材料分野に特化した国研法人トップが考える「企業間データシェア」の可能性

物質・材料研究機構・橋本和仁理事長インタビュー

  • 2
  • 2
物材機構理事長・橋本和仁氏
 物質・材料研究機構は材料分野に特化した中規模組織でありながら、特定国立研究開発法人に選定された。強みは機動力と業界とのつながりだ。総花的な国研にはできない速度で組織改革と外部連携を進めている。政府の科学技術政策を体現し、新しい国研像を示す役割がある。橋本和仁理事長に2019年度の方針を聞いた。

 -19年度の目玉は。
 「スクラップ&ビルドで〝液化水素〟の研究拠点を立ち上げる。4月1日に組織を大きく再編した。超電導を研究してきた桜地区(茨城県つくば市)を液化水素の一大拠点に造り替える。柱は二つ。磁気冷凍技術の開発と極低温での材料信頼性評価だ。磁気冷凍は強力な磁場を用いて水素を冷やし液化する。超電導磁石の蓄積を生かす。信頼性評価では水素脆化の破壊メカニズムを研究する。水素脆化では水素原子が金属組織の中に浸透して材料をもろくする。水素を運ぶ配管や容器がダメージを受ける。クリープ試験などで長期信頼性を評価してきた知見を生かす」

 「液化技術と信頼性評価は水素をエネルギーキャリアとして使うために欠かせない技術だ。水素社会の実現に向けて貢献していく。だが水素の液化技術は欧州企業に独占されている。ここに風穴を開けたい。大学などで研究を立ち上げる場合、多くは新設を繰り返す。我々はスクラップ&ビルドだ。現在いる研究者を投入し、建物も既存のものを使う。桜地区に所属する全員が液化水素に携わることになる」

 -材料開発に人工知能(AI)技術やデータ科学を取り込む、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)をリードしています。
 「政府はサイバー空間とフィジカル空間(実世界)が融合した未来社会の実現に向けて『ソサエティー5・0』政策を進めている。我々はAI・データ(サイバー)と物質・材料(フィジカル)の融合研究を進めてきた。この材料データプラットフォームが入る新棟が完成した。新棟ではデータ整備に加えてスマートラボを作る。サンプルを合成し、物性を測り、データベース化してAIで解析し次に実験する探索範囲を決める。この一連の流れをスマート化する。化学実験や高分子実験で始め、ノウハウを機構全体に広げていく」

 -合成や計測などのハイスループット化はお金がかかり、民間が先行しています。
 「ハイスループット化は企業から助言をもらいながら進める。化学4社と立ち上げた業界連携型の共同研究がうまくいっていて連携する。同時に最先端の計測技術も導入する。データの品質や信頼性を高めていく」

 -材料分野もビッグデータ(大量データ)の競争になりますか。
 「材料分野はまだ途上だ。米グーグルがディープラーニング(深層学習)でネコを認識した際には、SNSに膨大なネコの写真データがあった。材料分野にはそんな巨大なデータはない。データの量に頼った研究はうまくいかない。我々はデータの品質と生産効率に注力している。AI面では少ないデータでも使える手法を追求している。質の高いデータを用い材料設計の成功例が出てきた。研究者や企業はその有効性に気が付いている」

 「データ面では量と質の二つのアプローチを進めている。量においては、すでに公開されている科学論文からデータを自動収集する。テキストマイニングで大量に材料の物性値や実験条件を集めようとしている。また計測機からデータを直接吸い上げるシステムも開発している。装置の内部データの書式をAIで処理できる書式に直す。化学メーカーから早く使いたいと強く要請されている。データの質においては最先端の計測機器を導入する。スマートラボとしてトータルの研究システムを構築したい。装置だけでなく実験ノートの電子化も進めたい。装置データやラボノートを含めて、機構内で共有できると強力な研究基盤になりえる」

 -データシェアは簡単ではないです。特に企業間でのシェアは難しいのでは。
 「化学4社の共同研究で取り組んでいる。まず4社で共有するために、新しくデータベースを作っているところだ。この共用データに各社が自社のデータを混ぜてデータを解析する。協力して高品質なデータを集めることで、各社のデータをかさ増しして利用する。この中で、自社の目的のために本当に重要なデータと、協力して集めるべきデータが明確になるだろう。物材機構としては成功例を重ねて連携範囲を広げていきたい。構想段階では企業の保有するデータを出し合って共有することも考えたが、新しくデータを集めることになった」

 -日本は生産能力への投資競争で、国と企業が一体となった海外勢に負けました。データ投資でも規模の論理で負けませんか。データが開発を加速させるなら、付加価値の高い製品群でも負ける可能性があります。
 「リスクと有効性を理解しているから連携している。化学の共同研究には最高技術責任者(CTO)直轄の部隊が集まっている。おおまかにいうと化学メーカーには量を売って稼ぐ石化品と、高付加価値で稼ぐ機能品がある。事業構成は石化品から利益率の高い機能品にシフトしているが、機能品は製品寿命が短く開発速度が明暗を分ける。彼らは生産も開発も熟知している。AIやデータを社内で試した会社は開発期間の短縮を実感している。ただリスクも有効性も計り切れていない。現在は共有データの構築段階で、これから活用段階に入る。そこで競争と協調の形が見えてくるだろう」

 「我々の後に、いくつも同じような構想が立ち上がっている。ただ絵を描くだけではうまくいかないだろう。別の案件では、事業から撤退した分野のデータをシェアしようと交渉した。使わないことが決まっていても社外にデータを出せなかった。また研究部門がデータシェアを推進しようとしても、事業部門が止める例もある。グループ会社同士でのデータシェアはもちろん、一つの企業の中でも部門をまたいだシェアができない例もある。かけ声だけでは進まない。我々はCTO直轄だから前に進んでいる。この枠組みに後から入れて欲しいという打診はある」

 -研究を進める上で理論と実験、計算、データのノウハウが必要になります。大学などの研究室では、すべての人材をそろえるのは難しくないですか。
 「ひとりですべてできる研究者はいない。共同研究で補いあうことになる。大学で組織として作るのは難しいだろう。組織化よりも、研究者の間の壁を低く下げる工夫が必要だ。強制的に連携させるよりも、自発的にネットワークを作るよう促すことが大切だ。成果が出るならば研究者はおのずと連携する」

 -法改正で国研がベンチャーに出資できるようになりました。
 「研究者の起業を強く奨励したい。そこで起業リスクをできるだけ取り払おうと人事制度を設計している。現行制度ではベンチャーを興すと、物材機構との兼業になる。物材機構の勤務時間外にベンチャーの仕事をすることになり、実質的に夜中に働くことになってしまう。これをクロスアポイント制度で勤務時間を半々にする。これで日中に働ける。ただベンチャーが研究者に給料を払えない間は、収入が半分になってしまう。そこで物材機構が2倍の単価の給与を出す制度を作る予定だ。収入や身分を保障してベンチャーに挑戦する敷居を下げる。だが研究者に甘すぎるという声もある。リスクをとるから本気になるという意見だ。研究成果を社会実装につなげるためにベンチャーの形式をとる。これは本来の役割の範囲だ。保障の期限を設け、集中的に取り組むのが現実策だろう」

 -出資にあたり、ベンチャーの事業計画を審査できますか。
 「ビジネス面は東京大学TLO(東京都文京区)から支援を受ける。物材機構にビジネスの知見はない。ベンチャーは経営者が重要なため、東大TLOのネットワークで紹介してもらおうと考えている。出資の財源は特許収入などの自己収入に限られる。まずは1億円を用意した。必要であれば拡充する。特許使用料や施設使用料をストックオプションで払える仕組みも検討している」

 -データシェアや起業、社会実装など、研究者の仕事が応用にシフトしています。基礎研究が細りませんか。
 「研究者の自由な発想の研究を支援するために公募型研究資金配分制度を始めた。1件あたり300万-1000万円を100人程度に配分する。定年制の研究者は約400人で、4分の1にチャンスがある。若手が挑戦する公的な競争的資金は300万円から。ただポスドク(博士研究員)を雇うためには600万円は必要だ。1000万円あれば専任の研究者を雇える。純粋に研究者個人を活性化する資金だ。理事長の裁量で自由になる資金の大半を投じる」

 「財源は特許収入や競争的資金の間接経費だ。物材機構では研究者に個人の研究活動を50%、組織としての研究活動を50%求めている。厳密に一人一人が50対50ある必要はなく、部門として半々であれば良い。そして物材機構の収入の3分の1が運営費交付金、もう3分の1が組織として獲得した公的な競争的資金、残りが研究者個人が獲得した公的な競争的資金と産学連携の共同研究予算だ。組織として獲得する競争的資金と共同研究予算が伸びており、これらには30%の間接経費がついている。特許収入を合わせて自己収入が予算全体の1割弱を占める。この自己収入を個人が自由に発想する研究にあてる。組織として獲得した資金を個人の研究に還元する。個人の研究が将来、組織として挑戦する大型研究のタネになる。組織と個人の間に好循環を作るためにさまざま仕込んできたが、実際に数字として表れてきた」
(聞き手・小寺貴之)

【略歴】はしもと・かずひと 80年(昭55)東京大学大学院理学系研究科修了、同年分子科学研究所入所。97年東大先端科学技術研究センター教授、04年同所長、16年物質・材料研究機構理事長。北海道出身、63歳。

日刊工業新聞2019年4月4日

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

研究面ではMI、組織面では自由な研究や起業の奨励、産学連携ではデータシェアと次々と新しい手を打つ。業界との距離が近く、その一手をともに修正しながらモノにする活動ができている。競争と協調のモデルを探り、国と企業が一体で動く海外勢と戦う仕組みを作る。日本が米国や中国と競う上で国研は欠かせないものになるだろう。

関連する記事はこちら

特集