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観光・防災で一石二鳥だけど…進まない無電柱化

コスト低減に知恵が必要
観光・防災で一石二鳥だけど…進まない無電柱化

観光立国を目指す日本にとって無電柱化は避けて通れない(イメージ)

 街中の電柱がなければ見晴らしが良くなったり、地震で電柱が倒れたりするような事故を防げるのでは―。そんな思惑から、国土交通省は2020年度までの3年間で全国約1400キロメートルを無電柱化する計画をまとめた。実現すれば観光と防災の一石二鳥の成果となる。しかし、費用負担の大きさから無電柱化を進めるのは容易ではなさそうだ。

なかなか進まず…官民一丸で加速狙う


 無電柱化はロンドンやパリといった欧州の主要都市や、香港・シンガポールなどアジアの主要都市ではおおむね達成されている。無電柱化が進めば、景観が良くなるほか、災害時の電柱倒壊による災害防止、歩道の快適性確保などが期待できる。

 だが、無電柱化は簡単ではない。日本では86年に無電柱化の動きが始まったものの、無電柱化率は東京23区が8%、大阪市は6%とわずかだ。日本では現在、約3600万本の電柱があり、毎年7万本程度増えているという。

 開始から30年以上が経っても無電柱化が思うように進まないことについて、国交省道路局環境安全・防災課は「コストが高いため」と明快だ。

 1キロメートルの無電柱化には、電柱化の約20倍となる5億3000万円もの費用がかかるとされる。内訳は電力事業者など電線管理者の負担が1億8000万円、地方公共団体や国の負担が3億5000万円だという。

 古河電気工業の小林敬一社長は、「(空中に)電線を張るのと地中に埋めるのではだいぶコストが違う。国や我々(メーカー)の方向感が一つになれば、進み方も早くなる」と期待する。

 住友電気工業は電線の地中化需要が増えれば、埋設用の電力ケーブルやケーブル接続材料の販売が増えると見ている。子会社が手がける受変電装置の販売増や敷設工事の受注増も期待する。これら製品群を需要に応じて提案していく考えだ。

 日本電線工業会も無電柱化について「更新需要が増えると認識している」とする。

 取り組みを加速しようと国交省が4月に策定した「無電柱化推進計画」では、18年度からの3年間で約1400キロメートルの新たな無電柱化の着手を目標に掲げる。

 同計画によると、電線管理者が緊急輸送道路で無電柱化をする際に、新たに取得した電線などにかかる固定資産税を減免する特例措置を講じる。

 さらに、国の直轄国道で道路上空に設置されている電線を撤去して道路地下に埋設した電線などについて、「占用料」の減額措置を実施する。そうした取り組みは地方公共団体にも周知し、同様の減額措置の普及を促進している。

 技術開発も進む。例えば電線を地中に埋める上では、ケーブルの保護管を積み上げる「多条多段配管」が有用とされ、コンパクトに多条配管できるケーブル保護管のニーズが高まっている。

 古河電工は、多条多段配管に適したケーブルの保護管「角型エフレックス」の拡販を狙っている。外形が角形のため、積み重ねやすい。工具を使わずに製品同士を接続できるため、施工の手間が減り、コスト削減に貢献できる。多条多段配管をコンパクトにできる合成樹脂製の多孔管「孔多くん」の拡販も目指す。

 また、東京都は無電柱化のコスト削減に向けた官民会議を開催しており、東京電力パワーグリッドやNTT東日本、東京ガスが参加するなど、模索は続く。

 景観や防災上、必要と認識されながら進まない無電柱化。官民挙げてコスト削減や技術革新の促進とともに、政府はより一層の政策誘導を進め、自治体や事業者を支援する必要がある。

東京都の推進計画―環状7号線内側に重点


 政府の無電柱化施策を受け、地方自治体も独自に推進計画を策定している。東京都は3月に10カ年計画「東京都無電柱化推進計画」をまとめた。全国初の施行となった「東京都無電柱化推進条例」に基づくもの。世田谷区や杉並区、葛飾区などを通る環状7号線の内側を18年度から27年度まで重点的に整備。技術開発を進めることで、整備コストを3分の2に抑える。

 重点対象は、条例施行前から無電柱化を進めてきた東京23区の中央に位置する「センター・コア・エリア」から環状7号線の内側エリアまで拡大した。

 優先的に整備する道路は「歩道幅員が2・5メートル以上」などの条件を満たす全都道で電柱撤去に着手。自治体庁舎や災害拠点病院につながる道路も優先する。

 埋設は電線共同溝方式が基本。コストは1キロメートル当たり5億3000万円とされるが、事業者と連携した技術開発による部品の小型化や埋設の工夫などで、整備コスト3分の1カットを目指す。

「低コストになる手法の確立などが必要」と小池知事

 小池百合子都知事は無電柱化について、「最大のポイントはコストが高いことにある。官民が連携して材料の見直しや低コストになる手法の確立などが必要」と訴える。

 コスト低減のため、都は都市開発諸制度という制度を創設。高層ビルなどの大規模開発に伴い、近隣の道路を無電柱化した場合、建物の容積率を最大200%の割り増しを認めることで、民間による取り組みを後押しする。都内の電柱数は16年度末時点で都道で約5万7000本、区市町村道で約62万9000本となる。

リサイクル業者―廃電線の高値取引に期待


 回収された銅線は歩留まりが高く、高価なリサイクル原料として期待される

 無電柱化の工事の拡大は、廃電線を回収するリサイクル業者にとっては商機だ。電線の導体に使う銅は純度が高く、銅精錬業者などに買い取られて歩留まりの高い原料として再利用されるためだ。

径の太い廃電線は、「(電線を剥離〈はくり〉解体する)剥線機にかけて被覆材をはぎ取れば、市中で高値で取引される」(都内のスクラップ問屋)と、高価なリサイクル原料の発生に関連業社は期待する。

一方、細い廃電線は、剥線機にかけられず処理コストがかかるため、買い手が少なく市中での滞留が課題だ。背景には、これまで受け入れ先となっていた中国が、環境対策のために低品位スクラップの輸入規制を強化していることがある。

このため、「廃線を破砕して被覆材を分別する設備の導入や、前処理をする人員の採用などが必要だ」(同)と対策を急ぐ声も聞こえる。無電柱化の工事は、国内のリサイクル体制の整備を加速させるきっかけにもなりそうだ。

回収された銅線は歩留まりが高く、高価なリサイクル原料として期待される

(文=福沢尚季、大阪・錦織承平、大塚久美、田中明夫)
日刊工業新聞2018年8月15日
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
街の無電柱化は「景観」の観点で長らく議論されているように思います。それでも進まないのは文中にもあるとおり「コスト問題」。東京都では容積率のボーナスで無電柱化を推し進めるようですが、それによって建設された高層ビルが街の景観を悪化させるなんてケースもある気がするので、こうした制度がうまく運用されることを期待します。

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