【鈴木寛】防災ベストミックスを追求せよ

文部科学大臣補佐官に聞く

  • 0
  • 0
鈴木寛文部科学大臣補佐官
 大規模な災害が相次いで日本列島各地に襲来する中、7月の西日本豪雨ではかたくなに逃げない人がいるなど、啓発や避難訓練などのコミュニティー防災の限界も明らかになった。避難勧告が出て逃げなければ死ぬ可能性がある。避難指示の文言や表現を議論するよりも、もともと災害リスクの高い地域に住んでいることを自覚し、常識を変えていかなければならない。
 コミュニティー防災を補うのが堤防などのハードへの投資だ。民主党政権で〝コンクリートから人へ〟と政策を進め、現在は慶応義塾大学と東京大学でEBPM(確かな根拠に基づく政策立案)を教える鈴木寛文部科学大臣補佐官に防災政策とEBPMについて聞いた。

 -九州北部豪雨や西日本豪雨など近年、大規模水害が続き、堤防など防災インフラの重要性が再認識されました。土木インフラ分野の専門家からは〝コンクリートから人へ〟の政策に対して、公共工事が削られ防災インフラを維持できないと、いまも恨み節があがります。
 「かの業界では私はブラックリストに載っている。公共工事が減り、仕事がなくなれば恨むのは当然だ。当時、公共事業予算をカットし、教育予算や社会保障予算を拡充した。これで疲弊していた救急や外科、小児科、産科を救えた。夜間の急患が小児科や産科をたらい回しになる社会問題を思い出してほしい。10年の診療報酬改定では救急医療などを大幅に加算した。これで救急を維持できたと、いまも大学病院の関係者からは感謝される」

 「11年の東日本大震災では全国の大学病院から人員や物品を被災地に供給した。医師たちのパフォーマンスは高く、被災地の助けになった。教育面では『釜石の奇跡』を思い出してほしい。岩手県釜石市の中学生を中心に避難し、市内の児童・生徒は無事だった。地域で防災教育を続けてきた成果だ。一方で田老町(現岩手県宮古市田老地区)のスーパー堤防はどうだったか。防災に限ることではないが、コンクリートも人も重要だ。政策はそのベストミックスを追求することになる」

 -東日本大震災を機に防災対策は〝公助から自助・共助〟と、ハードからコミュニティーへシフトしました。堤防建設よりも避難訓練の方が安く、費用対効果の面でも妥当だと思います。一方で、西日本豪雨では避難勧告が出ても、ここは大丈夫だと、かたくなに逃げない人がいることも広く知られました。コミュニティーアプローチにも限界があります。そして全国知事会は抜本的な治水対策や土砂災害対策に向け、予算を大幅に増やすよう要請しています。基礎自治体が管轄する中小河川まで対策を広げると巨額の投資が必要になります。
 「防災は公助だけではまかないきれなくなり、自助や共助、コミュニティーでの防災活動が重要だと認識された。自助・共助・公助のベストミックスを探っていくしかない。公助は財源が問題だ。国にやれと言う人は増税しろと言っていることと同義であると認識すべきだ。財源も併せて説明すべきだ。増税を含めて堤防などの防災投資が受け入れられるのか。自分たちの地域にとってベストミックスは何か議論していくべきだ。国は打ち出の小づちではない。また〝国〟に要望することで財源問題をブラックボックスにしてはいけない」

 -海外ではリスクファクターに課税する仕組みがあります。肥満や生活習慣病を抑制するために、甘味飲料に課税する砂糖税などが代表例です。健康リスクの啓発だけでは社会負担を抑制できず、課税額としてリスクを明示し、経済原理を使って行動を変えようとしています。日本ではタバコ税やガソリン税などが当たります。災害リスクにも応用できませんか。
 「課税は最後の手段になるだろう。まずはその地域に住むリスクとリターンが明示される環境を整えるべきだ。そして土地や部屋を選ぶ場合に、価格にリスクプレミアを含めるべきだ。この土地はリスクが高いから部屋代がいくらか、リスク対策費が部屋代にいくら載っているなどと、市場原理を働かせつつ消費者がきちんと選択できることが重要だ。その上でリスクファクター課税を導入するなら、いくらなら市民の意識が変わり、いくらから行動が変わるかと精緻な研究が必要になる。レジ袋のように買い物の度に1円、2円をとる形態では時間がたつと慣れてしまう。年収の何%を徴収されると行動が変わるなど、丁寧に検証すべきだ」

 -防災関係の研究者には安定財源を望む声が根強くあります。また、災害が起きて多くの人が被災してから防災予算が付く現状は、予防の観点からは破綻しているように思えます。EBPM(確かな根拠に基づく政策立案)の観点から防災政策をどう評価しますか。
 「災害のリスクとコストを理解し、常に議論することが大切だ。リスクをゼロにするには無限のコストがかかる。どこまでコストを負担し、どのリスクには目をつむるか、市民一人一人の集合知として政治がある。政治は、いずれも重要だがトレードオフの関係にあったり、コンフリクト(対立構造)のある課題に優先順位をつける活動だ。コンクリートか人か、どちらかが大切なのではなく、どちらも大切で両者のトレードオフを理解した上で配分を決める。本来、選挙ではこの決断の哲学が問われる。政策や財源について生産資本と人的資本、自然資本、社会関係資本の四つの価値で説明されるべきだ。人命や家財を守るために堤防を建て、海岸線の景観や生態系を損なうことには目をつむるなど、地域で議論し対策を選ぶ。まず予算を確保するのではなく、地域が抱える災害リスクやコストを理解し、何を選ぶか考える」

 -地域で丁寧な議論ができますか。政策を4資本に整理したり、そのジレンマ構造をすべての人が理解するのは難しいです。コンセンサス形成を待つ間に災害が起きることも少なくありません。
 「日本は議論ができる社会だと思う。現に家庭では話し合いができている。例えば田舎に残した高齢の母を東京に呼ぶ場面を考える。急に倒れても駆け付けられるよう、命を優先すれば東京に呼んだ方がいい。買い物や通院も負担が小さい。一方で、緑はなく、ご近所とのつながりが絶たれ、知らない土地は気軽に散歩にも行けなくなる。これではコンクリートジャングルの座敷牢に押し込むようなものだ。本当に母は幸せなのか、多くの家庭が悩む問題だ。これは買い物の利便性が生産資本、救急救命が人的資本、環境が自然資本、地縁が社会関係資本にあたる。日本人は極めて難しいトレードオフを夫婦間で話し合っている。〝国〟という単位になるとブラックボックスになるため、議論できる単位に落とすことが重要だ。小学校区や中学校区程度の単位になれば、どんな防災活動ができるか具体的にイメージしやすくなる。自分たちの地域は何を選ぶか議論できるだろう」

 -社会やメディアは実質的に死者ゼロを求めます。未知の大規模災害に対して死者ゼロを実現する手段はないため、目標と手段が乖離していませんか。
 「死傷者の最小化が評価指標になる。EBPMの観点から防災政策はシンプルだ。選べる選択肢の中から最も効果の高い施策を選び、訓練を重ねてより効果を高めるように改善していける。対して教育はどんな人材を育てるか、どう評価するかが多様な価値観がある。目標や評価指標を決めるところで苦労する。防災はシンプルだ。人の命が最優先だ。リスクやコストを明らかにして、具体策をイメージできる単位で議論すれば、PDCA(計画・実行・評価・改善)を回せるはずだ」

 -政策予算全体を俯瞰すると、新施策の乱立が指摘されています。官僚にとって予算の獲得・増額が命題になり、新しい政策を立ち上げても数年で予算を圧縮し、節約分を元手に+αの予算をとって、新しい政策を立ち上げるという流れが常態化しています。結果としてインフラなどの継続投資が必要な分野が痩せていきませんか。
 「メディア政治の弊害だ。テレビや新聞でいかに取り上げられるかが政治家の評価を決める。記者会見でもどこが新しいのかと質問を浴びる。〝インポータント〟よりも〝ニュース〟が重視される。官僚は、政治家にどれだけ知恵を提供したかで評価される。評価されるには何を立ち上げたか、新聞の見出しをとれるかどうかできまる。結果、PDCAがPPPPと、ニュープランが乱立してDCAにたどり着かない。PDCAサイクルが回らない」

 -政府はEBPM(エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング)を掲げますが、実際はポリシーメイキング(政策立案)よりもプロジェクトマネジメント(計画管理)の方が重要だと思います。
 「その通りだ。現在、国政では約一年半ごとに選挙がある。政治家にとって、いつ選挙が来るかわからない状況だ。常在戦場で、常に選挙で勝つことを考える必要がある。より市民ウケする政策しか選べなくなっていく」

 -まれに見る長期政権が実現しています。
 「この競争原理の中で忠実に戦ってきたから勝ち続けられている。政治や選挙も記号消費の対象になってしまった。これは日本のメディアやジャーナリストが専門教育を受けていないことが原因だと考えていた。メディアに見識があれば政治を記号消費するリスクを直視するはずだ。このリスクは1920年代から指摘されている。ただ英国の欧州連合(EU)離脱『ブレグジット』で見方が変わった。メディアがプロ教育を受けている英国でもブレグジットを防げなかった。現代民主主義の抱える根深い問題なのだろう。より市民が自分たちで議論していくことの重要性が増している。メディアリテラシーや有権者教育がより重要になる」
 

(聞き手=小寺貴之)

日刊工業新聞2018年9月19日に加筆

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

防災研究と公共工事、地域での自主活動だけでは限界がある。リスクファクター課税は最終手段だとしても、常識を変えるほどのインパクトを社会に与えることが必要だ。その効果を計りながら次の策を考える。複数の地域で実験できれば理想的だ。防災科学と行動経済学、EBPMの融合領域から新しい防災が生まれると期待される。

関連する記事はこちら

特集