北海道発「光技術専門大学」が示す理想的な“共創”の形

<情報工場 「読学」のススメ#66>『光プロジェクトの夢 スペシャリストたちの挑戦』(川嶋 康男 著)

千歳市職員の運命を変えた「光は面白いんだよなー」の一言


 北海道千歳市と聞いて、たいがいの人が真っ先に思い浮かべるのは「新千歳空港」だろう。札幌の中心部まで電車で最短でも40分ほどかかるが、国際的な「北の玄関口」として多数の旅行者や出張者が利用している。

 だが、もちろん「千歳=空港」ではない。注目したいのは、空港のほど近くに立地する公立大学法人「公立千歳科学技術大学」だ。1998年に「光科学部」を擁する公設民営方式の私立大学「千歳科学技術大学」として開学、2019年4月に公立大学に移行した。

 さらに同大学開設と、ほぼ時を同じくしてスタートしたのが、ホトニクスワールドコンソーシアム(PWC)。大学・大学院、各種研究所や関連施設、関連企業からなる「光技術(Photonics)」の一大研究開発拠点「ホトニクスバレー」を推進する組織だ。

 『光プロジェクトの夢 スペシャリストたちの挑戦』(三冬社)は、その千歳科学技術大学開設とホトニクスバレー構想の実現に尽力した者たちのチャレンジと、開学後の同大学と大学発ベンチャーの軌跡を描くノンフィクション。北海道生まれで札幌在住のノンフィクション作家が、関係者への綿密な取材等をもとに紆余曲折のストーリーを綴っている。

 大学開設と構想実現に並ならぬ努力を重ねた、この本の主要登場人物といえるのは3人。当時の肩書きで紹介すると、日立製作所 施設営業本部施設第二部の今村陽一・部長代理、千歳市役所の坂本捷男・地域政策課長、そして慶應義塾大学理工学部の佐々木敬介教授だ。この産(日立)・官(千歳市)・学(慶應義塾)それぞれが出自の3人が出会うことで、構想は具現化に向けて動き出した。

 そもそもの始まりは、坂本さんによる千歳市の土地利用計画と、テクノポリス構想に伴う大学誘致の活動だ。後者については、いくつかの大学にアプローチしたものの成立せず、最終的に武蔵工業大学(現・東京都市大学)の誘致でまとまりかけた。しかし、バブル崩壊により大学側の資金の目処が立たなくなり、白紙に戻る。

 そこで「せっかくここまで準備したのだから」と、誘致から自力の「新設」への転換が、当時の千歳市長から提案される。その後、議会などからも認められ、新大学設置の構想を固めていくことに。当初は「光科学」はまったく念頭になく、新千歳空港があることから「航空工学」を軸に検討されていた。

 ところが文部省(現・文部科学省)に相談したところ、構想した学部学科では設置認可の見込みがない、と言われる。認可されるには、新規性の高い先端科学技術の分野でなければならなかった。残念ながら航空工学はそれに該当しない。

 相談に出向いた千歳市の職員は困り果てた。だが、雑談の中で文部省の担当者が発した言葉が、坂本さんたちの運命を変える。「光は面白いんだよなー」
 光技術ならば需要があり新しい分野でもあるので、認可が下りやすいということだ。

 光技術について知識も接点もなかった坂本さんは、千歳市に進出していた日立製作所に相談を持ちかける。そこで紹介されたのが今村さんだ。彼には過去に大学設置に関わる経験があった。

 そして、たまたま今村さんの大学時代の恩師に、光科学の国際的な権威がいたのだ。それが佐々木教授である。

 佐々木教授には、自分で小さな研究所を作り、そこで一生涯、光科学の研究をしていきたい、との希望があった。そのタイミングで今村さんから持ちかけられた「光専門大学」プロジェクトへの参加は、願ったり叶ったりだったのだ。

 後に佐々木教授は千歳科学技術大学の初代学長に就任する。しかし、念願の開学直前に病に倒れ、その年の10月、志半ばで帰らぬ人となる。

「本物を創ろう」が目的が異なる3人の紐帯に


 今村さん、坂本さん、佐々木教授の3人は、先に触れた通り、それぞれ産・官・学の出身であり、各々異なる目的で大学設置プロジェクトに参加していたはずだ。目的としては、「産」の立場では研究成果の実用化とそこからの収益、「官」からすれば千歳市の地域振興、「学」の立場では、もちろん研究成果だろう。

 だが、三者三様の目的で参加していても3人の絆は強固であり、私心を捨て全力で実現に向けて努力したそうだ。出世や昇給、営業実績、研究費の確保といった私的感情は一切顔を出さなかった。おまけに、東京本社勤務の今村さんも、横浜市のキャンパスに研究室がある佐々木教授も、北海道までの旅費を自己負担していた。

 坂本さんによれば、3人の紐帯となったのは「本物を創ろう、世界に認められるものに挑戦しようとの一念」だった。とにかく、そのためには「何がベストか」を常に優先して考えていたという。

 「手段の目的化」は批判されることが多い。だが、複数の目的を異にするプレーヤーたちによる「共創」プロジェクトの場合、まずは「手段の確立」を目的にするのが重要なのかもしれない。

 千歳市のケースの「手段」とはもちろん、千歳科学技術大学とホトニクスバレーである。3者それぞれの立場や思惑はいったん横に置き、“本物”である手段の確立に、協力・連携しながら全力を注ぐ。しっかりとした「手段」ができれば、自ずと産官学それぞれの目的を達成する道筋が見えてくる。

 千歳科学技術大学開設から20年が経過した今、坂本さんは同大学発のベンチャー第1号「フォトニックサイエンステクノロジ(PSTI)」の社長を務めている。最新の光技術をもとにしたデバイスや部品を開発・生産する会社だ。

 現在の日本では、低迷する光通信事業に代わって光スイッチ、ファイバレーザ、光測定器など非通信分野における光ファイバ市場の拡大が予測されているという。だが、国内の精密機器メーカーが新製品開発に挑むとしても、心臓部となる光デバイスのメーカーが少ないのが現状。そのため、希少価値の高い光部材メーカーであるPSTIには、多数の企業から共同開発や事業連携、出資申出などが殺到しているそうだ。

 坂本社長は、そんな状況に鑑みて、新たな光ファイバデバイス拠点の形成を構想しているという。これは、新たなホトニクスバレーの誕生を予感させるものだ。

 おそらく、20年以上前に3者の理想的な「共創」があったからこそ、坂本さんは自信を持って構想を打ち出せているのだろう。共創は共創を生むのである。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
         

『光プロジェクトの夢 スペシャリストたちの挑戦』
川嶋 康男 著
三冬社
326p 1,800円(税別)

情報工場 「読学」のススメ#66

高橋 北斗

高橋 北斗
04月21日
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たいていの産官学連携プロジェクトは、構想だけを見ると、非常にダイナミックで大な成果を上げそうに思えることが多い。しかし実際には、さまざまな障害が生じ、時には利益相反などの理由で頓挫するプロジェクトが少なくないようだ。そんな中、千歳市のプロジェクトは「本物を創ろう、世界に認められるものに挑戦しよう」という、業界や目的、思考ロジックが異なる人たちでも共有できる明確なビジョンがあったことが大きかった。そうした参加者を奮い立たせるような強力なビジョンのもと、各々のスキルや得意分野を発揮する。それこそが本物の共創なのだと思う。

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