AI活用求められるが…医療分野に立ちはだかる特有の壁

実用化へ現場の理解が重要

 政府は、次の人工知能(AI)戦略として、AIをデジタル社会の「読み書きそろばん」とし、2025年までに数理やデータサイエンスの基礎を全ての学生が学べるよう大学教育を改革する方針を打ち出した。AIの実装はあらゆる領域に求められており、医療分野も例外ではない。一方で、医療専門用語は医師によって表現の仕方が異なり、情報に共通の書面様式(フォーマット)がないという医療分野特有の壁も存在する。医療AI開発には、これらのバラつきの解消が求められる。(文=安川結野)

情報の電子化


 医療現場へのAI導入に重要なことは、情報の電子化である。すでに現在のカルテ情報も電子化されているものの統一のフォーマットはなく、AI開発に必要なデータを抽出するのは難しい。東京大学大学院医学系研究科の医療AI開発学講座の河添悦昌講座長は「情報の標準化が重要だ。医療用語に特化した辞書の作成と実装が求められる」と話す。

 一方で、医療用語ならではの標準化の難しさもある。同じ疾患を指す複数の表現が存在することだ。

 例えば末梢(まっしょう)動脈に血栓などで炎症が生じる「閉塞(へいそく)性血栓血管炎」は他に「バージャー病」、「ビュルガー病」と表現される。これらを辞書に従って表現を統一し、使える情報として蓄積させていくことがAI開発には欠かせない。河添講座長は「現場の仕事がAI開発を想定した情報収集へ変わることはないが、情報活用の仕組みへの理解が今後求められていくだろう」と話す。

 統一した用語集を作ることは口頭のやりとりにおいても重要だ。がん研究会のがんプレシジョン医療研究センター所長で内閣府の進める「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)のプログラムディレクターを務める中村祐輔氏は、音声認識の技術を応用したカルテの自動文書化システムの開発を進めている。診察時、医師がカルテへの記録に時間が割かれ、患者とのコミュニケーションを取る時間が少ないという問題を解決する。

単語の理解苦手


 一般的にAIは数字の処理や記憶は得意だが、文脈に沿って単語を理解することが苦手といわれる。前後の単語との関連性から適切な意味を選んで文章化するのに、ここでも同じ単語が複数の意味を持つという医療用語の問題を克服することが求められる。

 中村氏は「日本医学会の用語委員会の協力のもと医療に特化した辞書を作成している。さらに深層学習(ディープラーニング)により、用語の関連性を判断できるよう検証を重ねている」という。すでに横須賀共済病院で、患者と医師のやりとりを文書化する検証を開始している。

 医療現場へのAI導入の目的は現場の負担を減らすことにあるが、用語統一やデータ標準化が一時的な負担になると、医師らの抵抗感につながっている。「データ標準化の重要性が現場では分かりにくい。現場へのAI教育を通して、リテラシーが向上することを期待する」と河添講座長は話す。さらに中村所長は、AIが医療現場で普及するためには「精度の高さなどAIの質が分かる人材が必要になるだろう」と話す。

 AI普及は一人の優れた開発者ではなく、現場にいる多くの医療従事者の理解にかかっている。

                         

日刊工業新聞2019年5月24日

  

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