ラグビーW杯でも脚光、熱い視線注がれるスポーツデータビジネスの世界
スポーツ分野のデータビジネスに熱い視線が注がれている。ラグビーワールドカップ(W杯)ではデータを駆使した戦略が勝敗を左右した。W杯で日本代表はベスト8進出と結果を出し、ファン層が大きく広がった。2020年東京五輪・パラリンピックでもマイナースポーツに甘んじていた競技が、一気に人気を獲得する可能性がある。データは選手強化やコンテンツ開発など、ファンや競技者のコミュニティーをつなぐ役割を果たせる。競技を軸としたデータエコシステムの構築が急がれる。(取材・小寺貴之)
「業界ではみな考えているが、中小企業なので大きな投資はできない。大手がやらない限り実現しない」。スポーツセンシング(福岡市南区)の小松和彦最高執行責任者(COO)はデータ活用についてこう説明する。データを集める計測技術は実用化されている。プロ、学生、市民スポーツのデータをシェアすると選手の育成・発掘や戦略立案に活用できる。データは放送やエンターテインメントに転用でき、ファンを惹きつける力にもなる。
例えばラグビーでは試合中に選手が全地球測位システム(GPS)端末を身に付け、パフォーマンスを計ることが一般的になった。W杯の決勝戦はアイルランド・STATSportsのGPS端末を採用した南アフリカとイングランドが激突した。同社は大会中、タックル数や最高速度など、両チームの選手のパフォーマンスの高さをデータで裏付けて発信した。
業界挙げ一貫体制構築を
これまでデータ活用はプロのトップチームに限られてきた。トップアスリートの注文に応えるには、センサーやデータ分析に加えてスポーツへの理解など、幅広い専門性が必要になるためだ。高速カメラシステムや小型モーションセンサーなどを開発してきたスポーツセンシングは、帝人フロンティア(大阪市北区)と合弁会社「帝人フロンティアセンシング」を設立。スポーツウエアの繊維から計測、分析までのサポート体制を整えた。業界で先駆けて一貫体制を構築した同社の梅田朝和COOは「一蓮托生(いちれんたくしょう)でやっていく」という。
受託解析は、少ない顧客に対して技術と人材を投入するビジネスモデルだ。計測内容も案件ごとに変わるため、ユーザーを広げることが難しい。またスポーツを統括する協会本部の予算が小さく、資金力のある上位チームからの受託が中心になる。チームはノウハウを囲い込むため、業界全体に広がらない。
見方を変えるとプロなど限られた相手に技術を磨きつつも、市場構造によって投資が分散していたとも言える。プロに加えて、学生や市民スポーツ、エンタメも含めてデータのエコシステムを構築できれば、プラットフォームを手中に収められる可能性がある。
先陣を切ったのは映像技術のベンチャーだ。スペイン・cinfoはスポーツ中継のカメラのスイッチングを人工知能(AI)化した。競技場に複数のカメラを設置すると、カメラが自動で試合を追いかける。アメリカンフットボールの場合はフィールド全体を2台のカメラで押さえ、残りのカメラはボールの攻防や選手のズームなどを撮る。カメラマンのカメラワークをAIに学習させた。対応種目はサッカーやハンドボール、ホッケー、水球など。種目を増やすためにデータを貯めている。
同社はクラウドサービス「tiivii」として提供しており、プレーの多いエリアを示すヒートマップなどの分析機能は実装済みだ。日本代理店のアキメディア(東京都渋谷区)のヘスース・ペレザグア社長は「パスやドリブルなどのプレーをAIで認識し、スタッツ(統計数値)の自動記録も進めている」と説明する。放送局の省人化向けに開発してきたが、AI認識でコーチングの利用という用途が開けた。ヘスース社長は「セカンドコーチやスカウト支援に提案したい」と力を込める。
成長に貢献
富士通研究所は映像解析でフィールド内の選手の動きを計測するトラッキングシステムを開発した。バスケットボールでは8台のカメラをコートの周りに配置し、内3台のデータを使って選手の位置を計る。シュート数やリバウンド数などの基本的なスタッツはリアルタイムに計算され、リバウンド獲得率などの解析の必要なアドバンスドスタッツも試合後2―3時間で提供できる。富士通の星野真一シニアマネージャーは「(これまでは)アシスタントコーチが徹夜でカウントしていた」と説明する。2時間で解析結果が出ると試合後の夜のチームミーティングに間に合う。
富士通はジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(Bリーグ)と、B1リーグ18クラブのホームアリーナへのシステム導入を企画検討している。全国にトラッキングシステムが整備されれば学生チームがアリーナを使うことも可能になる。定期的にデータを取ることで、選手の成長を可視化できる。星野シニアマネージャーは「B1リーグで実績を作り、学生などスポーツ全体にデータを使いこなす文化を根付かせたい」と力を込める。
地方大会には、チームとして全国大会には出られなくても有望な選手がたくさんいる。スタッツとプレー映像で確認できれば人材を発掘しやすい。若い才能を伸ばし、プロや海外などへのキャリアを広げることも可能だ。
実業団“人材の宝庫”
エヌ・ティ・ティピー・シーコミュニケーションズ(NTTPCコム、東京都港区)は、人体の姿勢や動きを可視化するサービス「AnyMotion」を立ち上げている。写真や動画の身体骨格を推定し、姿勢やモーションの違いを求められる。ヨガや整体の施術の前後比較などからサービス化されていく見込みだ。
こうした新事業の立ち上げには、スポーツの視点から技術とビジネスをつなぐ融合人材が大切になる。開発営業担当の沼尻大輝氏は2月までラグビーのプロ選手だった。NTTコミュニケーションズの「シャイニングアークス」でフルバックを務めた。現在はシャイニングアークスにAnyMotionやセンサーを持ち込み、ラグビーのデジタル化を進めている。
小学校から社会人までスポーツの現場に詳しい人材であれば、練習メニューや筋力トレーニング、身体のケアまで、経験を踏まえてサービスを作り込める。沼尻氏は「データが脚光を浴びる前から、さまざまな分析がされてきた。チーム視点で投資効果を出せるサービスに落とし込む」と力を込める。
会社員とスポーツ選手を兼ねる実業団選手は融合人材の宝庫ともいえる。新しい技術や文化の浸透をけん引する役割が期待される。
【追記】
トップチーム向けの受託開発だとスケールしません。特定スポーツのデータエコシステム構築には体力が要りますが、マイナースポーツが飛躍するタイミングならプラットフォームをとれると思います。富士通のトラッキングはバスケ向けに体育館に入れて、バレーやハンドボールに使ってもいいわけで、画像AIのアプローチは対応種目が広いです。スポーツで学生を集める大学や高校にとっては、いいシステムだと思います。生徒を育て、その力をデータで可視化して、上のリーグに売り込めます。競合する強豪校が導入したら、オセロのようにシステム導入が広がり、最終的には私立と公立の環境格差が指摘されるのだろうと思います。親御さんとしてはテクノロジーに投資している学校に子どもを預けたいと考えるはずです。学校同士の勝ち負けや大会の順位以上に、3年間や4年間で、どれだけ一人一人を伸ばせたか、学生が自ら学ぶ環境を用意できたか、で指導者が評価されるようになるはずです。はその方が学生スポーツで健全な競争が働くと思います。
実業団選手はプロとアマの報酬格差が問題視されてきましたが、いまはパラレルキャリアが武器になる時代です。データエコシステムをデザインし、ビジネスとして成立させて持続可能な仕組みにする役割が期待されます。計測できるデータはその競技の極一面をとらえているだけで、選手やプレーを評価できません。状況判断など、データに表れる部分よりも表れない部分の方が多いです。スポーツでデータが重視されてこなかった理由でもあり、これを知っている人がサービスに落とし込む必要があります。また競技に親しむ人を増やすフックやエンタメとしての活用もあります。ラグビーの場合は、姿勢・動作判定アプリでタックルは頭が下がっていたら危険と判定したり、ペナルティーキックのルーティーンを評価するなど、アプリは無料で配ってもいいかもしれません。集客とスポーツの安全性向上、 選手強化など多様な出口があると思います。