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社会言語学者が驚いた、SNSが生み出した新しいことばの動き
東洋大学文学部・三宅和子教授に聞く
言葉はいつの時代も変化してきた。デジタル化が進展した社会環境の中での会話やコミュニケーションの移り変わりを、東洋大学で社会言語学を研究する三宅和子教授に聞いた。
―スマートフォンや会員制交流サイト(SNS)の普及によってコミュニケーションはどう変化してきたと思いますか。
「若者のコミュニケーションツールは今やほとんどが(対話アプリの)LINE(ライン)だ。その意味では対面や音声でのコミュニケーションなどに必要な(声色や身ぶりなどの)パラ言語を駆使しなくても良くなった。また、ラインは相互のことばのやり取りによってコミュニケーションが構築される」
―ことばの使い方に変化はありますか。
「若者はラインで頻繁にことばのやりとりをしていることもあり、ウイットが効いているなど文字の使い方のスキルは高くなっていると思う。また、若者はラインのやりとりにおいて言葉を短くする。例えば『了解』は『りょ』になり、『り』になった。その言葉がリアルのコミュニケーションでも使われるようになっている。文字の影響が強くなり、話し言葉に影響を与えているのは新しい動きだろう」
―ラインによる学生のやりとりを研究して驚いたことがあったそうですね。
「ラインで友達にアンケートの回答を依頼するという課題を学生に与えたのだが、ほとんどの学生は一つ目の吹き出しが非常に長かった。アンケートの内容なども記載して回答をお願いしていた。日本人は依頼する際に『ちょっといいかな』や『お願いがあるのだけれど』などまずお伺いを立てる。そこで相手の反応を見てから本題に入り成立させるという研究報告がたくさんある。それとは異なる結果で驚いた。学生のうち留学生の2人は日本人をまねしようとして一昔前の(お伺いを立ててからお願いする)パターンだったのが印象的だった」
―その結果になったのはなぜでしょうか。
「ラインはたとえ1週間やりとりをしていなくても常に相手とつながっている感覚があるので前置きは不要ということだ。それに送信者は受信者が(返信するかどうかやそのタイミングなど)自分で選べることを認識しているため、お伺いを立てる必要がないと考えているのだろう」
―デジタルによるコミュニケーションが活発になった分、若者の対面によるコミュニケーションの力は下がったのでしょうか。
「相手のことばに即応したり、表情を読み取ったりする対人関係の力は醸成されにくくなったと言える。昔から大学生は就職活動を始める際に敬語の正しい使い方などを練習するが、練習すべき範囲が広がった。また、ラインなどSNSによるコミュニケーションはお互いに知っていたり、価値観の合ったりする相手とのやりとりが中心だ。このため価値観や世代が異なる人に理解してもらうことに対して敏感ではなくなったと感じる」
―三宅教授のご指摘を踏まえて「デジタル時代の国語力」を考えたとき、価値観の違う相手のことを理解してことばを使う力が特に求められると感じます。
「相手を理解した上で相手が理解できるように言葉を伝える力の重要性はいつの時代も変わらない。コミュニティーが異なれば考え方や言葉の使い方が異なる人がいる。それはマルバツで評価するものではない。多様な考え方を理解してコミュニケーションを取るということは社会人として最も大事だ」
―携帯メールでは「絵文字」を使ったやりとりが誕生し、LINEでは「スタンプ」が登場しました。これはデジタルが生み出した新しい文化でしょうか。
「むしろ日本語の文化が発展した形だと思う。日本人は文字で遊んだり、文字と絵を融合させたりする。古来の文化だ。文字と絵は切り離して把握されていたのではなく、絵は文字と同様に情報を伝達する手段の一部として機能していた。絵文字やスタンプもその流れの中で生まれたものだろう」
―文字と絵が融合した歴史上の作品にどのようなものがありますか。
「例えば(江戸時代の浮世絵師である)歌川豊国が(戯作者である)山東京山の原作に絵をつけている作品に『教草女房形気』がある。絵を中心に余白がほとんどないよう文字を配しており、文字は情報を伝える以上の絵画的な機能を有している。文字と絵の融合により一つの作品がつくられ、相互に切り離せない関係にある」
―なぜ古来、日本語は絵と文字が融合していたのでしょうか。
「絵や文字に自分たちの情感を乗せているのだろう。『目は口ほどに物を言う』ということわざがあるが、ことばではすべて伝えない方がいいという日本人の感覚が影響しているのかもしれない」
―スマートフォンや会員制交流サイト(SNS)の普及によってコミュニケーションはどう変化してきたと思いますか。
「若者のコミュニケーションツールは今やほとんどが(対話アプリの)LINE(ライン)だ。その意味では対面や音声でのコミュニケーションなどに必要な(声色や身ぶりなどの)パラ言語を駆使しなくても良くなった。また、ラインは相互のことばのやり取りによってコミュニケーションが構築される」
―ことばの使い方に変化はありますか。
「若者はラインで頻繁にことばのやりとりをしていることもあり、ウイットが効いているなど文字の使い方のスキルは高くなっていると思う。また、若者はラインのやりとりにおいて言葉を短くする。例えば『了解』は『りょ』になり、『り』になった。その言葉がリアルのコミュニケーションでも使われるようになっている。文字の影響が強くなり、話し言葉に影響を与えているのは新しい動きだろう」
―ラインによる学生のやりとりを研究して驚いたことがあったそうですね。
「ラインで友達にアンケートの回答を依頼するという課題を学生に与えたのだが、ほとんどの学生は一つ目の吹き出しが非常に長かった。アンケートの内容なども記載して回答をお願いしていた。日本人は依頼する際に『ちょっといいかな』や『お願いがあるのだけれど』などまずお伺いを立てる。そこで相手の反応を見てから本題に入り成立させるという研究報告がたくさんある。それとは異なる結果で驚いた。学生のうち留学生の2人は日本人をまねしようとして一昔前の(お伺いを立ててからお願いする)パターンだったのが印象的だった」
―その結果になったのはなぜでしょうか。
「ラインはたとえ1週間やりとりをしていなくても常に相手とつながっている感覚があるので前置きは不要ということだ。それに送信者は受信者が(返信するかどうかやそのタイミングなど)自分で選べることを認識しているため、お伺いを立てる必要がないと考えているのだろう」
―デジタルによるコミュニケーションが活発になった分、若者の対面によるコミュニケーションの力は下がったのでしょうか。
「相手のことばに即応したり、表情を読み取ったりする対人関係の力は醸成されにくくなったと言える。昔から大学生は就職活動を始める際に敬語の正しい使い方などを練習するが、練習すべき範囲が広がった。また、ラインなどSNSによるコミュニケーションはお互いに知っていたり、価値観の合ったりする相手とのやりとりが中心だ。このため価値観や世代が異なる人に理解してもらうことに対して敏感ではなくなったと感じる」
―三宅教授のご指摘を踏まえて「デジタル時代の国語力」を考えたとき、価値観の違う相手のことを理解してことばを使う力が特に求められると感じます。
「相手を理解した上で相手が理解できるように言葉を伝える力の重要性はいつの時代も変わらない。コミュニティーが異なれば考え方や言葉の使い方が異なる人がいる。それはマルバツで評価するものではない。多様な考え方を理解してコミュニケーションを取るということは社会人として最も大事だ」
LINEスタンプは日本語文化の発展系
―携帯メールでは「絵文字」を使ったやりとりが誕生し、LINEでは「スタンプ」が登場しました。これはデジタルが生み出した新しい文化でしょうか。
「むしろ日本語の文化が発展した形だと思う。日本人は文字で遊んだり、文字と絵を融合させたりする。古来の文化だ。文字と絵は切り離して把握されていたのではなく、絵は文字と同様に情報を伝達する手段の一部として機能していた。絵文字やスタンプもその流れの中で生まれたものだろう」
―文字と絵が融合した歴史上の作品にどのようなものがありますか。
「例えば(江戸時代の浮世絵師である)歌川豊国が(戯作者である)山東京山の原作に絵をつけている作品に『教草女房形気』がある。絵を中心に余白がほとんどないよう文字を配しており、文字は情報を伝える以上の絵画的な機能を有している。文字と絵の融合により一つの作品がつくられ、相互に切り離せない関係にある」
―なぜ古来、日本語は絵と文字が融合していたのでしょうか。
「絵や文字に自分たちの情感を乗せているのだろう。『目は口ほどに物を言う』ということわざがあるが、ことばではすべて伝えない方がいいという日本人の感覚が影響しているのかもしれない」
【略歴】 みやけ・かずこ 福岡県出身。博士(文学)。1992年筑波大院地域研究研究科修了。編集者などを経て英国バッキンガム大学で日本語教育に着手。東洋大短期大学などを経て04年より東洋大文学部教授。専門は日本語学、社会言語学。「語用論」「メディアとことば」「移動」をキーワードに研究している。主な著書に『日本語の対人関係把握と配慮言語行動』、『メディアとことば』(共編)『移動とことば』(共編)などがある。
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