バレーボール前日本代表監督・眞鍋政義、女子チームの能力を引き出す秘訣
<名将に聞くコーチングの流儀#09>ヴィクトリーナ姫路GM
どんな不利な条件があっても世界で勝つことができる。それを証明したのが、2012年ロンドン五輪の女子バレーボールだ。長身の選手が軒並みそろう強豪国を相手に、小柄な日本チームが銅メダルに輝いた。28年ぶりの歴史的快挙は、世界で勝つために選手とスタッフが一丸となって独自の戦術を追求してきた成果である。それを08年から指揮したのが眞鍋政義氏。16年に代表監督を退任した後は、バレー界で日本初のプロチーム「ヴィクトリーナ姫路」を設立。ゼネラルマネージャー(GM)に就任し、経営者的立場へ転身した。現在は「姫路から世界へ」をスローガンに、新たな目標に向かって挑戦する。その原動力は、常に前向き姿勢で取り組む“ポジティブ思考”という眞鍋GMに、強いチームを育てる秘訣を聞いた。
─監督時代でコーチングの核にしてきたことは何ですか。
眞鍋「08年に全日本女子バレーの監督に就任してから初めに取り組んだことは組織改革でした。それは、選手、スタッフを含めた総勢30〜40人が「チームジャパン」となって戦うこと。全員が同じ目標に向かって戦うためには、一致団結しなければ勝てません。何でも意見を言い合える風通しの良いチームに変えていきました。そして、目標をどこに設定するか。その目標を達成するためには何をするべきか。最終目標に向かって逆算方式でやるべきことを設定していきました」
─“逆算”で目標を設定するとは。
眞鍋「08年から12年の4年間の最大の目標はロンドン五輪でメダルを取ること。それを成し遂げるためには五輪の前年(11年)に開催されるワールドカップで3位以内の成績をおさめること。3位以内になれば五輪出場権を得られます。そのためには10年の世界選手権で表彰台に上ること。このように逆算方式で中長期的な目標を立て、それを1つずつクリアするためにチームとしての目標、個人の目標に落とし込み、一番大きな目標へと徐々に近づけていきました」
「目標設定で最も重要かつ難しいのは現状把握です。これを間違えてしまうと、目標設定も狂ってしまいます。そこでデータや数字を活かして冷静に分析しました」
─試合中はタブレットを片手に指示する姿が印象的でした。
眞鍋「バレーボールは試合中に監督がコートの横に近づいて指示を出せる、ほかの競技に比べると自由度の高いスポーツ。そこで、戦術別にコーチそれぞれにPCを持たせて、リアルタイムでデータを収集するようにしました。背が低い日本チームは、背の高い他国と同じ戦い方をしていては絶対に勝てません。バレーボールにとって、背が低いことは圧倒的に不利。平均5cm違うと腕の長さは倍違う。
「しかし、身長はどうやっても解決することができません。世界と同じことをやっても絶対に勝てないことを大前提に、日本のオリジナルの練習法や戦術を追求しました。その1つがデータ戦略です」
─“オールジャパン”として1つに導くためにされてきたことは何でしょうか。
眞鍋「実際に試合で戦う選手は6人ですが、控えの選手やスタッフを含めて1つのチーム。それをまとめていくために必要なのは、コミュニケーションに尽きます。相手の心を開くには、まずは監督自らが真摯に心のドアを開いてみせること。ときには自分の失敗談も話してみたり、素直な気持ちで伝えました。すると相手もわかってくれます」
「そして、ものを言うときは上から目線で話すのは絶対に禁物。同じ目線で同じ方向を向いてコミュニケーションすることが大切です。特に女性に対しては気配りしながら平等に接することに心がけました」
─選手同士のコミュニケーションはどうですか。
眞鍋「選手の中ではセッターの竹下佳江(現ヴィクトリーナ姫路監督)、リベロの佐野優子のベテランが若い選手のいい手本になってくれました。竹下は自分にもストイックですが、若手たちを指導してチームをまとめてくれました。佐野は職人タイプで人一倍練習に励みます。その姿を若手が見て目標にしていました」
─選手を支えるスタッフたちとのコミュニケーション面での工夫は。
眞鍋「コーチ陣とは毎日、1日の練習と作業が終わった後にスタッフミーティングを行いました。ビールを飲みながら、その日あった出来事を話し合います。すると、調子の良い選手、悪い選手の情報をみんなで共有できて、その情報をもとに翌日の練習メニューに反映することができます。また注目選手に取材がいきがちですが、コーチへの取材も積極的に働きかけました。スタッフのモチベーションを高める作戦です。監督はモチベーター的存在なのです」
─銅メダル獲得後は注目もプレッシャーもより強くなったと思います。
眞鍋「私は“プレッシャー”という言葉が大好き。プレッシャーのない試合に勝っても楽しくありません。緊張感があればあるほど、勝ったときの達成感は大きい。しかし、新しいことに挑戦するときはリスクを負います。すぐに成功しません。失敗は付き物で、「これで本当にいいのか」と悩むこともあります。ネガティブになる気持ちを、自分やチームを信じてポジティブな思考に変えられるか、感情のコントロールが重要になってきます。そのときに『五輪でメダルをとる』という目標を達成するために挑戦しているのだと、改めて原点に立ち返るのです」
─ポジティブ思考を持つためには。
眞鍋「考え方次第です。バレーや野球、ゴルフ、テニスなどの競技はプレーが終わると集まる時間があり、“間がある”スポーツと言われます。つまり、自分で考える時間がある。このときに何を考えるか。マイナス思考になると絶対勝てません。私はプラスに考えます。もし前半戦で失敗してしまったら、『よかった!まだ試合の前半だ。ラッキー!』、試合に負けてしまったら『よかった!まだ五輪前だ。反省しよう』と。気持ちの切り替えが大切。しかし、女性は特にネガティブな思考になってしまいがち。メンタルトレーニングにも取り組みましたがなかなか難しいですね」
─長年、女子チームを指揮されてきましたが、女性の能力を引き出す秘訣とは。
眞鍋「男性と女性で異なることは、団結したときの力。たとえば、男性は嫌いな上司に言われても従って動きますが、女性は嫌いな上司の下では「はい」と笑顔で答えながらも気持ちのどこかで100%の力を発揮しない傾向があります。逆に、「この上司のためなら」とか「この職場のために」という思いで1つにまとまったとき、男性よりはるかに大きく、計り知れない力を発揮します。企業で女性活躍の推進を目指すなら、この女性のパワーに着目することをお勧めします。女性をうまく活用することが会社のためになるのです」
「やはりコミュニケーションが大事。こまめに気配ること、小さなことにも気づいてあげることです。特に人間関係を良好に保つことに心がけています。人間関係のストレスは試合にも影響します」森永乳業と共同開催したバレー教室 子供たちを真鍋GMやオリンピアンたちが直接指導する Victorina Co.,Ltd Photo by ism
─ヴィクトリーナ姫路のGMに就任されてから1年になります。現在の目標とは。
眞鍋「ヴィクトリーナ姫路は国内初のプロチームで前例がないので、どこもやっていないことを試行錯誤しながら自分たちでつくっていかなければなりません。私はチャレンジが大好きなので、今は楽しいです。日本一になることが目標。そして、姫路から日本代表を輩出し、世界に挑戦していきたい。われわれが頑張ることでバレー界を活性していきたいです」
─チームスポーツとモノづくりは共通点があると思います。
眞鍋「バレーボールは1人目が失敗したら、2人目が助け、2人目が失敗してしまったら次の3人目が助ける。つまり、人から人へパスをつないでいく助け合いのスポーツ。次の人へパスをするときはぁ『お願いします』という気持ちで愛情を込めたパスでなければ、決定打になりません。それはモノづくりでもきっと同じでしょう。1人ひとりが愛情を込めてつくらなければ、良いものはできないと思います」
(聞き手=永井裕子)
勝つためには試合環境など本番を想定して入念な準備をすること。当時は“準備の眞鍋”とも言われていました(笑)。気持ちを込めて相手にていねいにパスすることも準備の1つです。
〈略歴〉
まなべ まさよし
1963年、兵庫県姫路市生まれ。大阪商業大学卒業後、新日本製鐵(現、堺ブレイザーズ)に入社。日本リーグ(現、Vリーグ)ではセッターとして数々のタイトルを獲得。85〜2003年、全日本代表。88年にはソウル五輪にも出場した。05年に現役引退、同年女子の久光製薬スプリングス監督に就任、09年から全日本女子代表の指揮を執り、12年ロンドン五輪で銅メダルに導いた。16年リオデジャネイロ五輪後に代表監督を退任し、同年12月、ヴィクトリーナ姫路(㈱姫路ヴィクトリーナ)のゼネラルマネージャーに就任。>
逆算方式で目標設定 世界で勝つための独自の戦術
─監督時代でコーチングの核にしてきたことは何ですか。
眞鍋「08年に全日本女子バレーの監督に就任してから初めに取り組んだことは組織改革でした。それは、選手、スタッフを含めた総勢30〜40人が「チームジャパン」となって戦うこと。全員が同じ目標に向かって戦うためには、一致団結しなければ勝てません。何でも意見を言い合える風通しの良いチームに変えていきました。そして、目標をどこに設定するか。その目標を達成するためには何をするべきか。最終目標に向かって逆算方式でやるべきことを設定していきました」
─“逆算”で目標を設定するとは。
眞鍋「08年から12年の4年間の最大の目標はロンドン五輪でメダルを取ること。それを成し遂げるためには五輪の前年(11年)に開催されるワールドカップで3位以内の成績をおさめること。3位以内になれば五輪出場権を得られます。そのためには10年の世界選手権で表彰台に上ること。このように逆算方式で中長期的な目標を立て、それを1つずつクリアするためにチームとしての目標、個人の目標に落とし込み、一番大きな目標へと徐々に近づけていきました」
「目標設定で最も重要かつ難しいのは現状把握です。これを間違えてしまうと、目標設定も狂ってしまいます。そこでデータや数字を活かして冷静に分析しました」
─試合中はタブレットを片手に指示する姿が印象的でした。
眞鍋「バレーボールは試合中に監督がコートの横に近づいて指示を出せる、ほかの競技に比べると自由度の高いスポーツ。そこで、戦術別にコーチそれぞれにPCを持たせて、リアルタイムでデータを収集するようにしました。背が低い日本チームは、背の高い他国と同じ戦い方をしていては絶対に勝てません。バレーボールにとって、背が低いことは圧倒的に不利。平均5cm違うと腕の長さは倍違う。
「しかし、身長はどうやっても解決することができません。世界と同じことをやっても絶対に勝てないことを大前提に、日本のオリジナルの練習法や戦術を追求しました。その1つがデータ戦略です」
相手の心を開きたいなら、まずは自ら心を開く
─“オールジャパン”として1つに導くためにされてきたことは何でしょうか。
眞鍋「実際に試合で戦う選手は6人ですが、控えの選手やスタッフを含めて1つのチーム。それをまとめていくために必要なのは、コミュニケーションに尽きます。相手の心を開くには、まずは監督自らが真摯に心のドアを開いてみせること。ときには自分の失敗談も話してみたり、素直な気持ちで伝えました。すると相手もわかってくれます」
「そして、ものを言うときは上から目線で話すのは絶対に禁物。同じ目線で同じ方向を向いてコミュニケーションすることが大切です。特に女性に対しては気配りしながら平等に接することに心がけました」
─選手同士のコミュニケーションはどうですか。
眞鍋「選手の中ではセッターの竹下佳江(現ヴィクトリーナ姫路監督)、リベロの佐野優子のベテランが若い選手のいい手本になってくれました。竹下は自分にもストイックですが、若手たちを指導してチームをまとめてくれました。佐野は職人タイプで人一倍練習に励みます。その姿を若手が見て目標にしていました」
─選手を支えるスタッフたちとのコミュニケーション面での工夫は。
眞鍋「コーチ陣とは毎日、1日の練習と作業が終わった後にスタッフミーティングを行いました。ビールを飲みながら、その日あった出来事を話し合います。すると、調子の良い選手、悪い選手の情報をみんなで共有できて、その情報をもとに翌日の練習メニューに反映することができます。また注目選手に取材がいきがちですが、コーチへの取材も積極的に働きかけました。スタッフのモチベーションを高める作戦です。監督はモチベーター的存在なのです」
ポジティブ思考が勝利を引き寄せる
─銅メダル獲得後は注目もプレッシャーもより強くなったと思います。
眞鍋「私は“プレッシャー”という言葉が大好き。プレッシャーのない試合に勝っても楽しくありません。緊張感があればあるほど、勝ったときの達成感は大きい。しかし、新しいことに挑戦するときはリスクを負います。すぐに成功しません。失敗は付き物で、「これで本当にいいのか」と悩むこともあります。ネガティブになる気持ちを、自分やチームを信じてポジティブな思考に変えられるか、感情のコントロールが重要になってきます。そのときに『五輪でメダルをとる』という目標を達成するために挑戦しているのだと、改めて原点に立ち返るのです」
─ポジティブ思考を持つためには。
眞鍋「考え方次第です。バレーや野球、ゴルフ、テニスなどの競技はプレーが終わると集まる時間があり、“間がある”スポーツと言われます。つまり、自分で考える時間がある。このときに何を考えるか。マイナス思考になると絶対勝てません。私はプラスに考えます。もし前半戦で失敗してしまったら、『よかった!まだ試合の前半だ。ラッキー!』、試合に負けてしまったら『よかった!まだ五輪前だ。反省しよう』と。気持ちの切り替えが大切。しかし、女性は特にネガティブな思考になってしまいがち。メンタルトレーニングにも取り組みましたがなかなか難しいですね」
一致団結したときの女性パワーは無限大
─長年、女子チームを指揮されてきましたが、女性の能力を引き出す秘訣とは。
眞鍋「男性と女性で異なることは、団結したときの力。たとえば、男性は嫌いな上司に言われても従って動きますが、女性は嫌いな上司の下では「はい」と笑顔で答えながらも気持ちのどこかで100%の力を発揮しない傾向があります。逆に、「この上司のためなら」とか「この職場のために」という思いで1つにまとまったとき、男性よりはるかに大きく、計り知れない力を発揮します。企業で女性活躍の推進を目指すなら、この女性のパワーに着目することをお勧めします。女性をうまく活用することが会社のためになるのです」
「やはりコミュニケーションが大事。こまめに気配ること、小さなことにも気づいてあげることです。特に人間関係を良好に保つことに心がけています。人間関係のストレスは試合にも影響します」森永乳業と共同開催したバレー教室 子供たちを真鍋GMやオリンピアンたちが直接指導する Victorina Co.,Ltd Photo by ism
人と人がつながり、助け合う
─ヴィクトリーナ姫路のGMに就任されてから1年になります。現在の目標とは。
眞鍋「ヴィクトリーナ姫路は国内初のプロチームで前例がないので、どこもやっていないことを試行錯誤しながら自分たちでつくっていかなければなりません。私はチャレンジが大好きなので、今は楽しいです。日本一になることが目標。そして、姫路から日本代表を輩出し、世界に挑戦していきたい。われわれが頑張ることでバレー界を活性していきたいです」
─チームスポーツとモノづくりは共通点があると思います。
眞鍋「バレーボールは1人目が失敗したら、2人目が助け、2人目が失敗してしまったら次の3人目が助ける。つまり、人から人へパスをつないでいく助け合いのスポーツ。次の人へパスをするときはぁ『お願いします』という気持ちで愛情を込めたパスでなければ、決定打になりません。それはモノづくりでもきっと同じでしょう。1人ひとりが愛情を込めてつくらなければ、良いものはできないと思います」
(聞き手=永井裕子)
〈私のコーチングの流儀〉準備力
勝つためには試合環境など本番を想定して入念な準備をすること。当時は“準備の眞鍋”とも言われていました(笑)。気持ちを込めて相手にていねいにパスすることも準備の1つです。
まなべ まさよし
1963年、兵庫県姫路市生まれ。大阪商業大学卒業後、新日本製鐵(現、堺ブレイザーズ)に入社。日本リーグ(現、Vリーグ)ではセッターとして数々のタイトルを獲得。85〜2003年、全日本代表。88年にはソウル五輪にも出場した。05年に現役引退、同年女子の久光製薬スプリングス監督に就任、09年から全日本女子代表の指揮を執り、12年ロンドン五輪で銅メダルに導いた。16年リオデジャネイロ五輪後に代表監督を退任し、同年12月、ヴィクトリーナ姫路(㈱姫路ヴィクトリーナ)のゼネラルマネージャーに就任。>
日刊工業新聞「工場管理2017年12月号」