラットフォーマーならではの取り組みだ。まだまだ模索中だが、プラットフォーマーの働き手への投資は始まった。混沌とした労働市場で戦う個人を支えられるか注目される。

プラットフォーマーの働き手への投資は始まった(イメージ=タイミー提供)

【追記】

フリーランスやギグワーカーに提供されるキャリア支援サービスは市場原理で成り立つでしょうか。転職仲介会社や人材派遣会社よりも難しいかもしれません。それでも、お仕事仲介のプラットフォーマーはワーカーのキャリアやステップアップのための支援施策を打ち出しています。コミュニティーという、まだまだ若く不安定なアプローチですが、この仕組みが育てばギグワーカーにも届くステップアップ支援になると思います。

次に考えないといけないのが競争の公正さです。フリーランスへの独占禁止法の適用では、お仕事仲介プラットフォーマーなどがフリーランスに他の発注者の仕事がいかないように情報を誤認させたり欺く行為を問題としています。プラットフォーマーや発注者がやらなくても、コミュニティーの仲間が誤認させた場合は不公正といえるのでしょうか。コミュニティーが狂信的になり、資格商法を展開しだしたら恐ろしいと思います。

日刊工業新聞2020年9月24日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 プラットフォーマーの社会的責任をどこまで広げるか。反社会的な仕事の受発注、最低賃金以下の仕事の受発注を取り締まることはやっています。コロナ禍で働く個人の将来不安が広がり、キャリアやステップアップもプラットフォーマーの社会的責任に含まれうるのでしょうか。日本の大企業は人事部や上司、同僚がそれを担ってきました。これは個人事業主へのお仕事仲介だけでは提供されない価値であり、経済合理性だけで割り切れないものがあります。ただ、競争に必要な組織のサイズはどんどん小さくなり、昔の大企業が抱えていた機能はどんどん外注に出されています。

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