ゲノム編集、AI…科学技術の“負”の議論に阪大が切り込む
大阪大学は4月に、科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI=エルシー)を扱う「社会技術共創研究センター」を立ち上げる。人工知能(AI)や、全遺伝情報(ゲノム)を自在に書き換える技術「ゲノム編集」などの研究で法学、倫理学、哲学の切り口が重視される中、文理融合の研究と専門家育成を手がける。これまで国の支援予算は、遺伝子組み換えなど社会問題化した時々の取り組みだった。新センターの研究成果は人文・社会科学系の研究者評価や、企業のESG(環境・社会・企業統治)投資にも影響を与えそうだ。
阪大の新センターはELSIを総合的・継続的に取り上げる国内初の拠点だ。専任の教員の専門はリスク学、科学技術社会論、法学、科学コミュニケーション論などで10人程度だ。学内の自然科学系と人文・社会科学系で兼担となる教員は40人ほど。将来は他大学や産業界との連携に広げる。
政府の2021年度からの第6期科学技術基本計画や、改正法となる「科学技術・イノベーション基本法」(仮称)では、AIの自動運転による事故の扱いなど、人文・社会科学系の知や解釈を重視する。また内閣府のムーンショット型研究開発でも、各技術テーマに横串を刺すELSIの研究が入る見込みだ。
日本のELSIに相当する活動の支援は、散発的な点に問題がある。例えば約20年前の遺伝子組み換え問題の議論は、現在のゲノム編集に継承されていないという。
一方、欧米は科学技術イノベーション政策との関連で複数の大学が研究拠点を持ち、新たな技術の課題が現れた時に過去の蓄積を生かすという。
日本は大学も、規制に従う姿勢が強い企業も、世界的なELSIの議論に入っていけずにいる。科学的根拠を持たないまま、リスク回避で厳しい規制を設定するのは、産業競争力にマイナスだとの指摘がある。
キーワード/世界と日本のELSI研究
Q 倫理的・法的・社会的課題のELSIの研究は世界的にどうなっているの。
A 1990年代の米国・ヒトゲノム計画が転機で、欧米の研究型大学で研究組織が設立されてきた。環境、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど分野を絞ったものも含め、設立数は20以上だ。
Q 日本でも生殖医療などで、以前から重視されているのでは。
A これまでの政府の研究支援は、科学技術振興機構(JST)や理化学研究所(理研)などの時限事業が中心だった。そのため事あるごとに、慌てて欧米の文献を取り寄せてフォローする傾向だった。長期スパンで専門の研究者を育てる必要がある。
Q 大阪大学が先んじた背景は。
A 15年間と長期の文部科学省事業「政策のための科学」で、京都大学・阪大グループがELSIに取り組んでいる。数年前に立ち上げた阪大データビリティフロンティア機構の中にも、ビッグデータ社会技術部門を置く。自然科学系の強い総合大学だが、人文・社会科学系の若手研究者の意識など、変わってきているそうだ。