オールジャパンで挑む自動運航船、日本は海洋国家に復権できるか?
官民を挙げて自動運航船の開発が進んでいる。国は2025年の実用化を目指すとともに、国際的な規格や安全基準の策定をリードすることで、世界で自動運航船の主導権を握りたい考えだ。6月には日本財団によるさらに先進的な無人運航船の実用化の取り組みが動きだした。造船、海運、舶用工業がそろう、わが国の海事クラスターの強みを生かし、海洋国家とモノづくりの復権に挑戦する。(取材・板崎英士)
造船・海運技術生かす
1956年以降、半世紀近くにわたり世界シェア首位を維持してきた日本の造船業。2000年代になり台頭する韓国・中国に抜かれ世界3位に転落した。
世界の造船市場は世界的な船腹過剰で厳しい環境にあり、新型コロナウイルスの流行による景気低迷も追い打ちをかけている。ただ、中長期では世界人口の増大と荷動き増加で市場も復調するとみられている。さらに世界の海事産業は海上輸送の安全性や効率性の向上、船員不足・高齢化、労働環境の改善、環境負荷の軽減など共通する課題を抱えている。この有力な解決策と期待されているのが自動運航船だ。
日本には世界3位の造船業、同2位の海運業とそれらを支える強力な舶用工業がそろっている。「ユーザー側の細かなニーズを製造側が把握できることが他国にはない強み」と国土交通省海事局の加藤訓章先進船舶企画調整官は指摘する。IoT(モノのインターネット)やビッグデータ(大量データ)、人工知能(AI)、通信衛星による洋上ブロードバンド環境など急速なデジタル技術の進展が自動運航船の開発を支える。
海外では15年ごろからフィンランド、ノルウェーなど北欧中心に複数のプロジェクトがスタート。これらは技術主導の開発と指摘されておりユーザーニーズを捉えた実用化はまだ見えない。韓国やシンガポールでも研究が始まったばかりで日本の勝機は十分ある。
17年6月に政府が閣議決定した「未来投資戦略2017」では、25年までに自動運航船の実用化を目指すことを明記した。18年6月には国交省が実用化への3段階のロードマップを策定した。フェーズIはIoT活用船の普及。システムが最適航路の提案やエンジン異常などを知らせ船員をサポートする。25年までのフェーズIIでは、船上で検知した情報やビッグデータをAIで解析し、船員に取るべき行動を提案する。最終意思決定はあくまでも船員だが、陸上からの遠隔操船も可能にする。25年以降のフェーズIIIでは、離着桟から航路や気象条件の判断までをシステムがすべて決定する。ここまでくれば理論上は無人運航船も可能だ。
国交省の実証進む 衝突・座礁防止のデータ収集
国交省は自動運航船のコア技術である自動操船、遠隔操船、自動離着桟の各機能を検証するため、18年度から実証実験を始めた。自動操船では、わが国初の完全バッテリー駆動船である大島造船所(長崎県西海市)の「e―Oshima」を使い、他船との衝突防止や座礁防止など自動運航に必要なデータ収集を行った。
遠隔操船ではセンサーやカメラを搭載した東京湾上にあるタグボートを400キロメートル離れた兵庫県西宮市から遠隔で操船し、無事目的地に航行させた。自動離着桟では、1万トンの大型フェリーを使い、洋上に仮想岸壁を見立てて実験した。
国交省はこれらの実証実験で出た課題を整理し、20年度中に自動運航船を安全に開発するためのガイドラインを取りまとめ、25年までに拘束力を持つ基準を策定し、自動運航船の安全性を担保する。
一方、日本財団(東京都港区)は、自動運航船より先を見据えた無人運航船の実用化を目指している。今月、約34億円を5コンソーシアムに助成する無人運航船の技術開発共同プログラムを発表した。本州と北海道を結ぶカーフェリーなどの大型船から、水陸両用の小型船まで多彩な案件を採択した。笹川陽平会長は「無人運航船の先鞭(せんべん)をつけ、造船、海運を復興することは極めて重要」と強調する。
同財団は19年4月、無人運航船に関する有識者会議の報告書を出した。「40年には国内を航行する船の50%以上が無人運航船になる」と予測し、経済効果は約1兆円と試算した。海野光行常務理事は「世界に先駆け、21年に無人運航船の実験を始める。オールジャパンの活動を後押しし、業界を活性化させる」と、国のロードマップを先行する勢いだ。
世界で自動運航船の研究が進む中、政府は国際基準の策定で主導的立場を狙う。国際海事機関(IMO)が19年6月に開いた海上安全委員会(MSC101)で、有志国による自動運航船のルール作りの分担作業が始まった。日本は防火や特殊貨物・危険物の運送に関する基準などに強みを持ち、同分野を担当する。船員の訓練や衝突予防のための規則などの他国がリードする重要分野でも有志の検討メンバーとして参画する。
デジタル革命で、自動運航船の実用化に向けた世界の動きは加速する。自動運航船や無人運航船は、物流改革を起こすだけでなく、都市の水上交通や離島の生活など人々の暮らしを変える可能性も秘めている。ただ、いくら国際的な基準づくりを主導できても開発成果を上げないと国際競争力には結び付かない。受注量で中韓に劣る日本の造船業も、オールジャパンの技術力で巻き返しを図る。
インタビュー/国交省先進船舶企画調整官・加藤訓章氏 自動・遠隔操船で成果
―国交省の実証実験の状況は。
「非常に順調だ。自動離着桟は検証中だが、(自動操船、遠隔操船の)他の二つは期待通りの成果を上げた」
―新たな課題は。
「夜の海域の見張りが大変なので日本が昼間なら遠隔で実施できないかなどが議論として上がった。船員の娯楽用と操船用のインターネット回線の分離など、現場ならではの働き方の課題が見えてきた」
―日本は自動運航船で世界をリードできますか。
「北欧は日本より早い時期に大規模で取り組んだが、その割にうまくいっていない。日本は力のあるユーザー(海運会社)が製造側(造船会社)に具体的なニーズを投げ、それを元に開発できる強みがある。自動運航船の開発は誰にとってもメリットしかない貴重な分野。是が非でも成功させたい」