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希少な琴職人、楽器としての品質を損なわず扱いやすさに重点

希少な琴職人、楽器としての品質を損なわず扱いやすさに重点

新福山琴(下)と福山琴

 広島県福山市は、江戸時代から「福山琴」で知られる琴の産地だ。藤田琴製作所(広島県福山市、084・941・6745)の代表で伝統工芸士でもある藤田房彦さんは、琴を1人で作製できる希少な職人。福山琴の楽器としての完成度や品質を損なわず、扱いやすさに重点を置いて、2000年に開発されたのが「新福山琴」だ。

 新福山琴は全長が約140センチメートルと、通常の琴より約40センチメートル短い。開発時は琴を作る5―6社がそれぞれ全長の異なる琴を持ち寄り、最も音が良かった琴が藤田さんの琴だった。それが新福山琴の原形になったという。

 新福山琴の弦間の距離は通常の琴と変わらず、演奏に支障はない。通常の琴と大きく違う点は弦が金具に巻いてあり、弦の交換が専門家でなくても可能になった。通常は店に弦の交換を頼まなければならない。

 ただ難しいのは、「単純に琴の全長を短くするだけでは音が出ない」(藤田さん)ことだ。琴の長手方向の琴の表になる甲の傾斜を考えて作製する必要がある。全長90センチメートルの琴も作製しているが、琴としてこれ以上は短くできないという。

 新福山琴は福山市内の中学校の授業で活用されている。また新福山琴や全長の短い琴は、持ち運びできることから、講演者への御礼の品としても活用されている。

 福山の琴は、生産に分業制を取り入れ、量産することで一大産地となった。一方、藤田さんは、琴の製作を1人で作りたいと考えていたため、複数の会社で経験を積んだ。琴に使う会津産の桐(きり)の仕入れから、琴の本体を削る刳(く)りという作業や模様の彫り、表面の焼きなどの作業を1人でこなす。

             

 体格に合わせて「琴の長さを変えてほしい」「数年たってからいい音が出るように」といった注文もある。手作業で1人で琴を仕上げるため、柔軟に対応できる。藤田さんに弟子入りして約5年間修行し、師匠と同じように琴を1人で作製できる後継者が1人いる。

 彼は現在独立し、岡山で琴を作製している。

【メモ】備後十万石の福山藩の初代藩主は、徳川家康のいとこである水野勝成。歴代藩主の奨励で歌謡や音曲も盛ん。江戸時代末期には音色の良さ、工芸品としての価値が認められ、福山琴の需要は高まり、明治初期に本格的な製造が始まる。琴生産の全国シェアは70%とされる。楽器類で伝統工芸品の指定を受けているのは福山琴のみ。
日刊工業新聞2018年11月9日

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