ビジネス志向の産総研、ソニー出身の理事長が「SDGs」に熱心な理由
中鉢良治理事長インタビュー
産業技術総合研究所は2019年度に5年間の中長期計画の最終年度を迎えた。最大の課題は民間からの資金獲得額を14年度比3倍の138億円に引き上げることだ。政府は10年で3倍の目標を掲げるが、産総研は倍の早さで達成することを求められている。中鉢良治理事長に手応えを聞いた。
-懸案の3倍目標はいかがですか。
「集計はまだだが、手応えとして18年度で2倍(約92億円)はいくだろう。産総研ベンチャーへの投資を合わせると100億円に届く。イノベーションコーディネーターが全国を巡ってニーズとシーズを橋渡ししている成果だ。公設試験研究機関と一体となって総力戦にあたっている」
「また産総研と企業が組織同士で連携する『冠ラボ』が評価されている。3年の共同研究期間を終えて、継続したい、増やしたいという声を頂いている。『冠ラボ』は当初、人工知能(AI)が人気だった。企業の事業にAI技術を組み合わせて、基礎と応用の双方に取り組んだ。AIや情報技術は応用先を選ばない。一つ成功するとあれもできるはずと研究が拡大する。ニーズは強く、産総研のキャパシティーが足りないくらいだ。拡充していかないといけない」
「そしてAIに学習させるデータをいかに集めるか戦略が重要になる。そこで計測や各研究分野の知見が求められる。AIを入り口として産総研の総合力が評価されている。企業にとってAIや計測、専門分野など、すべてを自社に抱えるのは現実的ではない。すべてコストに効いてくる。自前にこだわると時間がかかりすぎる。産総研は技術の品ぞろえが広い。研究プロジェクトが進み、このパーツが足りないと困ったときに産総研は応えられる。総合力と柔軟性で研究を加速できる」
-19年度の目玉は。
「東京大学の敷地に建てた柏センターと臨海センター新棟の立ち上げだ。どちらもAIやIoT(モノのインターネット)、ビッグデータ(大量データ)などの新技術を地域社会やビジネスに組み込む研究を進める。柏は人間に焦点をあてる。ウエアラブルセンサーで身体データを集め、AIサービスで健康増進につながるよう行動を変えていく。柏市と連携して新しいサービスを開発するモデル地域としたい。臨海は工場やコンビニ、バイオ系の研究室などを再現した実証環境を整える。装置やセンサー、ロボットなど、どのようにデータを集め、AIで最適化してビジネスを磨くか検証できる。『コネクテッド・インダストリーズ』や『ソサエティー5・0』を実際に見て、試して、開発する場を提供する」
-社会実装は産総研の使命とはいえ、応用を志向しすぎると基礎が枯れませんか。
「産総研では研究だけでなく実用化が強く求められる。そのため放っておくと基礎研究が細る。経営としては意図的に基礎を保護しないといけない。基礎と応用はどちらも必須だ。そこで理事長裁量で戦略的に予算を若手の育成に充てている。この取り組みは産総研の外から高く評価される。だがそのための予算があるわけではない。運営費交付金や競争的資金の30%の間接経費から捻出している。研究の多様性を維持していくためにも重要だ。研究が進むにつれて必要な予算は大きくなるが、それでも民間企業に比べれば小さなサイズで多くの研究を進められる」
「〝多様性〟と〝選択と集中〟は相反するものではない。広くタネをまき、有望な技術を集中的に伸ばす。これを繰り返すことで研究の新陳代謝が進む。〝多様性〟も〝選択と集中〟も並行して進めていく必要がある。難しいのは新陳代謝のスピードだ。民間企業は有望と判断すれば集中的に研究して、見込みがなければすぐに諦める。研究の一つ一つが太く、サイクルは2-3年。公的機関ではより基礎的なところから始めるため見極めが難しい。いつ花が開くか読めない部分がある。細く長く、10年やって研究が開花することもある。企業ではできない研究として、大きな価値がある」
-材料・化学領域では物質循環などサーキュラーエコノミー(循環型経済)の研究が進みます。世代を超えて研究していく長期テーマだと思います。
「炭素と窒素、リンの物質循環を目指す。この三元素を人間は食べて生きている。各元素を含む物質を分離回収し、資源として活用する。日本の科学技術はイノベーション優先で進んできたが、経済価値の追求だけでなく、社会価値の追求も取り組んでいく」
-ビジネスとして成立しますか。
「炭素循環は二酸化炭素(CO2)排出量抑制、窒素は水や大気の汚染低減、リンは輸入リン使用量の低減を目指している。現状は赤字になり市場原理だけでは実現しないだろう。一方で経済の成長も限界に来ていて、新しい社会を目指す備えが必要だ。国連が定める『持続可能な開発目標(SDGs)』にもつながる」
-物質循環は化学工業だけでは実現が難しく、農業との連携が必要では。
「農業・食品産業技術総合研究機構との連携を進めている。お互いに研究や技術を棚卸しして良い組み合わせが見えてきた。まずは農研機構の果物の非接触計測技術と産総研のAI技術を掛け合わせる。引き続き連携を深めていきたい。また国立研究開発法人協議会で国研27法人の技術を整理し、SDGsに対して日本がどんな貢献ができるか、ポテンシャルマップをつくっている。SDGsの17ゴールすべてに関わりがあり、国研が連携することで厚みのある貢献ができるだろう」
-ビジネス志向の産総研が旗を振る意義は大きいです。国研協会長という職位はありますが、国研の理事長の中で最もSDGsに熱心だと思います。
「私自身は経済優先の開発の、負の側面を経験してきた。例えば大学院で資源工学を学んだが、就職のときには日本には鉱山はなく、持続可能でない技術開発の結果を目の当たりにした。ソニーに入社したが、当時は本当に小さな会社だった。現在も従来の産業がリセットされるところまで来ている。新しい産業はまったく違うモデルになるだろう。新しいモデルは社会とともに作っていくことになる。サーキュラーエコノミーやSDGsは人類が避けては通れないテーマになる」
(聞き手・小寺貴之)
-懸案の3倍目標はいかがですか。
「集計はまだだが、手応えとして18年度で2倍(約92億円)はいくだろう。産総研ベンチャーへの投資を合わせると100億円に届く。イノベーションコーディネーターが全国を巡ってニーズとシーズを橋渡ししている成果だ。公設試験研究機関と一体となって総力戦にあたっている」
「また産総研と企業が組織同士で連携する『冠ラボ』が評価されている。3年の共同研究期間を終えて、継続したい、増やしたいという声を頂いている。『冠ラボ』は当初、人工知能(AI)が人気だった。企業の事業にAI技術を組み合わせて、基礎と応用の双方に取り組んだ。AIや情報技術は応用先を選ばない。一つ成功するとあれもできるはずと研究が拡大する。ニーズは強く、産総研のキャパシティーが足りないくらいだ。拡充していかないといけない」
「そしてAIに学習させるデータをいかに集めるか戦略が重要になる。そこで計測や各研究分野の知見が求められる。AIを入り口として産総研の総合力が評価されている。企業にとってAIや計測、専門分野など、すべてを自社に抱えるのは現実的ではない。すべてコストに効いてくる。自前にこだわると時間がかかりすぎる。産総研は技術の品ぞろえが広い。研究プロジェクトが進み、このパーツが足りないと困ったときに産総研は応えられる。総合力と柔軟性で研究を加速できる」
-19年度の目玉は。
「東京大学の敷地に建てた柏センターと臨海センター新棟の立ち上げだ。どちらもAIやIoT(モノのインターネット)、ビッグデータ(大量データ)などの新技術を地域社会やビジネスに組み込む研究を進める。柏は人間に焦点をあてる。ウエアラブルセンサーで身体データを集め、AIサービスで健康増進につながるよう行動を変えていく。柏市と連携して新しいサービスを開発するモデル地域としたい。臨海は工場やコンビニ、バイオ系の研究室などを再現した実証環境を整える。装置やセンサー、ロボットなど、どのようにデータを集め、AIで最適化してビジネスを磨くか検証できる。『コネクテッド・インダストリーズ』や『ソサエティー5・0』を実際に見て、試して、開発する場を提供する」
-社会実装は産総研の使命とはいえ、応用を志向しすぎると基礎が枯れませんか。
「産総研では研究だけでなく実用化が強く求められる。そのため放っておくと基礎研究が細る。経営としては意図的に基礎を保護しないといけない。基礎と応用はどちらも必須だ。そこで理事長裁量で戦略的に予算を若手の育成に充てている。この取り組みは産総研の外から高く評価される。だがそのための予算があるわけではない。運営費交付金や競争的資金の30%の間接経費から捻出している。研究の多様性を維持していくためにも重要だ。研究が進むにつれて必要な予算は大きくなるが、それでも民間企業に比べれば小さなサイズで多くの研究を進められる」
「〝多様性〟と〝選択と集中〟は相反するものではない。広くタネをまき、有望な技術を集中的に伸ばす。これを繰り返すことで研究の新陳代謝が進む。〝多様性〟も〝選択と集中〟も並行して進めていく必要がある。難しいのは新陳代謝のスピードだ。民間企業は有望と判断すれば集中的に研究して、見込みがなければすぐに諦める。研究の一つ一つが太く、サイクルは2-3年。公的機関ではより基礎的なところから始めるため見極めが難しい。いつ花が開くか読めない部分がある。細く長く、10年やって研究が開花することもある。企業ではできない研究として、大きな価値がある」
-材料・化学領域では物質循環などサーキュラーエコノミー(循環型経済)の研究が進みます。世代を超えて研究していく長期テーマだと思います。
「炭素と窒素、リンの物質循環を目指す。この三元素を人間は食べて生きている。各元素を含む物質を分離回収し、資源として活用する。日本の科学技術はイノベーション優先で進んできたが、経済価値の追求だけでなく、社会価値の追求も取り組んでいく」
-ビジネスとして成立しますか。
「炭素循環は二酸化炭素(CO2)排出量抑制、窒素は水や大気の汚染低減、リンは輸入リン使用量の低減を目指している。現状は赤字になり市場原理だけでは実現しないだろう。一方で経済の成長も限界に来ていて、新しい社会を目指す備えが必要だ。国連が定める『持続可能な開発目標(SDGs)』にもつながる」
-物質循環は化学工業だけでは実現が難しく、農業との連携が必要では。
「農業・食品産業技術総合研究機構との連携を進めている。お互いに研究や技術を棚卸しして良い組み合わせが見えてきた。まずは農研機構の果物の非接触計測技術と産総研のAI技術を掛け合わせる。引き続き連携を深めていきたい。また国立研究開発法人協議会で国研27法人の技術を整理し、SDGsに対して日本がどんな貢献ができるか、ポテンシャルマップをつくっている。SDGsの17ゴールすべてに関わりがあり、国研が連携することで厚みのある貢献ができるだろう」
-ビジネス志向の産総研が旗を振る意義は大きいです。国研協会長という職位はありますが、国研の理事長の中で最もSDGsに熱心だと思います。
「私自身は経済優先の開発の、負の側面を経験してきた。例えば大学院で資源工学を学んだが、就職のときには日本には鉱山はなく、持続可能でない技術開発の結果を目の当たりにした。ソニーに入社したが、当時は本当に小さな会社だった。現在も従来の産業がリセットされるところまで来ている。新しい産業はまったく違うモデルになるだろう。新しいモデルは社会とともに作っていくことになる。サーキュラーエコノミーやSDGsは人類が避けては通れないテーマになる」
(聞き手・小寺貴之)
【略歴】ちゅうばち・りょうじ 77年(昭52)東北大院博士課程修了、同年ソニー入社、99年同社執行役員、02年執行役員常務、04年副社長、05年社長、09年副会長。13年産総研理事長。18年国研協会長。宮城県出身、71歳。
日刊工業新聞2019年4月2日記事に加筆