「声」の出し方を変えれば心も身体も健康になれる!?

<情報工場 「読学」のススメ#56>『声のサイエンス』(山﨑 広子 著)

海辺のライブハウスで出会った、鳥肌が立つほどの圧倒的な「声」


 ロック・ポップス系の音楽が好きで、時折渋谷や下北沢のライブハウスに出没している。8年ほど前だろうか、とある海辺のライブハウスで、鳥肌が立つほどの圧倒的な「声」に出会った。その時の感覚は、今でも昨日のことのように蘇らせることができる。

 「こんなの聴いたことがない!」と驚愕したその歌声の持ち主は、日本人女性シンガーのSalyuである。BANK BANDでのMr.Children桜井和寿とのデュエット曲「to U」、コーネリアスがプロデュースしたsalyu x salyuの活動などでも知られる。

 歌い出した瞬間、明らかに空気が変わった。異空間が出現したようだった。中音域が中心の、深く、どこまでも広がっていく声。それでいて聴き手一人ひとりの耳を包み込むような、実に不思議な、魅力的な声。

 確か着席で500人くらいのキャパの会場だったのだが、Salyuの声はその隅々まで、水のように満たしていた。今、思い出すと、彼女の口から声が出ていたような気がしない。間違いなく「全身」から声が出ていた。

 『声のサイエンス』(NHK出版新書)は、人間が発する「声」の力について、科学的知見と豊富な事例を交え、さまざまな角度から解説している。著者は音楽・音声ジャーナリストとして活躍する山﨑広子さんだ。

 「声はどこから出るのか?」と問われれば、ほとんどの人が「声帯」と答えるのではないだろうか。声帯は喉頭の内側の気道の入り口にある。吐く息が、声帯の薄い膜を振動させて音が出る。ただ、この段階ではまだ「声」ではない。ブザーのような小さな振動音にすぎない。

 そのブザー音が「共鳴」して、初めて声になる。共鳴するのは咽頭や口腔、鼻腔などが中心だが、誰もが多かれ少なかれ「全身」を共鳴させているのだという。歌ったり、演説したりするときに、無意識であっても声を身体全体に響かせるテクニックがあれば、豊かな「いい声」になる。

 実は筆者は小学生の頃に地元の合唱団に入っており、そこで基礎的なボイストレーニングを受けている。その時に、ひたすら腹筋を鍛えたような記憶がある。仰向けに寝て、足を真っ直ぐ伸ばしたまま30度ぐらいの角度に持ち上げてしばらく静止する、といった運動をしていた。

 腹筋を鍛えれば、横隔膜を使って「腹の底から」大きな張りのある声を出せる、というわけだ。40年ほど前に受けたトレーニングなどだが、その恩恵は今でも残っていて、カラオケなどでは、周りが引くほどのでかい声で歌ってしまう。大きな声で思い切り歌うと、実に気持ちがいい。
 

「本物の声」が出せれば心身の健康や自己実現につながる


 『声のサイエンス』を読んでもっとも感銘を受けたのは、「本物の声」についての解説だ。誰もが「本物の声」を持っているのだという。

 あなたは、自分の声が「好き」だろうか? 山﨑さんが実施した調査では、約80%の人が「自分の声が嫌い」という結果が出ている。しかも、自分の声を録音して聴いたことがある人に限れば、「嫌い」な人は90%以上にも上ったそうだ。

 もし自分の声、特に録音した声が「嫌い」なのだとしたら、その声は「本物の声」ではない。「本物の声」は、自分で聴いて、少なくとも「いいな」と思える声だからだ。きっと私がカラオケで「気持ちがいい」と感じる時の歌声も「本物の声」に近いと思われる。

 山﨑さんがいう「本物の声」とは「その人の心身の恒常性に適った声」だ。恒常性というのは「人間の心身を正常で健康な状態に安定させる仕組み」。つまり「本物の声」を出していれば、心身のバランスが取れ、健全で前向きな自分になれる。山﨑さんは「自己実現」につながるとも言っている。

 逆に、「本物の声」とはかけ離れた作り声を出している人は、知らず知らずのうちに心身にマイナスの影響が出ているかもしれない。どうも不調が続くという人は、物は試しに「本物の声」を探ってみてはいかがだろうか。

 「本物の声」による自己実現には、「聴覚フィードバック」という仕組みが関係している。人間が声を発するときには、脳が声帯をどのように振動させるかを命令している。何を根拠に命令するかというと、それは「過去に聴いた声(音)」なのだ。

 ほとんどの人が一生のうちでもっとも多く聴く声は「自分の声」である。だから、脳はこれまでに聴いた自分の声を覚えていて、それと同じように声帯を振動させ、口腔などを共鳴させる。これが聴覚フィードバックだ。

 つまり、自分の「本物の声」を自分で聴くことが大事なのだ。聴覚でキャッチした自身の「本物の声」が心身にプラスの作用をするというわけだ。

 ちなみにだが、この聴覚フィードバックは、人工知能の世界における「リカレントニューラルネット」に似ている。これは、人工知能が過去にしたアウトプットを、再びインプットするというモデルだ。

 ゲームAI開発社の三宅陽一郎さんが著した『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』(ビー・エヌ・エヌ社)によれば、過去のアウトプットを入力することで、リカレントニューラルネットの中央に、現在の状態と過去の意思決定が混ざった力学系の渦ができる。三宅さんは、その渦が自己の形を保とうとすることで、「人間の意識」の起点になるのではないかと推論している。

 「本物の声」のパワーは、他者にも及ぶ。相手が「本物の声」を出していれば、それを聴いた人の心が揺さぶられる。筆者が心をわしづかみにされたSalyuの歌声は、間違いなく極上の「本物の声」だと思うのだ。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『声のサイエンス』
-あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか
山﨑 広子 著
NHK出版(NHK出版新書)
256p 820円(税別)

ニュースイッチオリジナル

冨岡 桂子

冨岡 桂子
06月17日
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どんなビジネスパーソンでも、プレゼンや商談などでどうやって自分の伝えたいことを相手に届けるかを考えて、言葉や表情、身振り手振りを工夫してみたことがあるのではないだろうか。私自身もいろいろな工夫をしてきたのだが、表面的なテクニックにばかりに気を取られて「声」の力を見過ごしていた。次のプレゼンの機会までに「本物の声」で話せるよう、研究してみたい。

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