未来に向かってデータを集める?過去のデータを解析?医療用AIで大切なこと

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 医療分野で人工知能(AI)は“前向き”なのか“後ろ向き”なのかと、言葉が独り歩きしている。前か後ろか向きによって医師の印象は大きく変わる。臨床試験のようにルールを決めてデータを集める前向き研究は信頼性が高く、治療後の症例データなどを解析した後ろ向き研究は選択バイアスなどが入りやすい。AIの根源となるデータの品質にAIの可能性や限界が左右される。

 前向きと後ろ向きは医師がよく使う言葉だ。観察研究の種類を指し、そのまま論文の信ぴょう性を判断する医師もいる。前向き研究は現在から未来に向かってデータを集める。ある集団の健康状態などを追跡して病気になったか調査する。後ろ向き研究は過去のデータを解析する。AIは既存のデータを解析するため、基本的には後ろ向きになる。

 仮に完璧なデータが得られるならば前向きも後ろ向きも信頼性は変わらず同じ結論になる。後ろ向きの方がデータ量は圧倒的に多く費用を抑えられる。ただ医療のデータに完璧はなく、さまざまなバイアスが混入する。重い患者には、より強い薬が使われるなど治療の意図が入る。そして治療の効果や病名の正しさは保証されない。

 AI研究者がまず手をつけた電子カルテは「医師の備忘録」と評されるほどだ。東京大学の須藤修教授は「表記がバラバラで使えない」と嘆く。また血液検査などの数値は計測機が違うとばらつく。中央大学の大橋靖雄教授は「確実に処置が入力される副作用の解析には有用だが、微妙な効果の評価には限界がある」と説明する。

 この問題はAI特有でなく、医学研究全般の課題だ。データ品質を高めるために前向きの研究が計画され、統計家がデータの品質を管理してきた。統計数理研究所の伊藤陽一医療健康データ科学研究センター長は「バイアスを薄めるよう事前に研究を計画することが統計家の最大の貢献。データをとってからでは遅い」と指摘する。

 統計的機械学習であるAIも同じ問題を抱える。そのため、大量のデータをAIにかけるだけでは新しい発見は期待できないかもしれない。医療情報研究者には「データ規模を大きくするだけではノイズが増えるだけ」という意見が少なくない。だがこの問題を解かないと、新しい医学的知見を生むことが難しい。

 山口大学の岡正朗学長は「AIで改めて、データの品質が重要になる」と強調する。注目されるのが疾患・患者レジストリーだ。レジストリーとはあらかじめ決められた評価項目や試料を定期収集したデータベースで、疾患の疫学や治療の費用対効果を分析できる。スウェーデンでは心筋梗塞のレジストリーのおかげで7244人の臨床試験が数千万円で実現した。統数研の伊藤センター長は「大規模試験としては破格の安さ。データ基盤の効果は大きい」と説明する。

 内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)ではAIホスピタルを構築して10機関に導入する。技術開発は診療補助が中心だが、データを蓄積して新薬開発につなげる構想もある。多機関で採血のタイミングや治療の評価項目などを標準化できれば、データ品質が向上するかもしれない。

 SIPのプログラムディレクターを務めるがん研究会の中村祐輔がんプレシジョン医療研究センター所長は「患者は多様で標準化は難しい。SIPで有用性が認められれば標準化について理解される。それまでは数を集める必要がある」と説明する。現場の多様な診療を標準化するよう誘導するAI技術が求められる。

 

日刊工業新聞2018年7月27日

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小寺貴之
編集局中小企業部
記者

AIの医療応用は、お医者さんのお助けツールの開発と、新しい医療体系構築へのチャレンジの二つがあります。前者は情報系の企業が病院に売り込むAIツール、後者は医学研究者がAI技術を使って新しい医療を開拓するものです。日本は実用化を急いでいるためか前者が多い印象を受けます。後者にチャレンジするならデータが重要になります。内閣府のSIPは米シカゴ大からプレシジョンメディシン(精密医療)の中村先生を招聘しました。中村先生にお助けツールを開発させるのはもったいないと思います。厚労省の政策を使って高品質レジストリーの構築や、そこから生まれるAI駆動の精密医療の体系構築にチャレンジしてもらいたいです。

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