「そろそろあきらめないとダメか」からのホンダジェット悲願成就

ホンダジェット、日本に初納入

 航空機を製造・販売するホンダの米子会社ホンダエアクラフト(藤野道格社長)は20日、小型ビジネスジェット機の最新型「ホンダジェット エリート」を日本で初納入したと発表した。6月に受注を開始して以降、10機を超える受注があるといい、今後順次引き渡す予定。

 藤野社長は20日、東京都内で行われた納入式で日本での潜在的な需要は十分あると説明。「日本の空で飛ばすことは悲願だった。ホンダジェットで生活の可能性を広げていきたい」とアピールした。

 同社は7日、国土交通省から型式証明を取得した。最大7人乗りのホンダジェットは、広い室内空間や高い燃費性能に加え、従来の小型ジェット機より速く高度で飛行できる。

 2018年上半期(1―6月)の機種別による出荷機数は、17年通期に続き世界一だった。北米や欧州、東南アジアなどに出荷しており、18年の出荷見通しは40―50機。価格は約5億8000万円。

日刊工業新聞2018年12月21日


                       

12年前の藤野社長


 ホンダが悲願の航空機事業に参入する。創業者の本田宗一郎氏が最初に航空機に対する夢を語ったのは1962年。40年以上かかって小型ビジネスジェット機という形で結実した。ただ今回の事業化は“ホンダ・スピリッツ”という言葉に象徴される夢への挑戦ではない。「ビジネスとして勝算あり」というのは、このほど事業化に向けて米国に設立されたホンダエアクラフトカンパニーの藤野道格社長(45=当時)。開発責任者として、これまでの苦労や今後の戦略を聞いた。

 ―86年に開発プロジェクト発足後、何度か頓挫しかけたようですが。
 「立ち上げ時はチーム全員が航空機ビジネスの経験がなく、まさに試行錯誤の連続。試験設備もなく、飛行機の模型を作り、車の上に乗せて自分たちで走らせ実験していた。あまりに壁が多すぎて、どれが壁だか分からない。夢と若さだけを持ってスタートした」

 ―最も危機的だった状況は。
 「研究開発を始めて10年目ぐらいだ。ホンダが参入するなら画期的な技術、価値がないと意味がない。正直、その時点ではそこまで到達できていなかった。経営陣や社内も、そろそろあきらめないとダメかという雰囲気があったのも事実だ」

 ―その状況を打破できた理由は。
 「ホンダにはいつも夢を持っている人がたくさんいる。その夢を受け止めてくれるトップもいた。小型ジェット機のビジネス提案を最初にしたのは97年の冬。その後、主翼の上にエンジンを配置する画期的な技術の実用化にめどをつけた。ただ航空機開発の技術には“飛び技”はない。5%ずつの技術改良の積み上げによって、トータルで燃費性能が約3割向上できた」

 ―これまで日本企業が航空機事業で成功した例はあまりない。しかもホンダの場合は機体とエンジンを両方開発するビジネスモデル。リスクも大きいのでは。
 「日本の航空機産業は利益構造が防衛に偏っていることなどから、コスト競争力に乏しかった。エンジンと機体はそれぞれに膨大な開発費がかかる。特にエンジン開発は非常にクリティカル。エンジンは米GE(ゼネラル・エレクトリック)との合弁で協力しており、今のビジネスモデルの方がコストや性能でむしろ競争力があると思う。あらゆる角度から『HondaJet』の市場性を調査し、無謀ではなく勝算のあるチャレンジだと確信している」

 ―どのような顧客をターゲットにしていますか。米国ではエアタクシーというビジネスも注目されていますが。
 「小型ジェット市場の中ではハイエンドの顧客がメーン。価格は400万ドル以下を想定している。ホンダには自動車で培った内装などの高い設計力があるのも強み。エアタクシーの市場は楽観、悲観の両面の見方がある。ホンダは保守的な計画を立てており、この市場はプラスアルファと考えている」

日刊工業新聞2006年08年18日



「クリエイティブチーム」のつくり方


 2015年の“MRJフィーバー”の陰に若干隠れた感があるが、もう一つ、国内企業が主体となって開発に成功したジェット機がある。ホンダジェットだ。本田技研工業の子会社米国法人ホンダ エアクラフトが開発した小型ビジネスジェット機であり、すでに米連邦航空局(FAA)の認可を受け、販売を開始している。売れ行きも好調のようだ。

 ホンダジェットは、ホンダの創業者・本田宗一郎氏の飛行機への憧れをかたちにすべく、30年にわたり開発が続けられてきた賜物だ。前間孝則著『ホンダジェット』(新潮社)は、ホンダジェットの開発リーダーでホンダ エアクラフトCEO藤野道格氏らへの取材により、その「30年の挑戦」を追ったビジネスノンフィクションである。

 ホンダジェットの開発には「自動車メーカーによる民間航空機市場への参入」以外にも、数々の常識を打ち破るチャレンジがみられる。通常は外注されるエンジンの内製にこだわった。そのエンジンは、機内の空間を広げ振動や騒音を防ぐために、胴体ではなく「主翼の上」につけた。本書で藤野氏は同機の開発の狙いを「それまでの小型ビジネスジェット機の限界性を超えて利便性や快適性を高めること」と語っている。そこには、他社の既存機を真似ることはしない、という気概と、新たな市場を拡大していく決意が表れている。

「職域侵犯」で全員が「何でもできる」開発チームに


 開発プロセスにおいて藤野氏は、スティーブ・ジョブズばりの「細部へのこだわり」を見せていたという。隅々にまで目を配り、部品一つ一つにまで神経をとがらせる。開発チームは少人数で、極力専門分化をせずに協働していった。

 ところで、日本国内の映画やドラマを見ていて、気になることがないだろうか。俳優や女優、監督、脚本家などが、同時期の作品では「同じ顔ぶれ」が目立つのである。次々に新しいスターが生まれるハリウッドとは対照的だ。

 経営組織論を専門とする青山学院大学経営学部の山下勝教授は、著書『プロデューサーシップ』(日経BP社)の中で、「職域侵犯」というキーワードを使って日本的なプロデューサー型人材や、クリエイティブなチームワークのあり方を定義している。

 ハリウッドのように世界各国から人材が豊富に集まる製作現場であれば、プロデューサーはさまざまな組み合わせを選んだり、新しい人材を投入することで、創造性を発揮できる。だが、日本の映画界のように人材が限られている場合にはそういうわけにはいかない。どうするか。同じ顔ぶれが互いに「職域侵犯」することで、新しいものを作り出すのだ。

 たとえば遠藤憲一という俳優がいる。そのいかつい風貌から、かつては極道など悪役を演じることが多かった。だが、最近では「優しいお父さん」役だったり、コメディの主役など、幅広い役どころも器用にこなし、人気俳優の仲間入りを果たしている。逆のパターンが名脇役俳優の一人、小日向文世だ。「いい人」役ばかりだった彼は、今では気難し屋の職人、傲慢な会社社長など、いろいろなドラマに、まったくの別人になって登場する。ドラマを制作する側は、そのようにお馴染みの俳優たちに「職域侵犯」をさせることで、「新しさ」を生み出している。俳優たちが「何でもできる」ことが制作上の強みになっているのだ。

 ホンダジェットの少人数の開発プロジェクトでも、「職域侵犯」が行われていたようだ。本書にある藤野氏の発言によれば、最初に「構造」、次に「空力」というように、航空機開発に必要な要素に、それぞれ「すべての人員」が投入された。「空力」に関わる開発を行っている段階では、たとえ機体のシステムを専門とするメンバーであっても、「空力」に「職域侵犯」し、協働する。その結果、プロジェクトのメンバーとなっているプロの設計者たちは全員、自身の専門の枠を越えて、航空機開発に必要なあらゆる専門能力を身につけていったというのだ。

 藤野氏自体が「職域侵犯」の極致とも言えるだろう。同氏は「リーダーはまず自分自身で全部を理解し判断できるような知識レベルに達していることが基本です」と語る。リーダーをはじめ、プロジェクトに関わる全員が、程度の差はあれ「すべて」を理解していることで、斬新で理にかなったアイディアも生まれやすくなる。また、何か問題が起きた時でも、臨機応変に対処できる。どんな種類のトラブルであっても、誰かが少なくとも応急処置をすることができるだろう。

国際分業で開発したMRJとは対照的


 MRJは、2015年11月に初飛行に成功したものの、直後に完成機の納入予定延期を発表した。延期は初めてではない。初飛行も何度も延期になっている。こうした遅れについて、同機の「国際分業」が原因ではないかという指摘もある(ニュースイッチ2015年12月19日付「なぜ旅客機開発は遅れるのか」)。MRJは国産機ではあるものの、エンジンを含む各部品を海外メーカーに発注している。その調整と管理に時間がかかっているというのだ。

 一方ホンダジェットは、エンジンまでも内製化し、開発において専門分化を極力避けている。開発プロセスにおいてMRJとホンダジェットは対照的といえる。もちろん両者は機種や用途が大きく異なるので、単純に比較できないし、どちらの開発プロセスが正しいということではない。ただ、「人数が限られたプロジェクトで、いかに〈革新〉をつくり出し成果を上げるか」という点で、ホンダジェットの成功は格好のモデルケースの一つであることは間違いないだろう。

ニュースイッチ2016年03月21日「情報工場『読学』のススメ」


  

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