深刻な専門医不足…“医療の質”はAIが支える
医療データの有効活用が不可欠
人工知能(AI)の活用が多くの領域で進められている。医療では、検査画像やデータなどを有効活用し、AIを開発する動きが活発だ。少子高齢化で医療の需要が高まる中、医師不足が問題となっている。さらに、個別化医療などで高度化しており1人の医師に求められる仕事量が増加している。医療の質向上と効率化には、医療データを有効活用し、AIによるサポートを導入していくことが不可欠だ。(文=安川結野)
◇医療AI:画像や患者のデータから診断や予防を支援する医療用のAI。医療の質向上の効果が期待されるほか、高齢化社会の医師不足問題の解決のためにも需要が高まっている。医療AIの開発には、情報の電子化が重要である。現在情報の電子化は進んでいるものの、統一のフォーマットがないため、AI開発に必要なデータの抽出が難しいという課題がある。 AI開発に使うために、医療データの標準化を進める動きが活発化しており、AMEDは学会同士の連携を進め、医療画像のビッグデータ(大量データ)基盤の構築を進めている。>
がんは日本人の死因トップで、毎年新たに100万人ががんを発症すると言われている。2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死亡するという。高齢化社会が進みがん患者は増加傾向にあるが、がんの診断を行う病理医の不足が問題となっている。全国の病理専門医の数は約2200人ほどだが、全人口に対する病理専門医の割合は0・0016%と米国の3分の1から4分の1程度だ。
2018年度の調査によると、福島県は10万人当たりの病理専門医の数が全国の都道府県で下から2番目と深刻な状況だ。こうした背景から福島県立医科大学は、県内の6の医療機関と病理情報回線を連結し、各医療機関の病理医同士が互いに診断を支援できるネットワーク「福島県遠隔病理診断ネットワーク」を構築した。病理医のいない病院でも、病理診断や手術中の迅速診断を遠隔で実施できる。
現在この福島県遠隔病理診断ネットワークを活用し、病理診断AIの実証実験が進んでいる。日本病理学会の持つ内視鏡などの画像をもとに開発されたAIの精度を実証している。県内の連携する医療機関から送られた画像に対するAIの判定結果を、福島県立医科大の病理専門医が評価し、診断とひもづいた画像が病理学会に送られる。これにより、AI診断システムの精度が向上する。
こうしたAIの実装は、特に病理医が少ない病院で力を発揮するという。福島県立医大医学部の橋本優子教授は「複数の病理医がいる場合、診断に迷うと他の病理医へ確認するが、病理医が1人しかいない病院ではそれができない。AIがあることで診断の確認ができる」と話す。一方で、安全なネットワーク構築や病理画像の電子化などは費用がかかる。全国展開には、費用面での改善が必要だ。
膨大な指標、または限られた情報から、AIが正確な判断をするといった活用方法も検討されている。帝京大学医学部の神野浩光教授と、東京医科大学教授で慶応義塾大学先端生命科学研究所の杉本昌弘特任教授らは、AIを活用し、唾液中の代謝物の濃度の違いから乳がんを検出する診断予測システムを開発した。乳がん患者に特徴的な代謝物のパターンをAIに学習させ、高い精度で乳がんを判別することができる。
研究チームは、乳がん患者124人と、健康な人42人の唾液検体を収集し、含まれている代謝物を網羅的に解析する「メタボローム解析」などを行った。その結果、260種類の物質を定量し、そのうち30の物質が乳がんに関連があることが明らかになった。例えば浸潤性乳がんの患者では細胞の増殖に関わる「ポリアミン類」の濃度が高く、一方で非浸潤性乳がんの場合はポリアミン類濃度の上昇は見られないなどの特徴があった。こうした代謝物の濃度パターンをAIに学習させると、高い感度と特異度で乳がん患者と健常者を判別する。杉本特任教授は「今回の研究で、どの物質をみればAIが十分に判定できるのか明らかになった」と自信を示す。
実装化には検査費用の課題を解決する必要がある。杉本特任教授は「別の方法で狙った分子だけを低価格で測定する方法が開発できれば、5000円以下程度にできる可能性がある」と説明する。企業との連携を進め、22年頃にも実用化したい考えだ。
また、東京大学医学部付属病院検査部の佐藤雅哉助教、島津製作所基盤技術研究所の森本健太郎主任らは、患者のデータから肝がんの存在を予測するAIを開発した。
研究チームは、肝がんを含む肝疾患患者の年齢や性別、検査値などの情報を元にAIを構築したところ、87・3%の確率で正しく診断できた。医学研究の場合、数万人規模の患者サンプルを収集するのは難しい。限られた情報から予測能を最大化できることも、AIの強みだ。
―医療データ基盤の構築を進めています。どのような成果が出ていますか。
「内視鏡の静止画像1枚で、胃のどこを見ているのか、自動的に判別するAIを開発した。がんと潰瘍でどのような画像の違いがあるのか識別でき、診断支援に役立つ。また、胃のどこを撮影しているかを判別できるので、専門医の育成にも役立つ。他にも大腸の画像診断AIを開発中だ」
―海外と差別化している技術はありますか。
「超音波検査のAIを開発している。超音波検査の場合、臓器や腫瘍は呼吸に合わせて動く。例えば肝臓の検査で、動画上のしこりがある部分にガイドが表示され、病気と疑われるものをAIで見分けるというのがうまくいっている。動画のAIは外国でやっている例は聞かない」
―他にも皮膚科や眼科領域などで成果が出ています。成功の要因は。
「各分野の専門知識を持つ学会に画像やデータのフォーマットを設定してもらっているのがポイントだ。学会のフォーマットに合わせて医師は画像データを作成し、それをデータセンターに集める。標準化データをもとに、国立情報学研究所の学術情報ネットワーク『サイネット5』を活用したAI開発の仕組みがうまくいっている」
遠隔病理診断ネット
がんは日本人の死因トップで、毎年新たに100万人ががんを発症すると言われている。2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死亡するという。高齢化社会が進みがん患者は増加傾向にあるが、がんの診断を行う病理医の不足が問題となっている。全国の病理専門医の数は約2200人ほどだが、全人口に対する病理専門医の割合は0・0016%と米国の3分の1から4分の1程度だ。
2018年度の調査によると、福島県は10万人当たりの病理専門医の数が全国の都道府県で下から2番目と深刻な状況だ。こうした背景から福島県立医科大学は、県内の6の医療機関と病理情報回線を連結し、各医療機関の病理医同士が互いに診断を支援できるネットワーク「福島県遠隔病理診断ネットワーク」を構築した。病理医のいない病院でも、病理診断や手術中の迅速診断を遠隔で実施できる。
現在この福島県遠隔病理診断ネットワークを活用し、病理診断AIの実証実験が進んでいる。日本病理学会の持つ内視鏡などの画像をもとに開発されたAIの精度を実証している。県内の連携する医療機関から送られた画像に対するAIの判定結果を、福島県立医科大の病理専門医が評価し、診断とひもづいた画像が病理学会に送られる。これにより、AI診断システムの精度が向上する。
こうしたAIの実装は、特に病理医が少ない病院で力を発揮するという。福島県立医大医学部の橋本優子教授は「複数の病理医がいる場合、診断に迷うと他の病理医へ確認するが、病理医が1人しかいない病院ではそれができない。AIがあることで診断の確認ができる」と話す。一方で、安全なネットワーク構築や病理画像の電子化などは費用がかかる。全国展開には、費用面での改善が必要だ。
唾液からがん判別
膨大な指標、または限られた情報から、AIが正確な判断をするといった活用方法も検討されている。帝京大学医学部の神野浩光教授と、東京医科大学教授で慶応義塾大学先端生命科学研究所の杉本昌弘特任教授らは、AIを活用し、唾液中の代謝物の濃度の違いから乳がんを検出する診断予測システムを開発した。乳がん患者に特徴的な代謝物のパターンをAIに学習させ、高い精度で乳がんを判別することができる。
研究チームは、乳がん患者124人と、健康な人42人の唾液検体を収集し、含まれている代謝物を網羅的に解析する「メタボローム解析」などを行った。その結果、260種類の物質を定量し、そのうち30の物質が乳がんに関連があることが明らかになった。例えば浸潤性乳がんの患者では細胞の増殖に関わる「ポリアミン類」の濃度が高く、一方で非浸潤性乳がんの場合はポリアミン類濃度の上昇は見られないなどの特徴があった。こうした代謝物の濃度パターンをAIに学習させると、高い感度と特異度で乳がん患者と健常者を判別する。杉本特任教授は「今回の研究で、どの物質をみればAIが十分に判定できるのか明らかになった」と自信を示す。
実装化には検査費用の課題を解決する必要がある。杉本特任教授は「別の方法で狙った分子だけを低価格で測定する方法が開発できれば、5000円以下程度にできる可能性がある」と説明する。企業との連携を進め、22年頃にも実用化したい考えだ。
また、東京大学医学部付属病院検査部の佐藤雅哉助教、島津製作所基盤技術研究所の森本健太郎主任らは、患者のデータから肝がんの存在を予測するAIを開発した。
研究チームは、肝がんを含む肝疾患患者の年齢や性別、検査値などの情報を元にAIを構築したところ、87・3%の確率で正しく診断できた。医学研究の場合、数万人規模の患者サンプルを収集するのは難しい。限られた情報から予測能を最大化できることも、AIの強みだ。
インタビュー/日本医療研究開発機構(AMED)理事長・末松誠氏
―医療データ基盤の構築を進めています。どのような成果が出ていますか。
「内視鏡の静止画像1枚で、胃のどこを見ているのか、自動的に判別するAIを開発した。がんと潰瘍でどのような画像の違いがあるのか識別でき、診断支援に役立つ。また、胃のどこを撮影しているかを判別できるので、専門医の育成にも役立つ。他にも大腸の画像診断AIを開発中だ」
―海外と差別化している技術はありますか。
「超音波検査のAIを開発している。超音波検査の場合、臓器や腫瘍は呼吸に合わせて動く。例えば肝臓の検査で、動画上のしこりがある部分にガイドが表示され、病気と疑われるものをAIで見分けるというのがうまくいっている。動画のAIは外国でやっている例は聞かない」
―他にも皮膚科や眼科領域などで成果が出ています。成功の要因は。
「各分野の専門知識を持つ学会に画像やデータのフォーマットを設定してもらっているのがポイントだ。学会のフォーマットに合わせて医師は画像データを作成し、それをデータセンターに集める。標準化データをもとに、国立情報学研究所の学術情報ネットワーク『サイネット5』を活用したAI開発の仕組みがうまくいっている」
日刊工業新聞2019年8月19日