AIの社会実装、日本が遅れないためにすべきこと
課題は技術開発と事業開発や社会制度とのすり合わせ
人工知能(AI)にとって2018年度は社会への本格的な実用化に踏み出す年になりそうだ。日本のAI戦略を統括してきた府省連携の司令塔「人工知能技術戦略会議」(安西祐一郎議長)に国土交通省などの省庁も加わり、新技術の実証フィールドを提供する。課題は技術開発と、事業開発や社会制度とのすり合わせだ。データとAI、サービスがともに向上する好循環を作る必要がある。
AI戦略会議は、“基盤3省”となる経済産業省と文部科学省、総務省で16年に始まった。17年末に“出口3省”となる国交省、農林水産省、厚生労働省が加わった。
基盤3省のAI技術を出口3省の実証フィールドに投入し、AIシステムが社会として運用できるか検証する。技術開発から社会への本格的な導入まで、一貫した連携ができた形だ。AI戦略会議の安西議長は、「AI技術で個々の社会課題に応えるよりも、AI技術で社会全体の質を変える規模の変革が必要」と強調する。
出口3省の合流前、基盤3省は連携を進めてきた。文科省傘下の理化学研究所と経産省傘下の産業技術総合研究所は共同研究を立ち上げ、防災避難や認知症予防へのAI活用を進めている。
さらに理研と産総研にNECを加えた3者で「AI交渉技術」を開発する。これはドローン(飛行ロボット)の航空管制に応用される予定だ。ドローン同士の衝突を防ぐため、ドローン担当AIたちが空路の譲り合いを交渉する。多数のAIが交渉しても、簡潔に矛盾なく解く必要があった。
総務省傘下の情報通信研究機構は産総研と翻訳AIの開発で連携した。産総研のAI特化型スーパーコンピューターを利用し、計算量と翻訳精度の関係を研究する。AIの投資効果を計れるようになる。
投資効果は社会への本格導入において重要だ。AIはデータを糧として成長する。データが集まるとAIが賢くなり、サービスが向上してよりデータが集まる。この好循環ループが回り出すと、後発組は追いつくことができなくなる。
ただこの好循環を実現させたのは、米グーグルなど超大手のIT企業に限られる。データとAI、サービスのループがウェブの中で完結したためだ。
一方で、このシナリオの危うい点はデータ量とサービスの投資効果が読めない点だ。1000万のデータがあったとして、次にユーザーが実感できるほどのサービス向上は2000万データなのか、2億データなのか見積もることができない。
その間、サービスはエンジニアやサービスの現場が支える必要がある。日本は実社会の課題にAIを活用するため、ループを現場と回す必要がある。基盤3省の技術開発が軌道に乗り、相乗効果も見えてきた段階での出口3省の合流は必然だった。安西議長は「府省庁の岩盤規制はそのままで、AIの技術開発だけ進めようという雰囲気を感じる。果たしてそれで産業構造が転換できるのか。成し遂げたいのは単なる技術開発なのか社会転換なのか」と官民挙げた覚悟を促す。
理研革新知能統合研究センター長・杉山将氏
―基礎的な理論研究と社会への本格的な実用化の間は遠くありませんか。
「産学連携を橋渡しする企業側の人材が育ってきた。非常に良い連携体制ができた。企業から『データを預けるからAIで解いてくれ』という依頼は多い。丸投げを断り、企業から人を迎えて育成してきた。理研はAIのアルゴリズム開発に注力し、それを使ったデータ解析は社内で進めてもらっている。その方が機密管理しやすく、別のデータへの適用も進めやすい」
―AIの理論は数学ができないと理解できず、人材が枯渇していました。
「研究者は理論実証にとどまらず、アルゴリズムを作成してもらっている。理論自体がわからなくてもアルゴリズムなら使える。アルゴリズムが一つできると、各社の橋渡し人材が応用を進めてくれる。理論研究者にとって非常にありがたい」
―出口3省への橋渡し人材は。
「次の課題だ。医療や農林などの現場やデータに通じた人材がほしい。産業界はメリットを感じてくれている。府省連携の中で育成したい」
産総研人工知能研究センター長・辻井潤一氏
―データとAI、サービスの好循環は狙って作れますか。
「米国のIT企業も初めから好循環を描けていたわけではない。うまくいった企業が勝ち残った。好循環を描くにはデータを集める際の戦略が問われる。データ収集とビジネスモデルを組み合わせる必要がある」
―工場や物流、介護などの現場と好循環を回す必要があります。
「日本のAI導入の難しい点であり、強い点だ。現場のサービスを含めて好循環を回すには時間がかかる。反対に日本の現場の強みを生かせる。この循環を滑らかに回すために、シミュレーションと機械学習、現場の知識体系と機械学習をつなぐ技術を開発する」
―現場力がAIに反映されますね。
「ただデータを集めるのでなく、現場の知識と整合しながらデータを集めたり、集めたデータをシミュレーションで増幅したりできる。皮膚がんの画像診断ならがんか否かだけでなく、細かな分類や医師の判断を日々の診療の中からデータ化したい。18年度は実際の現場で好循環モデルを実証する年としたい」
情通機構理事・富田二三彦氏
―翻訳AIは民間に技術移転し、製品化されました。
「社会への導入は、3省の中でも先端を走っている自負がある。20年の東京五輪・パラリンピックに合わせるには2年前に製品化する必要があった。訪日観光客とのコミュニケーションを支援する」
「我々は市民や民間から対訳データを集めて翻訳AIの精度を高めている。データとAIの精度は情通機構が確保するが、サービスは民間企業の競争領域だ。翻訳に飲食店の案内や日本での生活支援などの付加価値を加えてサービスを高めていただく。この結果、より多彩なデータが集まる仕組みを作りたい」
―具体的には。
「中小企業や農業の研修生に対し、指導書や機械操作マニュアルを翻訳したい。特許庁の知財翻訳システムに携わり、技術用語の翻訳ノウハウを培った。来日時は身の回りの生活、帰国してからは日本から現地法人への指導を翻訳で支援できるだろう。翻訳は入り口の一つ。その先には自然な会話や助言するAIを実用化する。市民スポーツや防災でも同様の連携を進めたい」
実証領域を拡大―社会全体の質変える
AI戦略会議は、“基盤3省”となる経済産業省と文部科学省、総務省で16年に始まった。17年末に“出口3省”となる国交省、農林水産省、厚生労働省が加わった。
基盤3省のAI技術を出口3省の実証フィールドに投入し、AIシステムが社会として運用できるか検証する。技術開発から社会への本格的な導入まで、一貫した連携ができた形だ。AI戦略会議の安西議長は、「AI技術で個々の社会課題に応えるよりも、AI技術で社会全体の質を変える規模の変革が必要」と強調する。
出口3省の合流前、基盤3省は連携を進めてきた。文科省傘下の理化学研究所と経産省傘下の産業技術総合研究所は共同研究を立ち上げ、防災避難や認知症予防へのAI活用を進めている。
さらに理研と産総研にNECを加えた3者で「AI交渉技術」を開発する。これはドローン(飛行ロボット)の航空管制に応用される予定だ。ドローン同士の衝突を防ぐため、ドローン担当AIたちが空路の譲り合いを交渉する。多数のAIが交渉しても、簡潔に矛盾なく解く必要があった。
総務省傘下の情報通信研究機構は産総研と翻訳AIの開発で連携した。産総研のAI特化型スーパーコンピューターを利用し、計算量と翻訳精度の関係を研究する。AIの投資効果を計れるようになる。
官民で覚悟を―岩盤規制どうする?
投資効果は社会への本格導入において重要だ。AIはデータを糧として成長する。データが集まるとAIが賢くなり、サービスが向上してよりデータが集まる。この好循環ループが回り出すと、後発組は追いつくことができなくなる。
ただこの好循環を実現させたのは、米グーグルなど超大手のIT企業に限られる。データとAI、サービスのループがウェブの中で完結したためだ。
一方で、このシナリオの危うい点はデータ量とサービスの投資効果が読めない点だ。1000万のデータがあったとして、次にユーザーが実感できるほどのサービス向上は2000万データなのか、2億データなのか見積もることができない。
その間、サービスはエンジニアやサービスの現場が支える必要がある。日本は実社会の課題にAIを活用するため、ループを現場と回す必要がある。基盤3省の技術開発が軌道に乗り、相乗効果も見えてきた段階での出口3省の合流は必然だった。安西議長は「府省庁の岩盤規制はそのままで、AIの技術開発だけ進めようという雰囲気を感じる。果たしてそれで産業構造が転換できるのか。成し遂げたいのは単なる技術開発なのか社会転換なのか」と官民挙げた覚悟を促す。
基盤3省のAI研究開発責任者に聞く
理研革新知能統合研究センター長・杉山将氏
―基礎的な理論研究と社会への本格的な実用化の間は遠くありませんか。
「産学連携を橋渡しする企業側の人材が育ってきた。非常に良い連携体制ができた。企業から『データを預けるからAIで解いてくれ』という依頼は多い。丸投げを断り、企業から人を迎えて育成してきた。理研はAIのアルゴリズム開発に注力し、それを使ったデータ解析は社内で進めてもらっている。その方が機密管理しやすく、別のデータへの適用も進めやすい」
―AIの理論は数学ができないと理解できず、人材が枯渇していました。
「研究者は理論実証にとどまらず、アルゴリズムを作成してもらっている。理論自体がわからなくてもアルゴリズムなら使える。アルゴリズムが一つできると、各社の橋渡し人材が応用を進めてくれる。理論研究者にとって非常にありがたい」
―出口3省への橋渡し人材は。
「次の課題だ。医療や農林などの現場やデータに通じた人材がほしい。産業界はメリットを感じてくれている。府省連携の中で育成したい」
産総研人工知能研究センター長・辻井潤一氏
―データとAI、サービスの好循環は狙って作れますか。
「米国のIT企業も初めから好循環を描けていたわけではない。うまくいった企業が勝ち残った。好循環を描くにはデータを集める際の戦略が問われる。データ収集とビジネスモデルを組み合わせる必要がある」
―工場や物流、介護などの現場と好循環を回す必要があります。
「日本のAI導入の難しい点であり、強い点だ。現場のサービスを含めて好循環を回すには時間がかかる。反対に日本の現場の強みを生かせる。この循環を滑らかに回すために、シミュレーションと機械学習、現場の知識体系と機械学習をつなぐ技術を開発する」
―現場力がAIに反映されますね。
「ただデータを集めるのでなく、現場の知識と整合しながらデータを集めたり、集めたデータをシミュレーションで増幅したりできる。皮膚がんの画像診断ならがんか否かだけでなく、細かな分類や医師の判断を日々の診療の中からデータ化したい。18年度は実際の現場で好循環モデルを実証する年としたい」
情通機構理事・富田二三彦氏
―翻訳AIは民間に技術移転し、製品化されました。
「社会への導入は、3省の中でも先端を走っている自負がある。20年の東京五輪・パラリンピックに合わせるには2年前に製品化する必要があった。訪日観光客とのコミュニケーションを支援する」
「我々は市民や民間から対訳データを集めて翻訳AIの精度を高めている。データとAIの精度は情通機構が確保するが、サービスは民間企業の競争領域だ。翻訳に飲食店の案内や日本での生活支援などの付加価値を加えてサービスを高めていただく。この結果、より多彩なデータが集まる仕組みを作りたい」
―具体的には。
「中小企業や農業の研修生に対し、指導書や機械操作マニュアルを翻訳したい。特許庁の知財翻訳システムに携わり、技術用語の翻訳ノウハウを培った。来日時は身の回りの生活、帰国してからは日本から現地法人への指導を翻訳で支援できるだろう。翻訳は入り口の一つ。その先には自然な会話や助言するAIを実用化する。市民スポーツや防災でも同様の連携を進めたい」
日刊工業新聞2018年4月24日