人に似るロボットには親密感を持てない?人形浄瑠璃に学ぶ「人間らしさ」

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5代目西川古柳氏が操る人形。人形の動きから感情を生み出す(有中蘭望〈アルチュー・ランボー〉氏提供)

産業用途に使われてきたロボットは家庭で活躍する機会がますます増えそうだ。だが人とロボとの共生のための課題は多い。人とロボとの物理的距離が近くなれば、ロボに作業効率や安全性だけでなく人間らしさを望むかもしれない。日本古典芸能の一つである人形浄瑠璃の人形の動きを参考に、ロボへ人の魂を吹き込むプロジェクトを追った。(冨井哲雄)

「不気味の谷」超える

ロボと人が共生する世界はすでに実現していると言っても良いかもしれない。だが人間がロボを友人と思うにはまだ大きな隔たりがある。

ロボが人に似てくるにつれて親密感が急激に下がる「不気味の谷」と呼ばれる現象があるからだ。不気味の谷はロボ工学と心理学の分野では有名な概念で、例えば精巧な義手をつけていると親近感が下がるとされている。

心理学の専門家である都留文科大学の早野慎吾教授は「人には他人の表情や身ぶりから相手の心理を探ろうとする心理が働く。だがロボでは相手の心理状態が読み取れない不安や恐怖、相手から読み取れる心理状態の情報と得られる情報とのギャップがあるため、それが不気味の谷につながっているのではないか」と分析する。

ロボに人らしさを求めるのであれば、不気味の谷の解決は避けては通れない課題だ。

筑波大学や都留文科大などの研究グループは、不気味の谷の解決のヒントとして人形浄瑠璃の人形による動作が生み出す感情表現に着目した。

400年進化続く“人間らしさ”

人形浄瑠璃は1590年ごろに成立し、400年以上をかけ人形による感情表現を発達させてきた。人形浄瑠璃は語りを担う「太夫(だゆう)」と音楽の「三味線」、人形を巧みに操る「人形遣い」で構成される。人形は一見すると無表情だが、人形遣いが操ることで感情を表現する。だが悲しみや喜びの感情表現を人形の顔ではなく人形の動きで表現する。

東京都八王子市の伝統芸能である人形浄瑠璃「八王子車人形」の5代目家元である西川古柳(こりゅう)氏は「動きの中に感情を込める」と強調する。人形浄瑠璃の人形は不気味の谷を超えて人間に近づくという。

AIロボで「序破急」

研究グループは人形遣いが人形を操作して感情的な動きを表現する仕組みを西川氏に実践してもらい分析した。人形遣いが操る人形に20個程度のセンサーを設置し、人形の動きをモーションキャプチャーでとらえた。こうした解析で、八の字や楕円(だえん)を描く「円の動き」と緩急をつけた動作「序破急」の動きを実践していることが分かった。パントマイムのような機械的な動きは一定のリズムで直線的だが、人間らしさを表現するには円の動きと序破急のリズムが必要であることを示した。

人形遣いが操る人形浄瑠璃の動きの型を、AIを搭載したロボットで再現した

さらに研究グループは、西川氏による人形の動きを人工知能(AI)に学習させ、DMMの卓上ロボ「プリメイドAI」を動かしたところ、西川氏が操る人形ほどではないが序破急の動きを実現できた。プロジェクトの代表者である東京工科大学コンピュータサイエンス学部の董然助手は「ロボに人の感情を吹き込みたい」と今後の研究の進展に期待する。

円滑な対話に生かす

動きによる感情表現を知ることは人間同士のコミュニケーションに役立つかもしれない。相手の感情が分からないことで起きる不安や拒絶感は、人形やロボに対してだけに起きる現象ではなく、人間同士のコミュニケーションでも起こり得る。統合失調症の患者では特定の刺激に対し感情表現が起きず、特定分野への強いこだわりを示す「アスペルガー症候群」の人々は視線や表情、身ぶりなどの意味を読み取れないため、コミュニケーション障がいを引き起こすことなどが知られている。

早野教授は「コミュニケーション障がいの人々は相手の感情が分からないケースがある。一方、こうした人々の感情表現にはボディーランゲージがある。人形浄瑠璃の人形の動きによる感情表現の知見を生かすことで、発達障がいの人とのコミュニケーションに役立てられるのではないか」と期待する。

人形浄瑠璃は400年の歴史の中で進化し続けており、過去のものではない。むしろ長い時間をかけて磨かれた技術や知見の蓄積がビッグデータ(大量データ)となり、AIやロボという先端技術と融合することで、新しい技術を生み出すかもしれない。今後、感情を持つロボの開発や人同士のコミュニケーションを円滑にする知見の獲得などが期待される。

キーワード
ロボット 人形浄瑠璃 AI

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