もはや「ホームドア」と呼べないアイデアへの挑戦

細長いフレーム、余計なモノ省く

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2014年、JR東日本メカトロニクス(JREM)の村木克行はホームドア部門に配属されて3度目の夏を迎えていた。社長(当時)の椎橋章夫は定例会議の席上で「いろいろなものにチャレンジしていくべきだ」と発破をかけた。JR東日本グループは常に新しい価値を提供してきたが、国内の人口動態の変化を考えれば従来の延長線上の発想では生き残れない。

椎橋がかつて「山手線のホームドアが全てではない」と語っていたこともあり、村木は温めていた構想をその場で伝えた。余計なモノを省いた簡素なホームドア。後日、書きためていたポンチ絵を椎橋に見せた。その後、JR東の機械設備部門の責任者からも「やるべきだ」と背中を押される。JR東グループが一から設計してホームドアをつくる。その前例のない取り組みが始まった瞬間だ。

とはいえ、実用化への道筋は見えなかった。あくまでも、アイデアの提案が仕事で、実際の駅への設置どころか、試験導入も約束されていない。村木の当時の構想は斬新だ。従来の感覚からは「ホームドア」とは呼びがたい。JR山手線の駅に設置しているようなガラス扉ではなく、細長いフレームが腰より高い位置に設置されているだけで、下部は空いている。

15年3月には外観のイメージとなる試作機が完成。JR東の経営幹部も視察に訪れ、村木は好感触を得る。工期の短縮が課題になっていたJR東にとっても、簡素でホームへの荷重が小さく、設置が容易な新しいドアの開発は急務だった。

対照的に村木が「四面楚歌(しめんそか)だった」と振り返るようにJREM内部からはプロジェクトに対する半信半疑の声が消えなかった。「本当にホームドアをつくる気なのか」。課題は山積みだった。強度と軽さを両立させる自信はあったが、実用化には低コストで製作可能な構造や加工法を見極めなければならない。そのためには製造機能を持たないJREMはどこかと組まなければいけないが、パートナー探しは難航した。(敬称略)


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日刊工業新聞2019年12月19日

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