生命科学研究に百年以上利用されてきた実験動物が「マウス」な理由
膨大な知見蓄積
人類は百余年にわたり実験用のマウスを育成し、ヒトとの共通点を見いだして、モデル動物として利用している。特に、遺伝子の類似性を基盤として、遺伝子と病気との関係については、膨大な知見が蓄積されている。マウスは近交系の樹立、ゲノム情報の充実、ゲノム操作技術の開発など科学的な利点に加え、小型で繁殖も旺盛であることから、時間やコストの面でも優れたモデル動物といえる。
脳・神経、発生・再生、免疫など高次生命現象の理解には、個体レベルでの実験研究が不可欠である。ヒトのiPS細胞を利用した創薬研究もあるが、培養系だけでは、例えば高血圧の治療効果の測定はできない。がん、認知症、生活習慣病などの発症機序の解明や治療法の開発にもモデル動物による実験研究が必要だ。
国内外へ提供
当室は、我が国で開発された生命機能およびヒト疾患の研究に有用なモデルマウスの収集、保存、品質管理、提供を行っている。2002年度からは「文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト」の実験動物マウスの中核機関に選定され、ライフサイエンスの研究基盤として貢献している。
また、今日の超高齢社会やゲノム医療に向けた社会・研究ニーズに応えるため、最先端のゲノム編集や遺伝子ツールを用いて開発されたマウス系統を収集している。これまでに、ノーベル賞受賞研究で開発された系統をはじめ、次世代型アルツハイマー病モデル、生命現象を蛍光などで可視化したマウス、ゲノム研究に有用な野生マウス由来系統を含む8900系統を収集し、国内外の1400機関の研究者に提供している。
動物実験を含む研究開発では、実験結果の再現性の確保が最重要であり、そのためには実験動物の厳格な品質管理が求められる。国内研究コミュニティーの支援を受け、毎年数百種類のマウス系統の寄託を受ける当室では、利用者に提供するマウスの品質を厳格に管理している。
遺伝品質管理
微生物学的品質については、特定の病原微生物を駆除したSPFマウスを提供している。遺伝品質管理はゲノム編集技術の普及に伴い重要度が増している。従来の遺伝子組み換え技術に加え、急速に進化するゲノム編集技術により、新しいモデルマウスが作られているが、設計通りのマウスかどうか、その「真正性」の検査には細心の注意が必要だ。
今後も人類のニーズに応えて、革新技術によって進化し続けるマウスリソースを整備し、世界最高水準の品質で再現性あるライフサイエンス研究に貢献したい。
(文=バイオリソース研究センター実験動物開発室室長 吉木淳)