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トヨタが“産学官融合”で描くモビリティと未来社会
「未来社会工学開発研究センター」髙原勇センター長に聞く
企業や大学、研究機関が一体となって社会課題の解決を目指すオープンイノベーションへの期待が高まっている。筑波大学とトヨタ自動車によって2017年に設立された「未来社会工学開発研究センター」は、その進化形である「産学官融合」として、先端技術の社会実装を目指している。筑波研究学園都市を舞台に繰り広げられるプロジェクトの始動を目前に控えた髙原勇センター長に、その可能性を聞いた。
筑波大学付属病院に隣接する睡眠医科学研究棟。未来社会工学開発研究センターは、ここに立地する。髙原氏を訪ねた日は、管制室の設置工事が大詰めを迎えていた。ここで一体、何を「コントロール」するのか。
「筑波大学とつくば駅、研究学園駅を中心とする一帯をフィールドとして、次世代の自動車交通基盤のあり方を探るプロジェクトが2019年度にも始まります。まず取り組むのは、AI(人工知能)時代の交通流制御です。バスの位置情報とその周辺情報から交通流を把握するとともに、バス停に顔認証カメラシステムを設置し、個人情報を不可逆的に秘匿したデータを当センターに収集し交通流データと人流をリアルタイムで解析するのです」
今回の取り組みは、人類の根源的な希求である移動の自由の実現である。交通事故ゼロ、渋滞解消、高齢化社会の移動手段の利便性やこれからの街づくりなど、さまざまな分野に技術革新を活用する上での実証と早期実現の場となる。
「AIを活用した交通流制御では、すべての車からデータを取得する必要はありません。最小限のデータによって地域全体の交通流を推定する手法を研究し、事故原因や渋滞構造の解明につなげることが目的です。これらの研究成果やAIを活用することで、将来的にはキャンパスMaaS(Mobility as a Service)と、筑波大学付属病院を中心とした医療MaaSによるユースケースを実現し、世界に誇れる『つくばモデル』として広く発信することを目指しています」
サービスとしてのモビリティという新たな概念であるMaaS。プロジェクトでは具体的にどんな未来を描くのか。
「例えばバスの乗降口に顔認証カメラシステムを設置することで、顔パスによる大学付属病院の受診者の来院受付や受診時の支払いなど、キャッシュレス決済といったスマートキャンパスが実現できます。一方、医療分野では、AIによる信号制御を実現したり、FCV(燃料電池車)やEV(電気自動車)による病棟へのビルトインと救急治療室への直結やAIによる信号制御を含む救急車両のための時限的搬送路(Urgent Lane)を実現して、救命処置に一刻を争う疾患から命を救うことができると考えています」
イノベーションを原動力に、社会課題の解決と経済成長の両立を目指す日本独自のコンセプト「Society 5.0」。今回の筑波大学キャンパスを中心とするプロジェクトは、地方における先導モデルとなる。計画では、自動運転専用ゾーンの敷設や総延長7キロメートルに及ぶ地下共同溝を活用した水素エネルギー拠点の構築など、移動にとどまらず、街づくりや循環型経済につながるテーマも多い。
「例えば自動運転の世界では、技術の実用化に注力していますが、欧米はすでに自動運転が実用化されたことを前提に、未来社会像と新たな社会サービスを描いている。このギャップに危機感を覚えます。私自身、クラウンやレクサスといった新型車両の設計を担当してきた技術者ですので、技術をとことん追求したい気持ちはよく分かります。しかし、同時に新たな社会サービスをどう生み出すかといった視点も重要であり、とりわけ次世代モビリティには、移動ニーズや地域社会の持続性といった観点から捉えなければならない源流にさかのぼった課題が多々あります。研究開発においても、出口(事業形成)をより明確にしたテーマ設定が重要だと考えています」
Society 5.0が政府の第5期科学技術基本計画の柱に据えられてからまもなく3年。提唱者のひとりで、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議の議員も務めたトヨタ自動車の内山田竹志会長は、かねてより、その実現には、個社だけでは取り組めない協調領域の戦略的な明確化や分野横断的な本格的なオープンイノベーションが不可欠だと訴えてきた。髙原氏は内山田氏の下で車両開発に携わってきた人物で、現在はオープンイノベーションの最前線でその概念を具現化する役割を担う。
「長期的な協調領域視点で、目指す未来社会の姿を共有するには、人材育成まで踏み込んだ、組織対組織の本格的な連携が不可欠と考えます。大学は基礎的な研究や教育、企業は社会実装、国や自治体は許認可や認証といった縦割りの構図のままでは、同じ時間軸で未来社会像を共有することは難しい。だからこそ今回のプロジェクトでは、研究から事業化、人材育成まで一貫して取り組む産学官融合のモデルケースにしたいとの思いもあります。私自身、昨年まではトヨタの部長職をしながらの兼務でしたが、今年からはセンター長に専念しています。学内の研究者や自治体、スタートアップ企業などさまざまな立場の関係者と日常的に緊密なコミュニケーションが図れる効果を実感しています」
イノベーションを加速するには、国際的な潮流をにらんだ新たなルール形成や制度整備など行政の果たす役割も大きい。産学官融合における「官」の役割はどう考えるのか。
「技術の社会実装を進める上では、そもそもいまある法律や制度がなぜ必要だったのか、『法の精神』まで立ち返り、理解を深めた上で、これからの社会のありようを描く姿勢が求められ、ひいてはそれが社会受容性につながると考えています。法の精神を理解した者でなければ法を変えるべきではない。だからこそ(研究者が大学などに籍を置いたまま兼業できる)クロスアポイントメント制度のような仕組みも通じて、産学官の人材が現場を共有し、プロジェクトに関与しやすくなる環境整備を期待します。『つくばモデル』の実現に向けては、産学官融合のオープンイノベーションと縦割り機能を横断する統合的プロジェクトとして進めますが、プロジェクトを通じた若手育成に注力したいと考えています。すでに昨年は、東北大学の小谷元子教授、水藤寛教授らが率いるGRIPS-Sendaiという数学応用による社会課題解決を目的とした共同研究を始めています。豊田中央研究所の加藤光久会長らの賛同を得て数学応用の機運を高めているところです」
「制度の矛盾やギャップについて議論しながら、未来社会をともに描いていく、そして若手にチャンスを与え、未来に向けたプロジェクトをしっかり応援する-。これからの日本には必要ではないでしょうか」
AI時代の移動の自由
筑波大学付属病院に隣接する睡眠医科学研究棟。未来社会工学開発研究センターは、ここに立地する。髙原氏を訪ねた日は、管制室の設置工事が大詰めを迎えていた。ここで一体、何を「コントロール」するのか。
「筑波大学とつくば駅、研究学園駅を中心とする一帯をフィールドとして、次世代の自動車交通基盤のあり方を探るプロジェクトが2019年度にも始まります。まず取り組むのは、AI(人工知能)時代の交通流制御です。バスの位置情報とその周辺情報から交通流を把握するとともに、バス停に顔認証カメラシステムを設置し、個人情報を不可逆的に秘匿したデータを当センターに収集し交通流データと人流をリアルタイムで解析するのです」
今回の取り組みは、人類の根源的な希求である移動の自由の実現である。交通事故ゼロ、渋滞解消、高齢化社会の移動手段の利便性やこれからの街づくりなど、さまざまな分野に技術革新を活用する上での実証と早期実現の場となる。
「AIを活用した交通流制御では、すべての車からデータを取得する必要はありません。最小限のデータによって地域全体の交通流を推定する手法を研究し、事故原因や渋滞構造の解明につなげることが目的です。これらの研究成果やAIを活用することで、将来的にはキャンパスMaaS(Mobility as a Service)と、筑波大学付属病院を中心とした医療MaaSによるユースケースを実現し、世界に誇れる『つくばモデル』として広く発信することを目指しています」
サービスとしてのモビリティという新たな概念であるMaaS。プロジェクトでは具体的にどんな未来を描くのか。
「例えばバスの乗降口に顔認証カメラシステムを設置することで、顔パスによる大学付属病院の受診者の来院受付や受診時の支払いなど、キャッシュレス決済といったスマートキャンパスが実現できます。一方、医療分野では、AIによる信号制御を実現したり、FCV(燃料電池車)やEV(電気自動車)による病棟へのビルトインと救急治療室への直結やAIによる信号制御を含む救急車両のための時限的搬送路(Urgent Lane)を実現して、救命処置に一刻を争う疾患から命を救うことができると考えています」
Society 5.0の先導モデル
イノベーションを原動力に、社会課題の解決と経済成長の両立を目指す日本独自のコンセプト「Society 5.0」。今回の筑波大学キャンパスを中心とするプロジェクトは、地方における先導モデルとなる。計画では、自動運転専用ゾーンの敷設や総延長7キロメートルに及ぶ地下共同溝を活用した水素エネルギー拠点の構築など、移動にとどまらず、街づくりや循環型経済につながるテーマも多い。
「例えば自動運転の世界では、技術の実用化に注力していますが、欧米はすでに自動運転が実用化されたことを前提に、未来社会像と新たな社会サービスを描いている。このギャップに危機感を覚えます。私自身、クラウンやレクサスといった新型車両の設計を担当してきた技術者ですので、技術をとことん追求したい気持ちはよく分かります。しかし、同時に新たな社会サービスをどう生み出すかといった視点も重要であり、とりわけ次世代モビリティには、移動ニーズや地域社会の持続性といった観点から捉えなければならない源流にさかのぼった課題が多々あります。研究開発においても、出口(事業形成)をより明確にしたテーマ設定が重要だと考えています」
目指す未来を共有したい
Society 5.0が政府の第5期科学技術基本計画の柱に据えられてからまもなく3年。提唱者のひとりで、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議の議員も務めたトヨタ自動車の内山田竹志会長は、かねてより、その実現には、個社だけでは取り組めない協調領域の戦略的な明確化や分野横断的な本格的なオープンイノベーションが不可欠だと訴えてきた。髙原氏は内山田氏の下で車両開発に携わってきた人物で、現在はオープンイノベーションの最前線でその概念を具現化する役割を担う。
「長期的な協調領域視点で、目指す未来社会の姿を共有するには、人材育成まで踏み込んだ、組織対組織の本格的な連携が不可欠と考えます。大学は基礎的な研究や教育、企業は社会実装、国や自治体は許認可や認証といった縦割りの構図のままでは、同じ時間軸で未来社会像を共有することは難しい。だからこそ今回のプロジェクトでは、研究から事業化、人材育成まで一貫して取り組む産学官融合のモデルケースにしたいとの思いもあります。私自身、昨年まではトヨタの部長職をしながらの兼務でしたが、今年からはセンター長に専念しています。学内の研究者や自治体、スタートアップ企業などさまざまな立場の関係者と日常的に緊密なコミュニケーションが図れる効果を実感しています」
イノベーションを加速するには、国際的な潮流をにらんだ新たなルール形成や制度整備など行政の果たす役割も大きい。産学官融合における「官」の役割はどう考えるのか。
「技術の社会実装を進める上では、そもそもいまある法律や制度がなぜ必要だったのか、『法の精神』まで立ち返り、理解を深めた上で、これからの社会のありようを描く姿勢が求められ、ひいてはそれが社会受容性につながると考えています。法の精神を理解した者でなければ法を変えるべきではない。だからこそ(研究者が大学などに籍を置いたまま兼業できる)クロスアポイントメント制度のような仕組みも通じて、産学官の人材が現場を共有し、プロジェクトに関与しやすくなる環境整備を期待します。『つくばモデル』の実現に向けては、産学官融合のオープンイノベーションと縦割り機能を横断する統合的プロジェクトとして進めますが、プロジェクトを通じた若手育成に注力したいと考えています。すでに昨年は、東北大学の小谷元子教授、水藤寛教授らが率いるGRIPS-Sendaiという数学応用による社会課題解決を目的とした共同研究を始めています。豊田中央研究所の加藤光久会長らの賛同を得て数学応用の機運を高めているところです」
「制度の矛盾やギャップについて議論しながら、未来社会をともに描いていく、そして若手にチャンスを与え、未来に向けたプロジェクトをしっかり応援する-。これからの日本には必要ではないでしょうか」
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