夏でもエアコンいらず、シロアリの塚に“未来の建築”がある
<情報工場 「読学」のススメ#57>『生物模倣』(アミーナ・カーン 著/松浦 俊輔 訳
**土と排泄物でできた構造物が「呼吸」をする
これまでの常識をくつがえす異常な猛暑が続いている。集中豪雨が頻繁にあることも考えると、日本は限りなく亜熱帯に近づいていると言ってもよさそうだ。
地球温暖化をこれ以上進行させない努力は必要だろう。ただし一方で、身の回りの生活環境を気候の変化に適応させる工夫も、もちろん求められる。
たとえば「衣・食・住」の「衣」に関して、熱中症対策として素材を工夫し通気性を高めた服などが出回っている。扇風機を内蔵した作業着なども話題だ。
「住」はどうだろう。空気の循環で自然冷却が可能なエコロジーハウスならば、いろいろな様式のものがすでに登場している。だが、すぐにいま住んでいる家を建て替えたり、購入したりできる人は限られる。普通の人が「住」の対策としてできるのは、せいぜいエアコンを買い換えるぐらいだろうか。
でも、気候の変化に応じて、自分の家を簡単に造り替えられたとしたら、どんなにいいだろう。
それを実現するヒントが『生物模倣』(作品社)の中にあった。同書は、生物が有する優れた機能やデザインを工業製品など人工的な技術に応用する「生物模倣技術(バイオミミクリー、あるいはバイオミメティクス)」の最前線を追ったルポルタージュ。著者のアミーナ・カーン氏は、米国「ロサンゼルス・タイムズ」紙のサイエンスライターだ。
同書にはコウイカの皮膚やクジラのひれの応用など、興味深い事例が多数取り上げられている。「住」をめぐるテーマについて応用が期待されているのは「シロアリの塚」である。
シロアリの塚といっても、「ああ、あれね」とすぐにイメージできる日本人は少ないかもしれない。気になる人はグーグルで画像検索してみてほしい。奇岩のような外観だが、シロアリが土や自らの排泄物を使って“建築”したユニークな構造物で、熱帯地方や乾燥地には数メートルの高さに達するものも造られているという。
現存する「シロアリの塚」の応用例として知られているのは、アフリカ南部のジンバブエの首都ハラレにある「イーストゲート・センター」だろう。1街区の半分を占める8階建ての構造物で、建築家のミック・ピアースが設計し、1996年に完成した。
ピアースによると、この建築物は、シロアリの塚の持つ温度調節機能を模倣している。シロアリの塚の内部には、たくさんの「通路」が存在するのだが、その通路を通って暖かい空気が上昇し、塚の上部から排出される。イーストゲート・センターにはエアコンがないが、同様の構造になっているため、比較的夏は涼しく、冬は暖かくできるのだという。
ところが、スコット・ターナーという生物学者が、この説明に異を唱えた。彼が1995年から97年にかけて行った調査を根拠に、シロアリの塚の内部構造は、温度調節のためのものではない、と主張したのだ。
ターナーが言うには、シロアリの塚は「呼吸」している。つまり、肺と同じように、塚の内部にある通路を使って酸素と二酸化炭素の交換が行われているということだ。
実はシロアリは塚に住んでいるわけではない。塚の下の地中に1.5~2メートルほどの扁平な形をした巣があり、そこに特定のキノコの畑を作りながら暮らしているそうだ。塚が「呼吸」しているおかげで、シロアリは地中の巣の中で窒息せずに済んでいる。
呼吸しているということは、塚自体が「生きている」と言ってもいいのではないか。
シロアリは、「超個体(スーパーオーガニズム)」とも呼ばれている。個々のシロアリが集合体として各々が自分の役割を果たし、協調して動く。同じ巣に生息する群れ全体が、一体の生物として機能しているということだ。
そして、肺のように「呼吸」をする塚は、超個体の拡張した外部器官と解釈できる。すなわち、シロアリの群と塚が一体となって「生きている」のだ。
シロアリは、風の吹き方などの環境の変化に応じて、絶えず塚を修復している。塚とシロアリの集合体が「生き物」だとすれば、そうした修復は「ホメオスタシス(恒常性の維持)」にあたるのではないか。暑いときに発汗して体温の上昇を防ぐ、といった体内の状態を一定に保とうとする働きである。
ターナーたちは、シロアリの塚に「建築の未来」があると指摘する。現在の建築は、すべからく設計図が先にあり、厳密にそれに従って作業が進められる。完成した建物は、小さな修復はあるかもしれないが、原則として固定的に維持される。
だが、シロアリの塚の建築プロセスは、それとはまるっきり異なる。設計図はない。建築中に風の強さや方向、土の温度や固さなどを感知し、それに適応するように造っていく。前述のように完成した後も常に環境変化に合わせて構造を変化させていく。正確に言えば「完成」はしないということだ。建築はシロアリの群れが存続する限り「継続」する。生物が生命を維持するのと同じように。
こうしたシロアリの建築アルゴリズムは完全に解明されたわけではなく、ターナーたちの言う「建築の未来」が実現するのは、まだまだ先だろう。
ただし、建物内部でAIやIoTを使ってエアコンなどを自動調節する「生きている家」はすでに登場している。こうした動きと、シロアリのアルゴリズムが結びつけば、エネルギーの使用を最小限に抑えた快適なエコハウスが誕生するのではないか。
その可能性を信じながら、現在の酷暑は、今できる対策を駆使して乗り切るようにしよう。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『生物模倣』
-自然界に学ぶイノベーションの現場から
アミーナ・カーン 著
松浦 俊輔 訳
作品社
372p 2,600円(税別)>
これまでの常識をくつがえす異常な猛暑が続いている。集中豪雨が頻繁にあることも考えると、日本は限りなく亜熱帯に近づいていると言ってもよさそうだ。
地球温暖化をこれ以上進行させない努力は必要だろう。ただし一方で、身の回りの生活環境を気候の変化に適応させる工夫も、もちろん求められる。
たとえば「衣・食・住」の「衣」に関して、熱中症対策として素材を工夫し通気性を高めた服などが出回っている。扇風機を内蔵した作業着なども話題だ。
「住」はどうだろう。空気の循環で自然冷却が可能なエコロジーハウスならば、いろいろな様式のものがすでに登場している。だが、すぐにいま住んでいる家を建て替えたり、購入したりできる人は限られる。普通の人が「住」の対策としてできるのは、せいぜいエアコンを買い換えるぐらいだろうか。
でも、気候の変化に応じて、自分の家を簡単に造り替えられたとしたら、どんなにいいだろう。
それを実現するヒントが『生物模倣』(作品社)の中にあった。同書は、生物が有する優れた機能やデザインを工業製品など人工的な技術に応用する「生物模倣技術(バイオミミクリー、あるいはバイオミメティクス)」の最前線を追ったルポルタージュ。著者のアミーナ・カーン氏は、米国「ロサンゼルス・タイムズ」紙のサイエンスライターだ。
同書にはコウイカの皮膚やクジラのひれの応用など、興味深い事例が多数取り上げられている。「住」をめぐるテーマについて応用が期待されているのは「シロアリの塚」である。
シロアリの塚といっても、「ああ、あれね」とすぐにイメージできる日本人は少ないかもしれない。気になる人はグーグルで画像検索してみてほしい。奇岩のような外観だが、シロアリが土や自らの排泄物を使って“建築”したユニークな構造物で、熱帯地方や乾燥地には数メートルの高さに達するものも造られているという。
現存する「シロアリの塚」の応用例として知られているのは、アフリカ南部のジンバブエの首都ハラレにある「イーストゲート・センター」だろう。1街区の半分を占める8階建ての構造物で、建築家のミック・ピアースが設計し、1996年に完成した。
ピアースによると、この建築物は、シロアリの塚の持つ温度調節機能を模倣している。シロアリの塚の内部には、たくさんの「通路」が存在するのだが、その通路を通って暖かい空気が上昇し、塚の上部から排出される。イーストゲート・センターにはエアコンがないが、同様の構造になっているため、比較的夏は涼しく、冬は暖かくできるのだという。
ところが、スコット・ターナーという生物学者が、この説明に異を唱えた。彼が1995年から97年にかけて行った調査を根拠に、シロアリの塚の内部構造は、温度調節のためのものではない、と主張したのだ。
ターナーが言うには、シロアリの塚は「呼吸」している。つまり、肺と同じように、塚の内部にある通路を使って酸素と二酸化炭素の交換が行われているということだ。
実はシロアリは塚に住んでいるわけではない。塚の下の地中に1.5~2メートルほどの扁平な形をした巣があり、そこに特定のキノコの畑を作りながら暮らしているそうだ。塚が「呼吸」しているおかげで、シロアリは地中の巣の中で窒息せずに済んでいる。
呼吸しているということは、塚自体が「生きている」と言ってもいいのではないか。
環境に応じて絶えず構造を変化
シロアリは、「超個体(スーパーオーガニズム)」とも呼ばれている。個々のシロアリが集合体として各々が自分の役割を果たし、協調して動く。同じ巣に生息する群れ全体が、一体の生物として機能しているということだ。
そして、肺のように「呼吸」をする塚は、超個体の拡張した外部器官と解釈できる。すなわち、シロアリの群と塚が一体となって「生きている」のだ。
シロアリは、風の吹き方などの環境の変化に応じて、絶えず塚を修復している。塚とシロアリの集合体が「生き物」だとすれば、そうした修復は「ホメオスタシス(恒常性の維持)」にあたるのではないか。暑いときに発汗して体温の上昇を防ぐ、といった体内の状態を一定に保とうとする働きである。
ターナーたちは、シロアリの塚に「建築の未来」があると指摘する。現在の建築は、すべからく設計図が先にあり、厳密にそれに従って作業が進められる。完成した建物は、小さな修復はあるかもしれないが、原則として固定的に維持される。
だが、シロアリの塚の建築プロセスは、それとはまるっきり異なる。設計図はない。建築中に風の強さや方向、土の温度や固さなどを感知し、それに適応するように造っていく。前述のように完成した後も常に環境変化に合わせて構造を変化させていく。正確に言えば「完成」はしないということだ。建築はシロアリの群れが存続する限り「継続」する。生物が生命を維持するのと同じように。
こうしたシロアリの建築アルゴリズムは完全に解明されたわけではなく、ターナーたちの言う「建築の未来」が実現するのは、まだまだ先だろう。
ただし、建物内部でAIやIoTを使ってエアコンなどを自動調節する「生きている家」はすでに登場している。こうした動きと、シロアリのアルゴリズムが結びつけば、エネルギーの使用を最小限に抑えた快適なエコハウスが誕生するのではないか。
その可能性を信じながら、現在の酷暑は、今できる対策を駆使して乗り切るようにしよう。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
-自然界に学ぶイノベーションの現場から
アミーナ・カーン 著
松浦 俊輔 訳
作品社
372p 2,600円(税別)>
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