ニュースイッチ

厚底シューズだけじゃない!スポーツを支える“ニッポンの素材力”

厚底シューズだけじゃない!スポーツを支える“ニッポンの素材力”

炭素繊維や人工皮革などの素材が高いパフォーマンスを支える(帝人の素材を使った製品)

いよいよ東京五輪・パラリンピックが開催される2020年を迎えた。一流アスリートに感動するだけでなく、スポーツ人気のすそ野の広がりが期待される。アスリートやスポーツ愛好家のパフォーマンス向上の裏で、ウエアやシューズ、ラケットなどの進化を支え続ける素材にスポットライトを当てる。

スポーツウエアは化学繊維メーカーにとって、その機能性を大いに発揮できる分野だ。スポーツ用品に求められるストレッチ性や吸汗性、耐久性といった機能を付加し、存在感を発揮している。

東レは太さが異なる糸を2層3層に組み合わせ、吸水した汗を生地表面で素早く拡散する素材「フィールドセンサー」を展開している。べとつきを抑え、運動時の不快感を軽減する。帝人フロンティア(大阪市北区)は21年春夏のスポーツ・アウトドア衣料への採用に向け、新開発の織物「シャドウリップ」を重点的に売り込む。高強力ポリエステルの細い糸を用いることで、軽量性と引き裂き強度を実現。凹凸がないため風合いがソフトで、摩耗や引っかかりにも強いという。

旭化成アドバンス(東京都港区)はスポーツ機能素材として、原綿に消臭加工材を付与した「モイステックスデオ」を開発した。村山聖繊維本部スポーツ・ユニフォーム事業部長は「シャツなどのインナーで展開したい」と期待する。帝人フロンティアの中谷太一衣料繊維第一部門繊維素材本部テキスタイル第一部部長は「スポーツウエアにおけるタウンユースニーズは高まっている」と話す。日常生活にスポーツウエアを取り入れる「アスレジャー」ブームの影響もあり、機能に加え、ファッション性も求められるようになった。

東レは21年春夏向けのスポーツ素材の展示会でストレッチ素材の主力ブランド「プライムフレックス」のデーリーユースへの活用もアピールした。染色性が良く、多様な色合いが可能な点を生かす。

手袋や帽子といった小物でも技が光る。帝人の「ナノフロント」は表面にナノサイズの凸凹を施した生地。摩擦でグリップ力を上げられ、ゴルフやモータースポーツ向け手袋やランニングソックスに使われる。東レの「サマーシールド」は熱や光、紫外線を遮断する特殊な三層ラミネート構造のポリエステル織物で、帽子などに採用される。健康やパフォーマンスの敵となる暑さに対し、選手を素材の力で守る。

ウエアラブル技術に着目する動きもある。帝人フロンティアは高機能繊維とセンシング技術を組み合わせ、着用者の身体の動きや脈拍などを把握する「マトウス」ブランドを展開。計測のほか、データを基にスマートフォンを用いて疲れの度合いなどコンディションについてアドバイスする機能も開発した。

取得した身体情報を基にコンディションを表示する帝人フロンティア「マトウス」

衣料だけではない。軽量性や曲げ強度といった特徴がある炭素繊維はゴルフシャフトや卓球ラケット、パラスポーツの義足、車いすに導入されている。東レ系のムーンクラフト(静岡県御殿場市)はカーボンカヤックを開発。東京五輪で登場する予定だ。帝人コードレ(大阪市北区)は人工皮革「コードレ」を製造販売している。手入れがしやすく軽量、丈夫な点を訴求し、ボールやスポーツシューズに使われている。

“足元”に光る技術

「大会後に『あの選手のシューズに使われていた』と聞き、驚かされる」と、三井化学モビリティ事業本部の池田聡エラストマー事業部部長改質材料グループリーダーは笑顔で語る。04年のアテネ五輪で女子マラソン金メダルを獲得した野口みずき選手もその一人。同社のオレフィン系エラストマー「タフマー」は、汎用高分子に混ぜることで、シューズソールの耐久性や軽量さ、反発弾性(快適性)を改良できる。

ソール一つとっても、どんな“走り”を実現したいかによってタフマーの銘柄も配合比率も全く違う。最近では、少ないエネルギーで足を前に運ぶ“走行効率”を追求したアシックスのランニングシューズ「グライドライド」に採用された。「ランニング人気も定着し、シューズはまだまだ進化する。素材として、ブランドの要求についていきたい」(池田部長)と語る。

三井化学の「タフマー」が採用された「グライドライド」

独BASFのポリウレタン素材は、身体のバランス能力の向上に着目したミズノのトレーニングシューズ「TC―01」「同02」の新たなミッドソール形状の実現に貢献した。同ソールの上面にはアウトソールの意匠と連動した凹凸があり、足裏により多く正確な情報を伝達できる。バランス能力や反応速度の向上も狙えるという。複数の突起形状を簡単かつシームレスに成形できるポリウレタン素材が先端のスポーツテクノロジーを支える。

地面も進化している。19年のラグビーワールドカップ(W杯)では主要5会場に天然芝と人工芝をかけ合わせた「ハイブリッド芝」が敷設された。世界レベルのプレーヤーは人工芝の足腰への負担や地面の温度上昇を嫌うが、天然芝では傷んでしまう。そこでラグビーの世界大会ではここ数年、ハイブリッド芝が広がってきた。

三菱ケミカル傘下のアストロ(東京都中央区)は、大分会場(大分市)の芝を受注した。大山信宏営業部スポーツ施設グループ課長は「02年のサッカーW杯日韓大会後、長時間練習するスポーツ強豪校を中心にサッカーなど向けの人工芝の導入がぐんと増えた」と振り返る。オリンピックでスポーツ全般の人気が高まることへの期待は大きい。

スポーツを楽しむ時、ウエアやシューズ、そして足元をよく見ると、新たな気付きがありそうだ。

ハイブリッド芝が敷設された大分スポーツ公園総合競技場
(梶原洵子、江上佑美子)
日刊工業新聞2020年1月14日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
ナイキの厚底シューズ「ヴェイパーフライ」シリーズが世界陸連から使用禁止になるのではないか、というニュースが話題になっている。ナイキに限らず、シューズメーカー各社は技術開発競争を繰り広げてきた。その素材を供給している日本メーカーも多い。イノベーションは誰にも止められない。

編集部のおすすめ