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航空機の電動化へ、夢の技術「超電導」に挑む開発者たち
ボーイングも日本に注目するワケ
このジェットエンジンを電気で動くモーターに置き換える、いわゆる「航空機の電動化」が米国を中心に世界中で検討されている。例えば米航空宇宙局(NASA)が提唱する軽飛行機程度の大きさの電動航空機はジェットエンジンの5倍の効率が得られるという。
これまでの航空機用ターボファンエンジンは、ガスタービンでファンを回し推進力を得ていた。ガスタービンではなく、小型モーターでファンを回す推進装置を機体に分散配置した「電動推進系」が実現すれば、推進効率が大幅に向上する。二つの大きなファンを回すよりも多くの小型モーターでファンを回し、広い範囲で機体上部の気流を速くする方が、機体を上空に押し上げる揚力を効率良く生み出せるというわけだ。
こうした中、米ボーイングも着目する夢の技術がある。超電導技術を電動推進系に用いることで、軽量で高効率の電力推進システムを実現する動きである。
電動化航空機は燃料を燃やして発電機で発電し、ケーブルを経由して電力をモーターに送りファンを回して航空機の推力とするのが主な方法とされている。だがここで大きな問題が発生する。
九州大学大学院システム情報科学研究院の岩熊成卓(まさたか)教授は「従来の鉄心と銅線で構成した発電機とモータを利用した電気推進システムを積むと現行エンジンの7倍の重量になると計算されている。CO2削減のための電動化であるが、機体が重くなって燃費が悪くなっては意味がない」と指摘する。
モーターを例にとると、電磁気学の法則からモーターの推力は磁場や電流、装置の体格などに比例することが分かっている。モーターの重要部品となるのがコイルだ。モーターは鉄心に銅製のコイルを巻き付けた回転子と固定子を持っている。内部に鉄心を入れるのは、コイルに電流を流した時にコイル付近に発生する磁場を強めるためだ。
モーターは銅製のコイルに電流を流すことで磁場が発生。銅線を巻いて作ったコイルだけでは発生する磁場が弱いため、コイルの中心に鉄心を差し込む必要がある。鉄は「強磁性体」と呼ばれ、周囲の磁場を強める働きがある。
超電導技術を利用し航空機の電動化を目指す産業技術総合研究所エネルギー・環境領域省エネルギー研究部門の和泉輝郎主任研究員は「航空機を大型化し鉄心を使って磁場を強めようとすると推進系は現在の10倍以上に重くなる。これではダメだ」と指摘する。
航空機の電動化を阻むこうした問題の解決に貢献すると期待されているのが超電導技術だ。超電導状態にすることでコイルの電気抵抗がゼロとなる。「多くの電流を流せるため、コイルだけで大きな磁界を発生させることができ、結果的に大きな出力密度が得られる。同じ出力であればモーターの小型化も可能だ」(岩熊教授)とメリットを挙げる。
超電導技術によって軽量かつ高効率の電動推進システムが実現できれば、長距離を飛行する電動航空機実現の道が拓ける。ここへきて脚光を浴びる超電導だが、その裏には地道な開発に挑み続けた20年近くにわたる日々がある。
発見当時はマイナス269度Cでしか発現しなかった超電導だが、酸化物系の超電導物質の発見で臨界温度はマイナス196度C以上にまで引き上げられた。この温度は液体窒素の温度であり、マイナス269度Cまで温度を下げるために必要な液体ヘリウムに比べ、液体窒素は10分の1以下のコストで済む。
冷却コストの問題が大幅に改善されたことにより、高温超伝導体の一種である酸化物系超電導材料に大きな期待が集まった。だが同材料はいわゆる陶器(セラミックス)でできており、壊れやすいという課題を解決しなければならなかった。
超電導線材は大電流を流せてかつ長いほうが良い。コイルで発生する磁場の大きさは電流の強さとコイルの巻数に比例するからだ。このセラミックス材料を超電導用線材として利用するための研究をめぐって2000年以降、日米が競い合ってきた。
ひとつの突破口となったのは2012年。産業技術総合研究所(産総研)や九州大学などの研究グループが、断面積1平方ミリメートルの線材に600アンペアの電流を流せる線材を開発。その中で電流が流れる部分はさらに少なく、わずか2マイクロ~3マイクロ(マイクロは100万分の1)の厚さのテープ状の超電導材料のみに電流が流れる。
大電流を流すことで鉄心を使わずにコイルだけで大きな磁場を作れる。モーターの大きなパワーを引き出すために必要だった鉄心が不要になることでモーターの軽量化が可能になった。産業技術総合研究所エネルギー・環境領域省エネルギー研究部門の和泉輝郎主任研究員は「航空機は軽さが重要で、超電導技術はその軽さを実現できることが魅力」と強調する。
超電導線材は温度と磁場の強さで超電導の特性が変わることが知られている。研究グループは、超電導線材を利用したケーブルなどを試作してきた。その経験から線材の作り方で超電導の効率が大きく変わることが分かった。
和泉主任研究員は「実際に超電導線材を使用する温度が低いほど多くの電流を流せる。しかし、安全性と小型・軽量化の両立のために、できる限り高い温度と強い磁場の中で多くの電流を流せる線材を作りたい」と目標を掲げる。
超電導は直流に対しては電気抵抗ゼロと優れた特徴を示すが、交流に対しては磁場の向きが変わることに伴ってわずかに発熱して超電導状態を壊しやすいという欠点がある。超電導物質は臨界温度以下で超電導状態になるが温度が上がると不安定。高い温度や強い磁場で急激に元の常電導状態に転移する。
そこで研究グループは、数マイクロメートルの厚さの超電導膜に切り込みを入れることで、磁場の向きの変化による熱損失を減らすことを試みた。
産総研ではレーザーの加工技術でわずか数十マイクロメートルの幅の切り込みを入れる高度な技術を開発。この技術と線材の特殊な巻き方で線材のエネルギー損失を従来の数十分の一に減らすことに成功した。
この技術はほどなく海外の航空機メーカーの目にとまることとなる。米ボーイングは現在、九大や産総研などの日本の研究グループと、月に1回ほどのペースで議論を重ねている。日本の技術がボーイングが開発を目指す電動化航空機を実現するため重要な技術の候補となっているためだ。
これまで超電導開発の研究者らが行ってきたのは、超電導技術のシーズ(技術の種)を既存の技術に置き換えるような提案が中心であった。
しかし、ボーイングは実現したい目標を解決するために必要な技術を必死に探している。電動化を実現するための要素技術を広く世界で探した結果、日本の研究グループにたどりついた。海外ではできなかった日本の優れた技術が評価された結果だ。
九州大学大学院システム情報科学研究院の岩熊成卓(まさたか)教授はこう語る。「これからは100~200人乗りクラスの航空機が電動化のターゲットとなる」。
1機あたりの機体価格はおよそ100億円で、そのうちエンジンが20億円程度を占める。さらに線材のコストはわずか5000万円程度。通常の産業では超電導技術を使うメリットは薄れるが、従来手法では実現し得なかった電動化航空機であれば超電導技術を用いることによるコスト増を吸収しやすいと考えられる。
和泉主任研究員は「資金と人材があれば、100人乗りの電動航空機を2030年頃には実現できるのではないか。さらに小型機はそれより早くできると考えている」と展望する。
果たして実現は可能か-。研究者らの挑戦が始まった。
これまでの航空機用ターボファンエンジンは、ガスタービンでファンを回し推進力を得ていた。ガスタービンではなく、小型モーターでファンを回す推進装置を機体に分散配置した「電動推進系」が実現すれば、推進効率が大幅に向上する。二つの大きなファンを回すよりも多くの小型モーターでファンを回し、広い範囲で機体上部の気流を速くする方が、機体を上空に押し上げる揚力を効率良く生み出せるというわけだ。
こうした中、米ボーイングも着目する夢の技術がある。超電導技術を電動推進系に用いることで、軽量で高効率の電力推進システムを実現する動きである。
効率と軽量化どう両立
電動化航空機は燃料を燃やして発電機で発電し、ケーブルを経由して電力をモーターに送りファンを回して航空機の推力とするのが主な方法とされている。だがここで大きな問題が発生する。
九州大学大学院システム情報科学研究院の岩熊成卓(まさたか)教授は「従来の鉄心と銅線で構成した発電機とモータを利用した電気推進システムを積むと現行エンジンの7倍の重量になると計算されている。CO2削減のための電動化であるが、機体が重くなって燃費が悪くなっては意味がない」と指摘する。
モーターを例にとると、電磁気学の法則からモーターの推力は磁場や電流、装置の体格などに比例することが分かっている。モーターの重要部品となるのがコイルだ。モーターは鉄心に銅製のコイルを巻き付けた回転子と固定子を持っている。内部に鉄心を入れるのは、コイルに電流を流した時にコイル付近に発生する磁場を強めるためだ。
モーターは銅製のコイルに電流を流すことで磁場が発生。銅線を巻いて作ったコイルだけでは発生する磁場が弱いため、コイルの中心に鉄心を差し込む必要がある。鉄は「強磁性体」と呼ばれ、周囲の磁場を強める働きがある。
重くなってはダメだ
超電導技術を利用し航空機の電動化を目指す産業技術総合研究所エネルギー・環境領域省エネルギー研究部門の和泉輝郎主任研究員は「航空機を大型化し鉄心を使って磁場を強めようとすると推進系は現在の10倍以上に重くなる。これではダメだ」と指摘する。
航空機の電動化を阻むこうした問題の解決に貢献すると期待されているのが超電導技術だ。超電導状態にすることでコイルの電気抵抗がゼロとなる。「多くの電流を流せるため、コイルだけで大きな磁界を発生させることができ、結果的に大きな出力密度が得られる。同じ出力であればモーターの小型化も可能だ」(岩熊教授)とメリットを挙げる。
超電導技術によって軽量かつ高効率の電動推進システムが実現できれば、長距離を飛行する電動航空機実現の道が拓ける。ここへきて脚光を浴びる超電導だが、その裏には地道な開発に挑み続けた20年近くにわたる日々がある。
発見当時はマイナス269度Cでしか発現しなかった超電導だが、酸化物系の超電導物質の発見で臨界温度はマイナス196度C以上にまで引き上げられた。この温度は液体窒素の温度であり、マイナス269度Cまで温度を下げるために必要な液体ヘリウムに比べ、液体窒素は10分の1以下のコストで済む。
冷却コストの問題が大幅に改善されたことにより、高温超伝導体の一種である酸化物系超電導材料に大きな期待が集まった。だが同材料はいわゆる陶器(セラミックス)でできており、壊れやすいという課題を解決しなければならなかった。
超電導線材は大電流を流せてかつ長いほうが良い。コイルで発生する磁場の大きさは電流の強さとコイルの巻数に比例するからだ。このセラミックス材料を超電導用線材として利用するための研究をめぐって2000年以降、日米が競い合ってきた。
コイルだけで磁場が
ひとつの突破口となったのは2012年。産業技術総合研究所(産総研)や九州大学などの研究グループが、断面積1平方ミリメートルの線材に600アンペアの電流を流せる線材を開発。その中で電流が流れる部分はさらに少なく、わずか2マイクロ~3マイクロ(マイクロは100万分の1)の厚さのテープ状の超電導材料のみに電流が流れる。
大電流を流すことで鉄心を使わずにコイルだけで大きな磁場を作れる。モーターの大きなパワーを引き出すために必要だった鉄心が不要になることでモーターの軽量化が可能になった。産業技術総合研究所エネルギー・環境領域省エネルギー研究部門の和泉輝郎主任研究員は「航空機は軽さが重要で、超電導技術はその軽さを実現できることが魅力」と強調する。
超電導線材は温度と磁場の強さで超電導の特性が変わることが知られている。研究グループは、超電導線材を利用したケーブルなどを試作してきた。その経験から線材の作り方で超電導の効率が大きく変わることが分かった。
和泉主任研究員は「実際に超電導線材を使用する温度が低いほど多くの電流を流せる。しかし、安全性と小型・軽量化の両立のために、できる限り高い温度と強い磁場の中で多くの電流を流せる線材を作りたい」と目標を掲げる。
超電導は直流に対しては電気抵抗ゼロと優れた特徴を示すが、交流に対しては磁場の向きが変わることに伴ってわずかに発熱して超電導状態を壊しやすいという欠点がある。超電導物質は臨界温度以下で超電導状態になるが温度が上がると不安定。高い温度や強い磁場で急激に元の常電導状態に転移する。
そこで研究グループは、数マイクロメートルの厚さの超電導膜に切り込みを入れることで、磁場の向きの変化による熱損失を減らすことを試みた。
産総研ではレーザーの加工技術でわずか数十マイクロメートルの幅の切り込みを入れる高度な技術を開発。この技術と線材の特殊な巻き方で線材のエネルギー損失を従来の数十分の一に減らすことに成功した。
2030年頃には実現?
この技術はほどなく海外の航空機メーカーの目にとまることとなる。米ボーイングは現在、九大や産総研などの日本の研究グループと、月に1回ほどのペースで議論を重ねている。日本の技術がボーイングが開発を目指す電動化航空機を実現するため重要な技術の候補となっているためだ。
これまで超電導開発の研究者らが行ってきたのは、超電導技術のシーズ(技術の種)を既存の技術に置き換えるような提案が中心であった。
しかし、ボーイングは実現したい目標を解決するために必要な技術を必死に探している。電動化を実現するための要素技術を広く世界で探した結果、日本の研究グループにたどりついた。海外ではできなかった日本の優れた技術が評価された結果だ。
九州大学大学院システム情報科学研究院の岩熊成卓(まさたか)教授はこう語る。「これからは100~200人乗りクラスの航空機が電動化のターゲットとなる」。
1機あたりの機体価格はおよそ100億円で、そのうちエンジンが20億円程度を占める。さらに線材のコストはわずか5000万円程度。通常の産業では超電導技術を使うメリットは薄れるが、従来手法では実現し得なかった電動化航空機であれば超電導技術を用いることによるコスト増を吸収しやすいと考えられる。
和泉主任研究員は「資金と人材があれば、100人乗りの電動航空機を2030年頃には実現できるのではないか。さらに小型機はそれより早くできると考えている」と展望する。
果たして実現は可能か-。研究者らの挑戦が始まった。