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甲子園優勝校の監督が説く 選手を変える指導術

名将に聞くコーチングの流儀 #14 花咲徳栄高校・岩井隆氏
 2017年夏、第99回全国高等学校野球選手権大会で埼玉県勢初の優勝を果たした花咲徳栄高校。決勝戦は接戦も予想されたが、蓋を開けると圧倒的な打撃力で勝利を掴んだ。監督の岩井隆氏は、数々のプロ選手を育てた前任の稲垣人司氏のもとで長年コーチを務めた後、稲垣氏の急逝を受け2001年から監督に就任。直後は結果が出ず悩むこともあったが、野球部部長で校長だった佐藤照子氏の言葉をきっかけに、従来のスパルタ式を見直して生徒の自立を促す指導法に変え、甲子園の常連校に。「チーム、仲間のためにできること」をグランドだけでなく教室から意識させることで、個々が自立し、結果を出す強いチームに変身した。多くの人の関心を集める甲子園で優勝した高校のチームづくり、選手育成手法を聞いた。

1人ではなく、皆が一緒だから苦しいことを乗り越えられる


─前監督の急逝を受けて監督になりました。急な就任で苦労もあったと思います。
岩井「稲垣さんがグランドで倒れ、監督代行という肩書きから始めましたが、どうしたらよいかわかりませんでした。コーチ時代はスパルタ式の指導だったし、監督になってからもそうでした。試合に勝とうが負けようがミスをすれば特訓。それでも勝てませんでした」

 「そんなときに亡くなられた佐藤照子校長に呼ばれました。『野球部はいつも試合後半に弱いけれど、どう見てるのか』と聞かれました。私は『もっと追い込んだほうがいい』と答えました。そうしたら烈火の如く怒られました。『あなたはまだ私の生徒を苦しめるのか!』と。

 「佐藤校長は『生徒を走らせなさい』というのです。佐藤校長は野球が好きで野球部の初代部長でしたが、野球経験のない女性です。納得できませんでした。でも校長命令。それから生徒を毎日走らせました。たまたま翌年、箱根駅伝に系列の平成国際大学が出場することになったので、応援に行く機会がありました。私は箱根の上り坂に向かっていく5区の選手を見たときに、『地獄に向かって走るようなものだ。今の野球部の生徒では走る前に逃げてしまう』と思いました。そこで佐藤校長の意図を理解した気がしたのです。」
試合形式の練習では、打席に立つ部員に声を掛け合う


 「こんな苦しいことから逃げずに立ち向かっていけるのは、1人ではなくみんなで一緒だから。一緒だから闘争心だったり我慢強さ、そういうものが身について乗り越えられる。そういうことですか」と佐藤校長に聞いたら、『今頃わかったの』と言われました。

生懸命頑張っている人を必要以上に追い込まない


 ─ミスをしたらミスを認めさせ、責任をとらせるのは普通のことだと思いますが。
 岩井「『お前のミスで負けたらどうすんだ』というのは普通だと思うんですね。でも一生懸命やっている人に対してそれ以上追い込む必要はないわけです。ずっと一生懸命やっている人に対しては、本番は『おまえ1人じゃない。みんながいるから大丈夫だ』と言ってやる。佐藤校長は、あなたの指導は一生懸命だけども、怒るときは怒って『俺が最後の責任を取ってやる』という思いが感じられないと思っていたのだと思います」

 「使う言葉も変わっていったと思います。「絶対勝つぞ」という言い方から「自分の今の力を出し惜しみするな」という言い方になったり。すごく考えるようになりました。スパルタを全部否定するつもりはないんです。スパルタで成長して立派な結果を残している人たちが世の中にはたくさんいますから。ただ、今はそのやり方では生徒に通じない。ではどうするか。生徒を自立させることを考えました。自立の要件は「考え、想像させ、決断する」という3つです。特に想像させることは重要です。一生懸命やることは良いのですが、高校生は視野が狭い。ほかの視点で想像することができないから、周りが見えなくなる。そこを気づかせるのです」
準備や片付けは上級生が中心となって行う。


最後は、できるだけ肯定的な言葉で終わらせる


 ─言葉を工夫して気づかせることでしょうか。
 岩井「最後は肯定的な言葉で終わることを心がけました。人間は最後の言葉しか残らないと思います。だから全員にバカヤローと言っても、「こういうことは経験者が気づくといいな」と自覚を促したりすると、上級生の腹にしっかりと落ちる」

 個別に話すことも増やしています。言い方も自覚を促すようにしています。「俺にはこう見えているが、お前はどう思ってやっているのか」と。『それは無意識か』『無意識だったら怖い。意識しなさい。次に無意識でやっていたら、お前を叱る』というように気づかせるには忍耐が必要です。私自身だいぶ我慢するようになりました。前は『コラァ、何やってるんだ』と言えばよかったから(笑)」

 ─専門のコーチを入れていないのも、気づかせるという意味があるのでしょうか。
 岩井「代わりに生徒をコーチにする学生コーチという仕組みを採用しています。自立のための1つの方法です。学生コーチが指示を出して動くようになれば、生徒が自分たちで動いて組み立てられるので、本当に強くなる。それが理想です」

 「チームでは雑用は下級生はやらないんです。上級生がやる。だから下級生は野球に専念できるんです。新入生なら『なんて良い部に入ったのだろう』と思う。すると花咲愛が生まれ、チームに貢献しようという気持ちが芽生えてくる」

 「部員が150人いるので、誰もがレギュラーになれるわけではありません。試合に出れない生徒も出てくる。その居場所をつくってあげることも大事なんです。試合に出れない生徒にはタイミングをみて、『学生コーチをチームのためにやってくれないか』と言います」

 「貢献の仕方というのは試合に出るだけじゃないわけです。学生コーチになって練習を見てくれたり、グランド整備をやってくれたり、石を拾ってくれたり。それだけでも貢献なんだということがわかってくる。そうやって1人ひとりが自立していくから、周りが見えてチームに貢献する気持ちが生まれ、行動となっていく。レギュラー選手が試合に出れない生徒のぶんもしっかりやろうと思ったとき、花咲のパワーはものすごいものになる。150人のパワーが結集するわけですから」
 
必要なメニューを自分で考え、効果を想像しながら、練習に取り組む


監督や管理者は、現場にとどまらずできるだけ外に出て刺激をもらう


 ─よりしっかり現場で1人ひとりを見ていく必要が出てきますね。
岩井「以前は、毎日グランドに出ることが自分の美学でした。心配と不安でグランドに行きたくなくなることもありましたがそれでも行きました。そうすると、ストレスが溜まって、余裕がなくなって生徒に感情をぶつけてしまう。結局、自分の世界は学校とグランドのせいぜい半径4〜500メートルくらい。自分の視野も広がらないわけです」

 「1人ひとりに目をかけるためにグラウンドに出るだけでなく、指導者自らも積極的に外に出て自分の専門外のことを学ぶべきだと思います。たとえば、先日は、チアリーディングの先生の話を聞く機会があり、彼女は「私は7つ笑顔ができる」と言っていました。元ミス・ユニバースの方に会ったときは「私は5つの立ち姿ができる」と言っていました。そこで言葉だけで表情も仕草も気を使っていかないと、コミュニケーションの質が高まらないということを知るわけです。叱るときは怒った表情をする。ほめるときはほめる表情と仕草をする。こうした新たな発見をするためにも外に出て刺激を得て、学ばないといけません」

 ─岩井監督が考える理想の指導者は。
岩井「私は、教室全体、部員全体に向けて話すことと1人に向き合う話し方を使い分けられる人が理想の指導者だと思います。会社組織で言えば、全社に向けて話すことと個人に向って個性を引き出す話し方が使い分けできる人だと思います。そのために指導者は引き出しを多く持つ必要があります。視野を広く持ち、視点を上から下から、横にも広げる。過去現在未来から見てみる。でも型は変えない。ある茶道の先生に教わったこととして印象に残っていることがあります。“華道や武士道というのは型を教えている”ということです。あの型を崩すと続かない。高校野球も毎年甲子園にあれだけの人が見に来てくれているのは、型がしっかりしているからだと思うのです」

 「私が本当に嬉しいのは勝った負けたではないんです。生徒が変化したときです。声をかけれなかった生徒が周りに声をかけ始めたときや、キャプテンシーがなかったキャプテンがキャプテンシーを持ったときとか。その瞬間を何気ない会話で見られたり、切羽詰まった状況の中で強さを見せたり、そういう変化した瞬間が嬉しい。その小さな変化を引き出すのがコーチングじゃないかと思いますね」
(聞き手=佐藤さとる)

〈私のコーチングの流儀〉考え、想像させ、決断できる力を養う


 自立させることを目的に、全体に対しての接し方、個に対する接し方を切り分けて、生徒に考えさせ、想像させ、判断させることを繰り返すこと。そのための引き出しを持つために、できるだけ外の世界に接することです。

〈略歴〉
いわい たかし
1969年生まれ。川口市立先並中、桐光学園高、東北福祉大を経て花咲徳栄高校の教員に。名将稲垣人司氏のもとで同校野球部のコーチを9年務め、2001年より監督。甲子園の常連校に育て2017年夏の大会で埼玉県勢初の優勝を飾る。

日刊工業新聞工場管理
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
自立の要件は「考え、想像させ、決断する」ことだと説いています。大人でも自分の頭で考え、結果を想像し、判断を下すことが必要です。ビジネスにもそのまま通用する考え方だと思います。

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