『人質の朗読会』から読み解く“表紙”の魅力

 芥川賞作家小川洋子氏の小説『人質の朗読会』の本の表紙には、神秘的で静謐(せいひつ)な雰囲気を醸し出す一頭の小鹿が佇んでいる。

 ドラマ化もされたこの小説は、異国でテロリストの人質となった8人が一人ずつ心に残っている出来事を物語として語るというものだ。一人ひとりの話が一話ごとに完結しており、短編小説のようで読みやすい。一話は現代国語の教科書にも収録されている。

 印象的な表紙のデザインを覚えている方もいらっしゃるのではないだろうか。

 表紙に使われた子鹿は木像で、国内外で評価されている彫刻家土屋仁応(よしまさ)氏の作品だ。東京芸術大学大学院で仏教美術の古典技法と修復を学んだ土屋氏の作品は、伝統的な仏像彫刻の技法で動物やユニコーンなどの幻獣をモチーフとしている。

 一見して木彫りとは思えない滑らかな表面と独特な色合いによって幻想的な雰囲気を醸し出している。水晶やガラスを玉眼に用いた作品は、見る角度によってまなざしが変わり、まるで生きているかの如く神秘的だ。

 テロリストに捕らえられ、明日をも知れぬ人々の物語の表紙を慈悲深い表情の子鹿が飾るデザインに、私は本を手にした時に強く惹かれた。そして、読み終えて物語の悲しい結末を知った後は、さらに心を惹きつけられた。

 それは小鹿の中に、私たちが暮らしの中で見慣れた仏像の表情を見たからかもしれない。

 本の表紙・扉・カバーなどの体裁を整えることを装丁と言う。著者、編集、装丁デザイナーが打ち合わせし、装丁を進めていくのだが、特に表紙のデザインは重要だ。

 新書のように、表紙がパターン化されているものもあるが、文芸書の単行本は、イラストや写真などを用いてデザインし、本の世界観を表現するのが一般的だ。

 本を売ることも目的であるため、読んでみたいと思わせるデザインでなければならない。

 作品の世界観を表現するには、著者、編集、装丁デザイナーの共創力も問われる。

 書店の店頭に平積みされた本や、新聞の書評欄で表紙を目にした時にはまだ見ぬ作品の世界を想像してほしい。(西谷直子・三井デザインテック・コミュニケーション・エディター)

日刊工業新聞2019年9月20日

  

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