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地方Jクラブによるデジタル技術の生かし方、元IT社長のクラブ役員に聞く

栃木SC、江藤美帆取締役インタビュー
地方Jクラブによるデジタル技術の生かし方、元IT社長のクラブ役員に聞く

栃木SC、江藤美帆取締役

 スマートフォンで写真が売れるアプリ「スナップマート」の最高経営責任者(CEO)だった江藤美帆さんがサッカーJ2栃木SCに入社して1年3カ月がたった。デジタルマーケティングがほとんど行われていなかった地方の市民クラブで江藤さんはどのような変革をもたらしたのか。ツイッターで約4万人のフォロワーを持つインフルエンサー(世間に影響力を与える人物)でもある江藤さんに、メルカリによる鹿島アントラーズの経営権取得の印象、今後の目標も含めて聞いた。(聞き手・編集委員・水嶋真人)

 -都会と比べて集客規模も資金力も劣る地方クラブのマーケティングで必要なことは何ですか。
 「例えば(茨城県鹿嶋市に本拠地がある)鹿島アントラーズは地元だけでなく東京在住のサポーターも多い。毎試合スタジアムに行くのは難しいけれど、ファンクラブに入り試合の情報を随時見ている多くの東京在住のサポーターを数多く獲得できている。デジタル施策がうまくいっている証拠だ」

 「栃木SCにも栃木県外に住むサポーターがいる。クラウドファウンディング、月300円程度のサポーター向け有料映像コンテンツ配信などを通じて栃木県外に住むサポーターからも支援を得られる仕組みを作りたい」

 -メルカリが鹿島の経営権を獲得するなどIT企業によるJチームへの参画が本格化しています。
 「多くのITサービスの主要顧客層は若者や都会在住者だが、Jリーグのチームは子どもからシニア層までに幅広い年齢層が認識しているのが強みだ。幅広い年齢層へ認知度を向上させたいIT企業と経営力を強化したいJチームがパートナーシップを組む事例が今後も増えていくと感じている」

 -マーケティング強化の一環として、宇都宮を冠したチーム名に変更する案も出ていました。
 「どうしても戦績が振るわない(3日時点で22チーム中21位)と、チーム名変更をしている場合かという声を地域の方々からいただいており、いったんストップすることにした。ただ、諦めたわけではないし、引き続き自治体やスポンサーなどにチーム名変更に理解をいただけるよう話し合いを続けていきたい。戦績は厳しいが、戦績だけ言っていると何もできなくなる。苦しい状況だからこそ変えることで支援をいただかねばならない。根気強くサポーターやステークホルダーに説明を続けていく」

 -Bリーグの栃木ブレックスは宇都宮ブレックスに名称を変更しました。
 「バスケットとサッカーの文化の違いもある。サッカーのファンは『サポーター』という呼び名が意味するとおりクラブの一員という気持ちがあり、多くのサポーターの賛同を得ないと前に進めない。サッカーの運営会社がサポーターの同意なしに名称の変更を決めれば大きな反発を招く」

                  

 -来場者データの取得など従来の栃木SCはデジタルマーケティングがほとんどできていませんでした。
 「現在はシーズンパスポート購入者、ファンクラブ会員のほか、JリーグチケットでQR発券をした来場者のデータも取得できるようにした。ホームタウン招待券の来場者にもJリーグIDの取得をお願いしており、QRコード経由で入場者データを管理可能にした。紙媒体の招待券をばらまくだけでは、どこから誰が来ているのか全くわからなかったが、現在は各配布先の招待券利用率を把握できる」

 -そのデータをどう生かしていますか。
 「来場回数がわかるようになったことで、しばらく来場していないシーズンパスポート購入者に電話して、また応援しに来てほしいとお願いしている。何度も来ている来場者にインセンティブを出すなど、後追い的な集客施策ができるようになったことが大きい」

 「ファンクラブ会員向けに次の試合の見所を伝える電子メールの送信も始めたが、性別や年齢層に応じてメールのタイトルや内容を変えている。選手に焦点を当てた内容は女性が好むし、男性は戦術など試合データ中心の内容にした方が開封率が上がる」

 -ツイッターによる意見募集も始めました。
 「栃木SCのハッシュタグを付けた意見募集を告知して以降、同ハッシュタグが付いたツイートが7倍に増えた。女子トイレの中が見えないよう覆いをしたり、送迎バスの便数見直し、授乳室の衛生状態改善など運営が気づいていなかった問題をツイートで知り、運営会議を通じて反省、修正している」

 -ビール飲み放題付きチケット、託児所など新しい仕掛けも次々と実施しています。
 「現在の栃木SCではスター選手を呼んで強さで集客することはできない。スタジアムに来たら勝ち負けに関係なく楽しい体験ができるようにしようと、育児中の家族が子どもを託児所に預けてのんびりできる場を提供した。家族ができて嫁にスタジアム観戦を止められている男性サポーターに再び来場してもらうには、嫁がサッカー好きになってもらうしかない。すぐには成果は出ないが、5年後、10年後に良い結果となって経営に反映される」

 -江藤さん自身が次節に対戦するチームのスタジアムに行ってチケットを販売することも行っています。
 「横浜FCが栃木県グリーンスタジアムにチケットを販売しに来て手持ち分が完売したと聞いた。この手があったかと感じ、試験的に柏レイソルにお願いして日立台で販売したところ、約420枚売れた。敵チームの本拠地でチケットを売ることに賛否両論あると思うが、ホームスタジアムをいっぱいにして盛り上げれば初めてグリスタを訪れた来場客も好印象をもってもらえるはず。今後もアルビレックス新潟や大宮アルディージャの本拠地に出張してチケットを売っていく」

栃木サッカークラブ提供

 -今後、実施したい施策は何ですか。
 「栃木SCのゴール裏のサポーター数を増やすためにも応援を楽しいものにしたい。柏レイソル戦でショックだったのが、初めて栃木の応援に来た子どもたちが柏のチャント(グリーングリーン)を口ずさんでいたこと。サポーターたちにも思いがあるだろうが、サポーターカンファレンスなどを通じて、スタジアムが一体となれる応援を一緒に作っていきたい。試合の勝ち負けは運営でコントロールできないが、せめて楽しく応援できる仕掛けは作りたい」

 -栃木県グリーンスタジアムの芝張り替えで来年の開幕を宇都宮で迎えられない可能性も出ていました。
 「芝の張り替えは来年の開幕までに間に合うめどがついた。西川田の新スタジアムと並行しつつ、グリスタの芝が痛まないようやっていきたい」

 
【略歴】えとう・みほ 米・南フロリダ大卒業後、米マイクロソフト、米グーグルなどのIT企業勤務、起業などを経て、スマートフォンで写真が売れるアプリ「スナップマート」を企画開発。16年スナップマートCEO。18年栃木SC入社、19年取締役。富山県出身、47歳。

日刊工業新聞2019年9月3日の記事に加筆
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
地方の市民クラブがIT企業からの支援を得るためには、知名度向上や自社サービスの実証の場を探すIT企業が振り向いてくれるデータが必要になる。好成績はもちろんのこと、自チームのマーケティングデータの見える化、知名度向上につながる地道なマーケティングが不可欠となる。(編集委員・水嶋真人)

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