複層的な取り組みのすべてが本業、東京と仙台を行き来するパラレルキャリアの新たな形
東日本大震災からまもなく9年を迎える。仙台市を中心に複数のまちづくりプロジェクトに携わる「あいだ研究所」代表の岩間友希さん(36)にとって、これまでの歳月は自身の働き方、生き方を模索してきた日々と重なる。大手人材サービス会社を経て、2014年にIターンした岩間さん。なぜ縁もゆかりもなかった東北に活躍の場を見いだすことになったのか。人との出会いに彩られたその軌跡からは、これからの組織と個のありようがみえてくる。
仙台駅から車で15分ほど。青葉区の中山地区-。昭和の香りが色濃く残るレトロな雰囲気の一戸建て住宅を活用したシェアハウス兼コミュニティースペースがある。名付けて「週末一軒家」。このプロジェクトを手がけたメンバーのひとりが岩間さん。ほかにもNPO法人「まちづくりスポット仙台」では、世代を超えて地域の課題解決に取り組むほか、仙台市の都市計画にまつわる審議会の委員も務める。地元では知られた存在だが、実は東京出身。なぜ東北の地域振興に尽力するのか。「今となって思えば、不思議な巡り合わせとしか言いようがないのですが」。そのストーリーに耳を傾けてみるとー。
「東日本大震災の1週間前、知人に連れられて宮城の地酒をそろえた渋谷のバーに行ったんです。東北の話題で盛り上がったわずか数日後にあの大惨事です。いてもたってもいられず震災復興のイベントを手伝ったり、ボランティアとして東北の地を訪れるようになり、地元の方、とりわけ大好きな日本酒をはじめ農産品の生産者の思いや底力に触れる過程で人的なつながりが生まれ、足しげく仙台に通うようになりました」
週末を仙台で過ごし、早朝の新幹線に飛び乗って出勤することも。「都内の自宅から東京の本社に通うより、仙台から大宮オフィスに通勤したいと思うほどでした」大手人材サービス会社での仕事には、十分やりがいを感じていた。しかし30代を目前に、これから先の働き方について考え始めていた時期と重なった。「何ができるかは分からない。でも迷ったら面白い方」をモットーとするだけに、思い切って組織を飛び出すことにした。
活躍の場、まちづくりに広がる
仕事のあてがあったわけではない。まずは仙台印刷工業団地協同組合で創業支援のアシスタント業務に従事。その後、建築設計事務所のブランディング部門に参画するなかで、建物や街の外観だけでなく、地域や世代を超えて人々が集う場づくりや、行政の施策に若い世代の感性を反映させることに自身の役割を見いだしていく。
「私自身は専門領域を持たない分、人と人、あるいは行政と個人といった時に異質なものをつなぐ橋渡し役を心がけてきました。2017年には仲間2人と有限責任事業組合(LLP)を設立し、空き家を活用したシェアハウス兼コミュニティースペースの運営にも乗り出す。これも岩間さんならではの地元とのつながりがきっかけだ。
「地域の商店街振興組合から空き家を防ぐ取り組みに力を貸してほしいと声をかけられたことがきっかけです。初めは相談に乗るぐらいのつもりでしたが、実際に足を運んでみたところ、私たちが住みたいと思うほど魅力的な物件で。シェアハウスやコミュニティースペースとしての活用を思いつきました」。実際に2階部分は居住スペースとして利用されており、1階は交流の場として週末に開放されている。
起業だけが選択肢じゃない
直感と出会いに彩られているかにみえる岩間さんの経歴だが、自身を冷静に分析する視点も持ち合わせている。将来について思い悩む中で共感したキーワードが「計画的偶発性」と呼ばれるキャリア理論。個人のキャリアの8割は予期しないことで決定づけられるだけに、偶然を戦略的にステップアップの機会につなげていく発想だ。その上でこう続ける。
「自分がやりたいことを実現するには、もちろん起業という選択肢もありますが、そこまで踏み切る勇気はない。案外、そういう人は多いのではないでしょうか。ならば民間企業のみにこだわらず、やりたいことに応じて所属する組織形態を、NPOやLLP、時に個人事業主など柔軟に変えながら目的を達成することも一策だと自分自身を肯定することにしました」。
異なる組織を行き来する過程で得られる経験は、新たな糧となっているようだ。社会サービスの新たな担い手としての活躍が期待されるNPOには経営の自立が求められる。他方、民間企業は、SDGs(国連の持続可能な開発目標)の取り組みに象徴されるように社会的な課題に向き合う姿勢が問われるいま。「それぞれの視点やアプローチには日々驚きがあり、双方に触れられる経験を次に生かしていきたい」と自身の置かれた環境を前向きに捉える。
本業に従事しながら別の仕事を持つ、あるいは社会活動などに従事するライフスタイルとして、パラレルキャリアが話題を集める昨今。ひとつの組織に属しているだけでは得られない多様な価値観をイノベーションの原動力にしようと、国も企業もこれを推進する。しかし、岩間さんの場合、複層的な取り組みのすべてが本業。パラレルキャリアの新たな形を実践している。これからの生き方、働き方のヒントがありそうだ。