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鈴鹿8耐3連覇中! メンバーをその気にさせる秘訣

名将に聞くコーチングの流儀#13 YAMAHA FACTORY RACING TEAM監督・吉川 和多留氏
 毎年夏に鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催される日本最大のオートバイレース、鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)。文字通り、8時間も走り続けて勝敗を競うことから、ライダーの技量だけでなく、マシンの開発や整備に必要な技術、そして何よりもレース運びやチームワークを最大限に発揮させる総合力が求められる。そんな厳しい戦いで、2015年から3連覇を続けているのがYAMAHA FACTORY RACING TEAMだ。監督を務める吉川和多留氏は全日本ロードレース選手権スーパーバイククラスで2度のチャンピオンに輝いた日本を代表するオートバイレーサーの1人だったが、現役時代からマシンの開発に参加するなど、マネジメント能力が高く買われていた。新たな名将誕生と期待される吉川監督に、多様なメンバーのいるチームを統べる方法について聞いた。

ライダーとスタッフの混成チーム


 ─レーシングチームの監督は主にどんな仕事をするのですか。
 吉川「全日本ロードレース選手権のJSB1000クラスに参戦しているのが、YAMAHA FACTORY RACING TEAMです。私は2人のライダーに加えて、11人の専属メカニック、そしてヤマハ発動機から派遣されるスタッフなどを加えた総勢20人ほどのチームの運営を任されています」
レース前、ライダーとレースプランの確認を行う


 「マシンの技術面に関してはプロであるメカニックやエンジニアに任せますが、彼らとライダーの間で正しく意思の疎通ができるように図り、レースごとに最高の状態に仕上げていくのが私の役目だと思っています」

 ─参戦しているレースについて教えてください。
 「吉川「JSB1000とはジャパンスーパーバイク1000の略で、4ストローク・600〜1,000ccの公道用一般市販バイクをベースにしたレース専用マシンで競う国内最高峰の2輪ロードレースです。日本独自のカテゴリーですが、マシンのレギュレーションはFIM世界耐久選手権に準じたものになっています。その中の1戦でもある鈴鹿8耐にエントリーするチームが多く、JSB1000と鈴鹿8耐の優勝を目指しています。
 監督に就任した2015年からJSB1000は2連覇、鈴鹿8耐は3連覇という快挙を成し遂げました」

監督はみんなが歩調を合わせるための調整役


 ─自身も全日本ロードレースでチャンピオン経験があります。ライダーの立場と監督の立場を経験して気がついたことはありますか。
 吉川「ライダーは常に事故の危険性があり、一戦一戦に命をかけています。そんな厳しい状況の中、少しでも速くバイクを走らせ、ライバルより先にゴールインするには強い精神力が必要です。このため、ある意味、自己中心的な性格のほうがよく、協調性とか仲間意識といったものは必ずしも必要ありません」

 「一方、監督はさまざまな役目を持ったメンバーをまとめ、チームとしての方向付けをしながら最大限に力を発揮させるのが仕事ですから、まったく違いますね」

 「私の場合はレースに出ていたころからヤマハの開発ライダーをしていましたし、引退後もアドバイザーやスタッフとしてチーム運営に携わってきたので、変わったキャリアだと思います。もし「俺が俺が」といったタイプだったらライダーとしてもっと成功していたかもしれません」
 


 ─開発ライダーとはどんな役割ですか。
 吉川「レースマシンの開発作業にライダーとして参加し、試乗しながらアドバイスを行います。実際に走ってみて感じたことを伝えます。さらに性能が向上できるように、エンジニアが技術的に解決できるように翻訳して伝えます。メカに関する知識とコミュニケーション能力が必要です」

 ─そのときの経験が今の仕事でも活かされているのですね。
 吉川「情報整理こそがチームの要である監督の重要な役目です。たとえば、走行中に「こんな条件のときに加速しにくい」といった報告がライダーからあったとします。その場合、原因はマシンにあるのか、走り方の問題なのか判断し、マシンで解決できるならメカニックに的確な指示を出さなければなりません」

 「先頭を歩いてみんなを率いるというより、チームの中心にいて、みんなが歩調を合わせられるように努めるイメージです。ですから、意見を交換し合う場面では自分が率先して口を開き、ムードメーカー的な役割を果たしています」

叱り役となだめ役の両方が必要


 ─チームの特徴を教えてください。
 吉川「古いメンバーが多く、「ヤマハのスタッフはアラフォーばかり」などと揶揄されることもあるのですが、おかげで気心が知れており、和気あいあいとした良い雰囲気ですね。ただし、レースを戦っていく以上、負けが続けばニコニコとばかりはしていられません。そんなときにも和が乱れないようにすることが大事です」

 「技術スタッフには私より年上の大ベテランが2人いるので、メカニックへの指導は任せてしまっています。そしてライダーを束ねる私との3人体制でチームをまとめるのです」
 何でも1人ではできないというのもありますが、まとめる人が複数いるとそれぞれの役割分担ができてくるので有効です。厳しく接するのは2人の大ベテランの役目で、私はやさしくなだめる係ですね。叱るだけでもほめるだけでも人は伸びませんから、組織運営にはこのような集団指導体制が必要です」
レース後は選手の家族とも喜びをわかち合う


─ライダーへの接し方で気をつけていることは。
吉川[今シーズンは36歳の中須賀克行と22歳の野左根航汰というコンビで参戦しています。中須賀選手はJSB1000で7度もチャンピオンに輝く日本を代表するライダーであり、一方、野左根選手は昨シーズン初めて優勝を経験した期待の星です。経験や実力の近い複数のライダーを競わせて好成績を狙う戦略のチームもありますが、私はタイプの違うライダーを組ませることで、多様なレースに対応していこうと考えました]

 「先輩が後輩を育ててくれるという点にも期待しています。野左根選手は中須賀選手を兄貴分として慕っていますから、良いところをどんどん吸収してくれるはずです。ただ、レースにおいては2人のあいだに上下関係は持たせていません。ライダーですから常に優勝を目指し、貪欲に勝ちにいってほしいですね」

おとなしい子をその気にさせる


 ─メカニックを含めた若いスタッフの育て方に関して工夫していることはありますか。
 吉川「今の子は表面的にはものわかりがよく、素直ですが、少しおとなしすぎるようには感じます。だから、仕事と成功を関連づけながら、自信を持たせていくことが大事だと思っています」

 「待っていてもだめなので、壁をつくらず、こちらから積極的に話しかけるようにしています。おとなしそうに見えてもちゃんと考えているのですから、「何かあった?」と声をかけるだけで目の色が変わってくるものです」

 ─自分自身で役割に気づかせるのですね。
 吉川「昨シーズンの初戦は2台とも転倒して、リタイヤするという不甲斐ない結果となり、チームは暗いムードに包まれました。しかし、落ち込んでいても前には進めないので、レース中にマシンから送られてくるデータなどを検討しながら、ライダーとメカニック全員で原因の追求にあたったのです。それぞれが意見を言う中で解決策が見つかったのですから、やはり、すべてのメンバーの力を信じることが大切なのでしょう」

 ─そういった話し合いを監督はどういう意識で眺めているのですか。
 吉川「みんなは「次のレースで勝つにはどうしたらいいか?』というテーマで意見を出し合っていたとしても、私やベテランスタッフが『今シーズンをどう戦うか?』あるいは『来シーズン以降はどうするか?』といった長中期的な戦略も意識しながら、全体の方向をリードしていきます」
 
 ─なかなか解決策が見つからないときは。
 吉川「飲みに行くぞ!」と誘い、雰囲気を変えるときも多いですね。そうすることで頭の中がシャッフルされますし、年齢や経験に関係なく意見が言えるので、良い結果に結びつきます。 監督になったとき、一回りも違う若い世代を率いることになることから、リーダー論に関する本をたくさん読みました。ただ、すべてに役立つ本はないので、それらをヒントに自分なりの方法論を確立する必要があると感じました」

 「なんでこんな大役を引き受けちゃったのだろう」という思いが8割、「うまくいって楽しい」という思いが2割といったところで、まだまだ自信はありません。しかし、少しでも楽しいところがあれば希望は持てます。今はその比率を少しでも上げていきたいと考えています」

(聞き手=石川憲二)

〈私のコーチングの流儀〉継承と変化をはっきりさせる


どんな組織でも守るべきことがあると思います。伝統を確実に継承するのも監督の責任です。一方で、改善するところを変えるのも責務なのです。方針を明確にし、メンバーたちにわかってもらうことが大事です。継承と変化のバランスを上手にとることが強い組織をつくると信じています。
 
〈略歴〉
よしかわ わたる
1968年東京都生まれ。ライダーとして90年に国内A級SP750チャンピオンを獲得、翌年から全日本ロードレース選手権TT-F1クラスにフル参戦。94年と99年にスーパーバイクのチャンピオンに輝いた。一貫してヤマハのマシンに乗り続け、現役を引退後もチーム運営に携わってきた。2015年に監督に就任。
日刊工業新聞「工場管理2018年5月号」」
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
吉川氏曰く「今の子は表面的にはものわかりがよく、素直ですが、少しおとなしすぎるようには感じます」。全く同感です。成功体験を積ませつつ、褒めて伸ばしていくしかないのでしょう。褒められたことより、けなされたことの方が百倍多いおじさん世代には難題ですが、時代は変わったのです。リーダー論に関する本をいくら読んでも、答えは出ない。自分なりのやり方を模索して見つけていくことが必要だと感じました。煮詰まったときは、年齢や立場を越えて腹を割って話す機会を設けたほうがよさそうです。

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