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ラーメン、焼きギョウザを“進化”させた「プラットフォーム」の威力

<情報工場 「読学」のススメ#61>『中華料理進化論』(徐 航明 著)
 少し前のことだが、たまたま点けていたテレビに、狂言師の野村萬斎さんが映っていた。トーク番組のゲスト出演なのだろう。考えを語る中に「狂言はデジタル」という発言があり、軽く驚いた。

 よく聞いてみると、こういうことらしい。狂言には伝統的に決まった「型」があり、それを狂言師が組み合わせ、味つけをして演じる。その「型」がデジタルデータのようなもの、と野村さんは言っているのだ。カチッとしたデジタルな「型」をもとに、アナログな人間が演じるのが面白い、と。

中国の主食が日本のおかずに


 『中華料理進化論』(イースト新書Q)の中に、この「狂言デジタル説」に似た考え方が示されていた。この本は、日本在住約20年の中国人料理研究家、徐航明さんが、本場の「中国料理」とは似て非なる日本独自の「中華料理」がどのように生まれ、進化を遂げていったのかを、ユニークな視点で論じた一冊だ。

 同書が定義する「中華料理」とは、日本国内いたるところで食べられるラーメン、焼きギョウザ、チャーハン、麻婆豆腐といった、おなじみの大衆料理だ。

 一方「中国料理」は、横浜や神戸の中華街などで「中国料理○○飯店」といった看板を掲げた店で提供されている、やや高級な料理。中華料理と中国料理はイコールではない。ラーメンや焼きギョウザは、そのままのかたちで中国から伝わったのではなく、いずれも日本に上陸してから独自に進化した食べ物なのだ。

 たとえば焼きギョウザ。実は中国では、ギョウザを焼くことはほとんどないそうだ。ギョウザと言えば「水餃子」であり、中国では「主食」。主食なので、満腹になるまで、一度に10個、20個は平気で食べる。

 それに対し、日本では焼きギョウザを、ご飯の「おかず」として数個を食べることが多い。パリパリとした焼きギョウザの食感は、もちもちとした米飯によく合う。水餃子は、それ自体もちもちしているので、ご飯と一緒に食べたらトゥーマッチだろう。

 つまり、中国の水餃子は、米飯を主食とする日本の食習慣に合うように、焼きギョウザに生まれ変わったというのだ。


狂言の「型」はラーメンと同じ


 『中華料理進化論』では「プラットフォーム」という言葉を使って、中華料理が日本で進化した要因を解き明かしている。

 同書では、プラットフォームを「製品の技術的な土台となる部分を指す言葉であり、ある一定の共通の仕様を持った階層的な構造」と定義している。PCやスマホを動かすOS(オペレーション・システム)もプラットフォームだ。

 では、中華料理のプラットフォームとは何か。著者の徐さんによると、ラーメンでいえば「スープ→麺→トッピング」という階層構造がプラットフォームにあたる。この三層構造のプラットフォームこそが、日本のラーメンすべてに共通する普遍的な「型」なのだ。

 このプラットフォーム上で、スープ、麺、トッピングそれぞれに工夫をこらし、差別化をはかることができる。実際、ラーメンのスープには、味噌、しょうゆ、塩、とんこつといったバリエーションが広がっており、店ごとに「秘伝のスープ」が開発されたりもしている。

 焼きギョウザのプラットフォームは、もちろん皮と具、そして焼き方だ。皮はパリパリ感を出すために、均一に薄いものが使われる。薄ければ薄いほどパリパリになるそうだ。均一な皮ならば、機械でも作りやすい。調理法も焼くだけなのでそれほど難しくない。

 水餃子の皮は、茹でる時に破れないように、厚くする必要がある。しかも、底部が薄いと破れやすくなるので、広げた時に中央部が厚くなるように作られているのだそうだ。さらに、破れないよう丁寧に包まなくてはならい上に、茹でるのに大量の水が必要。なので、焼きギョウザに比べると調理に手間がかかる。よって機械化は困難だ。

 つまり、焼きギョウザのプラットフォームは「手軽」なのだ。調理に手間がかからない分、具の工夫に注力できる。シンプルなプラットフォームだからこそ、さまざまなアイデアが生まれやすいのだ。

 野村萬斎さんが「デジタルデータ」と表現した狂言の「型」は、中華料理のプラットフォームと同様のものとみていいだろう。狂言も伝統的、普遍的なプラットフォームの上に、狂言師の技能や工夫、個性がのっかり、多くの人を魅了する伝統芸能になる。

 プラットフォームは「安心」を生む。ラーメンは「スープ→麺→トッピング」という三層のプラットフォームが守られている限り、どんなに突飛なトッピングをしても「ラーメン」と認識してもらえる。作る側も、食べる方も安心だ。

 狂言もそうだ。たとえば野村萬斎さんはシェイクスピアの喜劇を狂言の手法で演じる。ここでもプラットフォームである狂言の「型」が守られるからこそ、その上に西洋演劇の物語がのっかっても、まぎれもない「狂言」と認識してもらえるのだ。

 2012年に、パリに「GYOZA BAR」がオープンしたのをご存知だろうか。そこでは、ワインに合う具や味つけの焼き餃子が供されている。オープン時には、日本の東亜工業が開発した小型餃子製造機が導入されたという。これもプラットフォームがあってこそのイノベーションにほかならない。

 普遍的なプラットフォームという「安全基地」があるからこそ、思い切ったイノベーションに挑戦できる。また、プラットフォームが踏み台になることで、より多くのイノベーターが参入しやすい。

 中華料理に限らずあらゆる「進化」には、洗練された、使い勝手のよいプラットフォームが欠かせないのだろう。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
               

『中華料理進化論』
徐 航明 著
イースト・プレス(イースト新書Q)
223p 880円(税別)
情報工場 「読学」のススメ#61
高橋北斗
高橋北斗 Hokuto Takahashi 情報工場
日本にある高級な中国料理店につきものなのが「回転テーブル」。当然、中国発祥と思われがちだが、実はこれ、日本の雅叙園が考案したものだそうだ。本場中国では料理は大皿で振る舞われ、みんなで取り分ける。これを雅叙園は、誰も席を立たずに取り分け、次の人にスムーズに譲っていくスタイルにしたのだ。これもまた、中国料理のプラットフォームに、日本の「おもてなし」が加味され、引き起こされた「進化」なのだろう。

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