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パラ馬術で世界に挑む、稲葉選手の魅力に迫る

稲葉将選手インタビュー
パラ馬術で世界に挑む、稲葉選手の魅力に迫る

パラ馬術・稲葉将選手

数々のスポーツに注目が集まる2020年、人と馬が息を合わせて馬の動きの正確さや芸術性を競う「馬場馬術(ドレッサージュ)」という競技がある。男女混合で行われ、選手と馬が人馬一体となって演技に挑む様は、他のスポーツとは一味違った面白さがあり、障がい者スポーツ界でも脚光を浴びている競技の一つだ。「自然とのめり込んでいきました」と話す稲葉将選手(24)は、日本のパラ馬術大会で数々の優勝を重ね、世界選手権でも上位の成績を残すなど、日本を代表する選手の一人。先天性の脳性まひによる両下肢まひという障がいを持ちながら、馬術競技に挑んだワケやその魅力について話を伺った。(取材・梶田麻実)

▼パラ馬術とは

肢体不自由または視覚障がいのある選手による馬場馬術。障がいの内容や程度により、グレードⅠ(最も重い)~Ⅴ(最も軽い)の5クラス分かれて競う。大会は、個人の規定演技の点数で競う「チャンピオンシップテスト」、チーム4名のうち上位3名の点数で競う「チームテスト」、音楽をつけた自由演技の点数で競う「フリースタイルテスト」の3つで構成される。稲葉選手はグレードⅢにあたる。

・グレード別の競技内容
グレードⅠ:常歩(なみあし)
グレードⅡ~Ⅲ:常歩と速歩(はやあし)
グレードⅣ~Ⅴ:常歩・速歩・駈歩(かけあし)
※馬場の広さはグレードⅠ~Ⅲは20×40メートル、Ⅳ~Ⅴは20×60メートルで行う

―乗馬を始めたきっかけは。

「小さいころから体を動かすことが好きで、小学生のころは少年野球チームに入っていましたが、体格が大きくなるにつれてどうしても周りの人と同じようには練習ができなくなっていきました。そして新しいスポーツを探し始めたときに、母が新聞に載っていた近所の乗馬クラブの記事を見つけて教えてくれました。馬に乗ることで股関節のリハビリになったり、動物と触れ合うことでリラックス効果が得られたりしていいのではないかと勧められたことがきっかけで、中学生から乗馬を始めました」

―初めて馬に乗った時の気持ちは。

「普段の生活で馬に関わることってなかなかないですよね。初めて乗ったときは、馬の大きさや、目線の高さなど、怖い気持ちが大きかったです。正直、すぐに本格的に始めようという気持ちにはなりませんでしたね。月1回のペースで乗馬クラブに通っていたところから、週1回になり週2回になり、学校が長期休みに入れば週3~4回で通うようになったりと、自然とのめり込んでいきました」

稲葉将選手
―馬術に挑戦しようと思ったわけは。

「ある日、乗馬クラブのインストラクターの方が馬術について教えてくれたことで競技の存在を知り、いつか挑戦できたらいいなという気持ちがありました。中学生の頃に乗馬を始めてから、実際に馬術競技に向けて練習を始めたのは、まだ今から2年半前のことですね。やってみたいという気持ち一心で、大学4年生の7月に、競技に関して何も分からないまま静岡の乗馬クラブに来て、ゼロからスタートしました」

「リハビリで馬に乗るのと、競技で馬に乗るのとでは全然違いましたね。本格的に練習を始めてからは、週5回ペースで、多いときには1日4頭、1頭につき30~40分ほど馬に乗っています。今の自分がここまでこれたのは、練習量の多さがあったからかもしれません」

―練習で大事にしていることは。

「パートナーである馬との信頼関係が重要なので、乗るだけではなく、手入れなども含め、できる限り一緒に過ごす時間を多くとりたいと思っています」

稲葉選手とパートナーのピエノ号
―日本と海外の馬術競技の違いは。

「馬術はヨーロッパがメジャーで、イギリス・ドイツ・オランダが強豪国と言われています。日本よりも海外のほうがずっと身近に馬がいて、競技のための馬の頭数も多く、競技人口も多いです。私の場合は週5回ペースで1日に何度も馬に乗っているので、練習量は海外の選手とそこまで変わりはないですが、日本ではなかなか環境が整わず、練習が難しいケースは多いかもしれません」

稲葉選手の練習場である静岡乗馬クラブの馬場
―障がいを持ちながら競技をする中で、難しいことは。

「両下肢まひによる過緊張で足に力が入ってしまい、思うように動かせないことがあります。私は左利きで左側の力が強いのですが、試合の時に左足に力が入ってしまうことがあります。その動きに馬が反応し、斜めに進んでしまうことがあり、180度回転する技が苦手だったりします。調整は難しいですが、同じクラスにいる人ができているのだから、自分にもできると思って競技に励んでいます」

―工夫していることはありますか。

「鞭を2本使用し、足が脱げないように鐙(あぶみ)にカップとヒモをつけています。障がいによっては、馬に掴まりながらでなければいけない人もいれば、足がなくて体を固定しなければならない人もいます。競技では、障がいに対するそれぞれの工夫をみるのも面白いかもしれません」

鞭を2本使用し、鐙(あぶみ)にカップを取り付けている
―競技を続けるにあたり、周囲からどのようなサポートが必要ですか。

「協会から強化選手費を頂いていたり、2018年4月に入社したシンプレクス株式会社(東京都港区)から障がい者アスリートという形で給料を貰っていますが、馬のエサ代や消耗品にかかる費用をはじめ、試合があればエントリー費や馬の運送費などで、給料はすぐになくなってしまうので、生活はギリギリですね。特に馬の用具や消耗品にお金がかかっています。ズボン一本で3~4万円、靴はオーダーして作るため10万円ほどかかり、障がいで足を引きずってしまうことが多いので、通常より消耗が激しかったりします。競技を続けていくために、可能であればサポートをいただけると嬉しいです」

―今回、リクルートキャリアの「アスリート応援プロジェクト」からの支援も決まりました。

「このプロジェクトによって、選手の選択肢は確実に広がると思うので、障がい者アスリートにとってはとても有りがたい活動だと感じています。馬術競技はメジャーなスポーツではないので、まずは『パラ馬術』という競技をより多くの人に知ってもらいたいと思っています。そのために、アスリートやスポーツ選手であれば、最終的には結果が重要になるので、自分が先頭に立ち、パラ馬術で良い成績を残し続けることで、競技を取り巻く環境も良くなっていくと信じています」

▼アスリート応援プロジェクトとは
リクルートキャリアが一般社団法人スポーツ発見能力協会(DOSA)を通じて、障がい者アスリートを応援するプロジェクト。世界で戦える可能性を秘めているにもかかわらず、障がい者スポーツに対する理解の低さから必要な支援を受けられないことで、可能性が閉じてしまっているケースがある。「練習場所の確保が難しい」「学業や生活費を稼ぐために時間をとられ、十分な練習時間がとれない」「遠征費がまかなえない」など、障がいを持つ選手が抱える課題や制約は様々。そこで、リクルートキャリアが企業へ呼びかけて支援を募ることで、世界で活躍することを目指して挑戦を続けるアスリートの「あと一歩」をサポートする取り組み。
お問い合わせ:yell@waku-2.com/サイトURL:https://www.recruitcareer.co.jp/athlete/


―今後の展望は。

「私は先天性の脳性まひによる両下肢まひという障がいを持っています。後天性の障がいを持つ選手は、障がいを負った箇所以外は正常な身体の動かし方が分かっている一方で、先天性の障がいを持つ選手は、そもそも正常な身体の動かし方が分からないという点で、大きな差を実感することがあります。それでも、生まれつきの障がいがあっても頑張ればできるんだということを、身をもって証明することで、同じような障がいを持った人たちにエネルギーを与えられる存在になりたいです」

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