イチローさんが明かす引退試合とメジャー挑戦の裏側

NTTの研究開発イベントで澤田社長と対談

イチローさん(左)とNTTの澤田社長(NTT提供)

NTTの澤田純社長と元プロ野球選手のイチローさんが13日、同社の研究開発イベントで対談した。イチローさんはNTTのR&D特別アドバイザーに就く。フリーアナウンサーの渡辺真理さんを司会に、引退試合で浮かんだ感情などをイチローさんならではの言葉で語った。(取材=編集委員・水嶋真人)

人の思いを背負って立つに近い感覚

澤田 イチローさんの引退試合の打撃練習の際、グラウンドにいた。非常に集中していて声がでなかった。日本刀のようなりんとしたオーラ出していた。

イチ 近寄るなビームを発していた。でも話しかける人もいる。人間性が出る。

イチ 21日に日本に来たとき、引退することを決めていた。言えなくて申し訳ないという気持ちが常にあって。でも瞬間瞬間を刻み込みたいと感じていた。未来の自分にとっても宝物、忘れられない存在になると感じていた。

澤田 すごい特別な雰囲気があった。イチローさんへのリスペクトすごい、すべてがイチローさんのための空間だった。

イチ 何回か、人の思いを背負ってグラウンドに立つことがあった。09年のWBCもそうだった。それに近い感覚、自分も打ちたいけど、この思いになんとしても応えたい。そういうときはなかなか力を発揮できないモノなんですよね。

澤田 WBCのときはセンターに抜けた。

イチ あのときはそうだったけれど、うまくいくことはほとんどない。それを背負ってグラウンドに立つことでしか、前に進めない。平常心でプレーすることができないから、改めてそのことを痛感した。国歌斉唱が終わってレフトにアップのために走りだしたら、日本のファンの方々の「うおーっ」という地鳴りみたいななんとも言えない音がなる、そこで気持ちいいからさっそうとイメージがいくんだけれど、形大事なんで、これで肉離れしたら格好悪いという怖さもあった。ヒットは打ちたいけれど、けがで終わりはないよなと。けがに対するプレッシャーを抱えることはあまりなかったけれど、あの日はすごかった。

渡辺 試合の後は絶対に帰らないという空気がファンの間を覆っていました。

イチ それを聞いて慌てて出て行った。中にいると音が聞こえないので全く分からなかった。一通りシアトルの地元メディアの対応をして、ミーティングして、日本語での記者会見に向かおうと思っていたら、チームメートから「イチ、誰も帰っていないよ」と聞かされた。それはえらいことだとちらっとのぞいたら本当にそうだったので、(グラウンドに)出て行った。

あの瞬間って・・・僕はヒトより頑張ったって言えないけれど、自分なりに頑張ってよかったなって思った瞬間で・・・日本で最後にプレーして終わる、それだけでも僕にとって大きなギフトだったけれど、あんな大きな贈り物が待っているなんて信じられなかった。あれから約8カ月たつけど、いまだに、「あのときに東京ドームにいました」って言われたら「飯行こうか」と言いたいくらいの気持ち。

渡辺 そこに澤田社長がいらっしゃていた。

澤田 そういう思いを初めてお伺いした。それだけ努力してこられたからこそのギフトだったのでは。

イチ 努力と皆おっしゃっていただけるけれど、僕、努力という感覚がまったくない。18-20歳の頃は寮に入って夜中までマシンを打ち続けて、努力だったと思うけれど、自分なりにしんどいな、でも、重ねないと未来はないなと信じてやっていたけれど、あるときからそれが習慣になってしまって努力という感覚がなくなってきた。そうなるとしめたもの。ヒトは努力だと思うけれど、僕にはその感覚がないから、すごい楽なんですよね。続けていくことで自分の体にしみこませること、習慣づけることがすごく大事なことなんだなと、努力という言葉を聞くとそう感じる。

メジャー挑戦を決めた理由

渡辺 イチローさんの言葉にはストレートだけれども、これはなかなか言えないなという言葉がたくさんあると感じます。イチローさんのメジャー挑戦は2001年からですが、いつごろからメジャー挑戦を考えていたのですか。

イチ 存在は知っていたが、自分がその舞台に立つイメージ(を持ち)、気持ちが少し向き始めたのが1994年。レギュラーとして使ってもらった初めての年で、130試合で210本のヒットを打った。このときに、米国にはジョージ・シスラーが257本を打ったというすごい記録があるんだよと。年俸800万円の選手が210本ヒットを打ったのだから「おめでとう」「頑張ってねこれからも」で良いのに、米国にはこんな記録があるんだよと嫌みみたいに言われて。そのときに、将来はそこを目指したいなと思ったけれど、とてもそこでやろうというイメージは持てなかった。それからオリックスが日本一になった1996年は、僕は首位打者を取っているけれど、感覚的にスランプだった。それが気持ち悪くて。でも日本でやっていると、結果的にはヒトをだませてしまう。米国に行けばそれはないだろうと思った。環境を変えたいなと思った。不純というかまっすぐな理由ではなかった。

澤田 求道者ですよね。道を求めていく。

イチ 1996年に初めて球団にそのことを伝えた。ここで伝えておかないと時間がかかるので。2000年にポスティングシステムで移籍することになったが、このシステムは当時のオリックスの球団代表が僕を米国に行かせるために作ってくれたものだった。

渡辺 それまでメジャー挑戦は投手だけだったので、野手のイチローさんの挑戦には賛否両論があったことを覚えています。

イチ ほとんど「否」だった。多くの人は、「7年続けて首位打者取って何が不満なのか」「できないからやめておけ」って。俺にそれは関係ない。僕は苦しんでいて環境を変えたいから、次の舞台があるならと。おまえらには関係ないと当時は思っていた。何が通用するかしないかなんて、誰も行っていないのだから分からない。(多くの批判には)屈することはできなかった。そういうときの決断は自分でしなければならない。

僕のこれまでの人生、そんなことの繰り返しだった。中学から高校に進むときもそうだった。野球の名門校に進むとき、「こんな細い体でできるはずがない」と。中途半端に勉強ができるから、先生は勉学の方に進ませたかった。僕は自分の意志も、自信もあったので、大人の思惑には関係なく、ギャンブルだったけれど、(愛工大名電に)行った。プロに入るときもそうだった。

渡辺 イチローさんの自分への挑戦が、企業経営だけでなく、一人一人が日常の決断をするときに直に響いてくる言葉だと感じました。NTTもグローバル事業の競争力強化に注力しています。この挑戦もものすごく大きなモノですよね。

澤田 「まっすぐ自分のやりたいことを決める」イチローさんが持つインテグリティーは、グローバルの中で大事な意志だ。一人一人がきちんと決断していかないとグローバル競争力が生まれない。頑張る。

イチ 頑張ることしかできない。頑張るしか道はない。

伝説のレーザービームにあった怒り

渡辺 NTTの技術は消費者からも見える技術なので、今後、(NTTの技術で)どんな世界になるか非常に楽しみです。

澤田 スタジアムの臨場感を伝える映像を提供する「ウルトラ・リアリティー・ビューイング」を実施した。スポーツファンの経験値をどんどん広げたい。

渡辺 その技術を映像でお見せします。

イチ これはだめなやつですよね。本物よりきれいだもん。球場行かなくなりますよ。この技術はどうですかね? 実物を上回るのはどうでしょうか? この技術でダイオウイカを見てみたい。実物大サイズでダイオウイカが見られる。家でダイオウイカの映像を見ても大きさが伝わらない。

澤田 (ダイオウイカの映像配信を)トライしてみる。

渡辺 (2001年4月のアスレチックス戦でライト前ヒットを捕球したイチローさんが伝説のレーザービーム送球したシーンなど)イチローさんの名シーンも見ることができますね。

イチ あのときは、先発を外れ、代打で凡退して怒りに燃えていた。それで(ライト前ヒットが来たから)成立した。あらゆる条件が整ってあの送球があった。あれは怒りだった。怒りがなかったらあの球はなかった。でも、球場全体を見渡せるウルトラ・リアリティー・ビューイングが活用されれば、選手はサボれなくなる。選手側はつらいけれど、見る側はたまらない。

渡辺 試合中、イチローさんだけを見続けることも可能になります。リアルタイム中継もできますよね?

澤田 そのまま見られる。

渡辺 体が不自由で球場に行けない人も楽しめるなど、可能性が広がりますね。

イチ 可能性はものすごい。ただ、どうしても選手側の視点で見てしまう。そういう意味でもとてもうれしい。

渡辺 MLBとNTTのパートーナーシップにも期待するところが大きいと感じていますか?

イチ プレーオフを見ていて、NTTのロゴと(一緒に)出てきたから「えっ?」と思った。後で知ることになるけれど、びっくりした。

澤田 来年はウルトラ・リアリティー・ビューイングを活用した中継を増やしていこうとMLBと協議している。(実証実験では)ものすごく盛り上がった。

渡辺 メッセージをお願いします。

イチ 今はシアトルマリナーズのインストラクターだけれども、NTTとMLBのパートナーシップで夢が広がったから、自分で何ができるか模索しながらNTTの取り組みを盛り上げるために頑張っていきたい。

渡辺 今後について教えてください。

イチ 今度草野球をやるけれど、草の根はばかにならない。そういう人たちをふれあうことでまた違う野球が見えてくる。アマチュアとの壁を取っ払えたら大きな前進と言える。

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