2度の“ちゃぶ台返し”を経て決定した「AI社会原則」の意義

“勝てる戦略”次の焦点

 内閣府の「人間中心のAI社会原則検討会議」(議長=須藤修東京大学教授)が議論してきたAI社会原則が正式決定した。人工知能(AI)技術に関わる公平性や説明責任、公正な競争など、難題を整理して方向性を示した。次の課題は政府が6月にまとめるAI戦略とAI原則との連結だ。AI原則は国際社会が納得する模範的な内容にまとまった。国際競争で日本を利する項目はない。原則を利用して日本が勝つ戦略が求められる。

原則の意義


 「倫理や公平性などは、民間企業の競争領域の一部になった。原則として枠組みを示して国際的な議論をリードする」と北野宏明ソニーコンピュータサイエンス研究所社長はAI社会原則の意義を説明する。同検討会は2018年5月の初回会合で、国際競争に資する原則をまとめる方針が示された。副議長を務める北野社長が議論を主導した。

 現在は巨大IT企業の“GAFA”のサービスを中心に、公平性や公正性が社会問題になっている。北野社長は「企業には自由にさせた方が良いという意見はあるが、世界の議論は好き勝手を許す方向には進んでいない。後から大きなペナルティーを払うことになる」と指摘する。

ゲームチェンジ


 ただ現在の技術では完璧なプライバシー保護や公平性は実現できない。だが社会からの要請は強く、社会と技術の間にコンフリクトがある。こうした対立点には欧州の一般データ保護規則(GDPR)のような制度が組み込まれやすい。特定企業によるデータ寡占を防いだり、公平性や公正性の担保として公的機関にデータを集めるなど、データの流れを変えるきっかけになり得る。国際的に認められた原則は社会の要請の根拠となり、コンフリクトはゲームチェンジの起点になる。

 ただ正式決定したAI社会原則は万人に対して模範的な内容になった。公平性や公正性などの課題に注意しつつ、イノベーションの恩恵をすべての人が受け取れるよう求めた。世界市民としては満点だが、日本の産業競争力向上につながるかどうか、文面からは読み取れない。内閣府の新田隆夫参事官は「日本のための仕組みを国際会合に出す原則に入れるのは下品だということになった。原則と戦略は切り離してまとめる」と説明する。

 北野社長はAI戦略実行会議の構成員としてAI戦略を検討し、国際会合でのAI原則の議論との調和をはかる。AI原則は欧州に近い立場をとり、連携を進めている。日本からゲームチェンジを仕掛けるにせよ、海外に仕掛けられるのを防ぐにせよ、AI原則の議論でコンフリクトの洗い出しは済んだ。6月の戦略策定では原則と戦略を並行して練ってきた真価が問われる。
(文=小寺貴之)
               

日刊工業新聞2019年4月5日

小寺 貴之

小寺 貴之
04月06日
この記事のファシリテーター

この会議は初回にちゃぶ台返しがありました。AI原則の模範解答を作るのは意味がない、産業競争力に資する原則論を議論する、と大きな方向が示されました。これを主導したのが北野所長です。その後もう一度ちゃぶ台がひっくり返り、模範解答なAI社会原則がまとまりました。産業競争力は6月にまとめるAI戦略に引き継がれます。初回会合のころから変わったのはGAFAへの厳しい目が日本でも厳しくなったことと、クラウドやエッジで安い深層学習の計算環境が整うことです。産業競争力に資する原則論を叫んでいた、テクノロジーフリークな会議メンバーは、この原則をどう考えているのでしょうか。AI社会原則はコンプライアンスのようなものになるのでしょうか。完璧な公平性や説明責任は、現在の技術でも、民主主義でも実現されていません。どの程度の歪みや説明姿勢に許容限界を見いだすのか、各国の許容状況を比較するなど、各論を検討しないと戦略になりません。すでに公開されている戦略の原案資料は、大規模な人材育成と技術開発、国内データ整備が中心です。原則と戦略も優等生のまとめたレポートになってしまい、ゲームを仕掛けにいくものになるのかどうか。このまま原則を掲げるだけでは北野所長の仰っていた「ペイリスペクトで終わりだ」と思います。

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